47. 宙に浮く田舎娘
「そう。でもね」
誠の目が、真剣に光った。
「【黒曜の幻影】を捕まえない限り、多くの地球がハックされ続ける。無数の人々の平和な暮らしが、奴の気まぐれで壊され続ける」
そして、少し声を落として。
「美奈ちゃんも、これでかなり頭を痛めているんだ」
期待のこもった視線を向ける。
「もし、キミが見つけたとしたら……それは間違いなく大成果だよ」
「ほ、本当ですか!?」
シャーロットの目が輝いた。
「じゃあ、見つけるだけでも、私の世界は復活できるってことですか?」
「ああ、きっと十分だと思うよ」
誠は頷いた。
うわぁぁぁ……。
ゼノさんに会える。
カフェを再開できる。
あの温かな日々が戻ってくる――。
「でも……」
現実的な問題に戻る。
(どうやって見つけよう?)
渋い顔で腕を組む。
シャーロットにはシステムの知識がない。できることといえば、街のライブ映像をじーっと眺めるくらい。でも、それで変幻自在のテロリストを見つけられるはずもない。
「うーん、まぁ……」
誠は頭を掻いた。
「とりあえず研修……からかな?」
苦笑いを浮かべながら、新しいプログラムを起動する。
「まずはチュートリアルを受けてみて。基礎の基礎から始めよう」
誠はニヤリと笑う――――。
再び、シャーロットの体が光に包まれた。
「えっ、ちょっと……」
言いかけた言葉は、白い光の中に消えていく。
次の瞬間、シャーロットはまた真っ白な空間に立っていた。
(研修……か)
大きく息をつく。
この世界のシステムなんて分からない。
でも――。
そっと唇に触れ、ゼノさんとの三分間を思い出す。
あの温もりを、もう一度取り戻すために。
どんなに難しくても、やり遂げてみせる。
白い空間に、シャーロットの決意が静かに満ちていった。
◇
厳しい研修を乗り越え、一週間後――――。
『シャーロットちゃん、聞こえてる?』
誠の声が、直接脳内に響いてきた。
「はーい、バッチリです! ふふっ」
シャーロットは弾むような足取りで、ルミナリアの石畳を歩いていた。
朝の陽光が、白亜の建物を黄金色に染めている。運河には優雅にゴンドラが行き交い、商人たちの活気ある声が響く。まるで絵本から飛び出してきたような、美しい水の都。
『いよいよ本番だからね? まずは聞き込み、頼んだよ?』
誠の声には、期待と心配が入り混じっている。
「まっかせてください!」
シャーロットは胸を張った。
「プログラミングは全然分からなかったけど、聞き込みなら私でもできますからね!」
『ははは……』
誠の苦笑いが聞こえる。
一週間の研修。
管理者として、空中を飛んだり鑑定したり、チートな魔法使いのようにはなれたが――、システムに関しては正直、ちんぷんかんぷんだった。
でも、人と話すこと、相手の心を開くことなら、カフェで培った経験がある。
「人間力で勝負です!」
『でもまぁ、いつかはできるようになってもらわないと……』
システムの管理者としてシステムの知識、操作方法はとても大切だった。
「でも、見てくださいよ、ほら!」
嬉しさのあまり、シャーロットは思わず能力を使ってしまった。
ふわり。
体が宙に浮かび上がる。まるで見えない糸に引っ張られるように、優雅に――。
『うわぁ! ダメダメ!!』
誠の悲鳴のような声が響いた。
『【黒曜の幻影】に見つかったら台無しじゃないか!!』
「あっ!」
シャーロットは慌てて地面に降りた。
周囲を見回す。幸い、早朝の通りに人影はまばらで、誰も気づいていないようだった。
「ご、ごめんなさい……」
肩を縮こまらせる。
研修で身につけた能力――まるで神様になったような万能感。それが嬉しくて、つい。
『もう……』
誠のため息が聞こえる。
『くれぐれも、我々が【黒曜の幻影】の足取りをつかんでいることを悟られないようにね?』
「はい、すみませんでした……」
シャーロットはしゅんとする。
「嬉しかったもので……」
だって、一週間前まではただのカフェ店主だったのに、今は宇宙の秘密を知り、特別な力まで使える。ある意味【神様】なのだ。
『キミはそこでは『お上りさんの田舎娘』だからね?』
誠が改めて設定を確認する。
『聞き込みで巧みに情報を収集するのがミッション。宙に浮ける田舎娘なんていないんだから』
「その通りです……頑張ります……」
シャーロットは頭をかきながら素直に頷いた。




