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追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~  作者: 月城 友麻


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49/56

49. カフェなら

 そんな中、八百屋の店先で一つだけ些細な発見があった。


(やっぱり……)


 色とりどりの野菜が山と積まれた中に、あの赤い宝石のような姿はない。


(この世界にも、トマトはないのね……)


 シャーロットの顔に、寂しい笑みが浮かんだ。


 脳裏に浮かぶのは、『ひだまりのフライパン』の看板メニュー。


(もしここで『とろけるチーズの王様オムライス』を出したら……)


 ふわふわの卵に包まれたケチャップライス。

 とろりと溶けるチーズ。

 そして何より、トマトの酸味と旨味が凝縮された真っ赤なソース――――。


 きっと、この世界の人々を驚かせ、虜にするだろう。


(って、そんなこと考えてる場合じゃない!)


 慌てて頭を振り、妄想を追い払った。今は捜査に集中せねばならないのだ。



     ◇



 半日かけて市場を回り尽くしたが、成果は完全にゼロ。


 シャーロットは噴水の縁に腰を下ろし、顔を両手で覆った。


(どうしよう……本当にどうしよう……)


 初日でこの有様では、先が思いやられる。

 誠さんに何と報告したらいいのだろう?

 『何の成果もありませんでした!』なんてどんな顔で報告したら――――。


 シャーロットはぎゅっと目をつぶった。


(聞き方が悪いのかな……)


 いや、そもそものアプローチが根本的に間違っているのかもしれない。


(もし私が【黒曜の幻影(ファントム)】だったら……)


 目を閉じて、想像してみる。


 この中世ヨーロッパ風の大都市。石畳の道、運河、白亜の建物。

 システムをハックしながら、人目を避けて生きる日々。

 孤独で、誰とも深く関わらず、でも人恋しさは消せない。どこへ行く――――?


「あっ!」


 シャーロットの目が、パッと開いた。


「カフェよね!」


 勢いよく立ち上がる。


 そうだ、カフェなら一人でいても不自然じゃない。

 長時間滞在しても怪しまれない。

 そして何より、人の温もりを感じながら、距離を保てる場所。


 新たな希望を胸に、シャーロットはカフェ巡りを始めた。


 ゴンドラの見られる運河沿いの洒落た店、路地裏の隠れ家、広場に面した賑やかな店――――。


「最近、変わったお客さんはいませんか?」

「一人で長時間いるような……」

「ちょっと不思議な雰囲気の方とか……」


 世間話から仲良くなって、どこでも同じ質問を繰り返す。


 しかし――。


 返ってくるのは、ありふれた井戸端会議的な話ばかり。

 高度な知能を持つテロリストの痕跡など、どこにも見当たらない。


 太陽が傾き、オレンジ色の光が石畳を優しく染める頃。

 シャーロットは最後の望みをかけて入った小さなカフェで、とうとう力尽きた。


 ガクッとテーブルに突っ伏し、動かなくなる。


(もう無理……初日で完全に行き詰まっちゃった……)


 一体報告書に何を書けばいいのか? シャーロットはキリキリと痛む胃をさすった。


「あなた、ルミナリアは初めて?」


 優しい声が、頭上から降ってきた。


 顔を上げると、店主らしき女性が心配そうに覗き込んでいる。

 四十代くらいだろうか。柔らかな笑みを浮かべ、手にはコーヒーカップを持っている。


「そ、そうなんです」


 シャーロットは慌てて背筋を伸ばした。


「田舎から来たばかりで……」


「ふぅん」


 店主は向かいの席に腰を下ろした。


「ルミナリアで何をしてるの?」


「え?」


 不意打ちの質問に、言葉が詰まる。


 潜入捜査だなんて言えるはずもない。かといって観光というには不審すぎる――――。


「カ、カフェ……」


 思わず口から出たのは、心の奥底にある本音だった。


「そ、そう……カフェを開きたいなって」


「へぇ……いいじゃない」


 店主の瞳が、キラリと光った。


「これでも」


 シャーロットは慌てて付け加える。


「田舎ではカフェをやってて、結構繁盛してたんですよ?」


 嘘ではない。『ひだまりのフライパン』は、確かに愛されていた。


「繁盛? そりゃあすごいね」


 店主は素直に感心する。


「でも、なんでルミナリアに?」


 その問いかけにシャーロットの胸が、ギュッと締め付けられた。


「お店が……」


 声が震える。


「なくなってしまって……」


 温かな店内。常連客の笑顔。そしてゼノさんの優しい眼差し。

 すべてが、もう存在しない――。


「あらあら」


 店主が心配そうに眉を寄せる。


「火事でも……起こしたの?」


「いや、何というか……」


 世界が消滅したなんて、どう説明すればいいのか。


「立ち退き? みたいな感じで、追い出されちゃったんです」


「ああ、それはそれは……」


 同情の色が、店主の顔に浮かんだ。


 そして次の瞬間、パッと表情が明るくなる。


「あ、そしたら一つ頼まれてくれないかしら?」


「え?」


「実は来週、ルミナリア祭で出店を出す予定だったんだけど……」


 店主の顔が、急に曇った。


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