42. 喜んで!
「レヴィア!」
女神はツカツカと少女に迫りながら、怒気を放った。
「あんたの仕業ね! どういうこと?」
「ひぃぃぃ! め、女神様!」
レヴィアは急いで土下座した。
「こ、これには深いわけが……」
「どんな理由があれ、私の個人情報を漏らしたことは重罪よ?」
女神の瞳が、恐ろしく冷たい輝きを放つ。
「厳罰に処すから、首を洗って待ってなさい!!」
「ごめんなさい!」
シャーロットは衝動的に叫んでいた。
「私が無理に頼んだんです!」
膝をついて、必死に訴える。
「私、何でもやります! やりますから……」
声が震える。
「私の世界を……元に戻してほしいんです!」
「は?」
女神の眉がぴくりと動いた。
「終わったゲームを再開しろって? あんた、宇宙をなめんじゃないわよ!!」
怒号が、停止した世界に響き渡る――――。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
シャーロットはもう理性を失っていた。
「でも、もう女神さまにしか頼れないんです!」
堰を切ったように、涙が溢れ出す。
ゼノさんの不器用な優しさ。
カフェでの温かな日々。
それらすべてを失った絶望。
感情の波が押し寄せて――。
「うわぁぁぁぁん!」
号泣した。
泣いてる場合じゃないとは分かっている。でも、もう止められない。
「泣いたって変わらないわよ!」
女神の叱責が飛ぶ。
でも、追い詰められたシャーロットには、もう何も考えられなかった。
「ごめんなさい、何でもしますからぁ……うわぁぁぁぁん」
ただ泣くことしかできない。
子供のように、ただひたすらに。
はぁ……。
女神が大きくため息をつく――――。
そして、レヴィアを睨みつける。
「いったい何なのコレ?」
呆れと苛立ちが入り混じった声。
「はっ! 実は……」
レヴィアは震えながらも、事の次第を説明し始めた。
ペニシリンで高難易度のゲームをクリアしたこと。
失われた世界に消えていった彼女の大切な人、大切なお店のこと。
説明が終わると、女神は腕を組んで深いため息をついた。
そして――。
「あー、分かった分かった」
根負けしたような声で、泣きはらしたシャーロットの顔を覗き込む。
「『何でもする』って言葉に、二言はないね?」
「はっ、はい!」
シャーロットは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「それはもう、何でも!!」
一縷の希望にすがりつく。
「死ぬよりつらい目に遭うわよ? それでもいい?」
「喜んで!!」
シャーロットはまっすぐな瞳で女神を見つめた。
「ふんっ! その言葉忘れんじゃないわよ!」
女神は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、人差し指を虚空に滑らせた。
ツーっと、まるで見えないキャンバスに線を描くように。
すると――。
空間が、裂けた。
現実が割れ、異次元への裂け目が浮かび上がる。
「じゃあ、ついてきな!」
女神はシャーロットの腕を掴むと――。
有無を言わさず、一緒にその裂け目へと連れ込んだ。
◇
気が付くとシャーロットは――大宇宙にいた。
え……?
思考が一瞬、真っ白になる。
足元には、まるで氷の彫刻のようなクリスタルの回廊が、ゆったりと星の海を縫うように伸びている。その透明な道の周りには無数の星々が、宝石を撒き散らしたように煌めいていた。
さらに全天に伸びる天の川は、まるで宇宙が描いた壮大な絵画のよう。
回廊の先には、漆黒の巨大な構造体がそびえている。まるで宇宙に浮かぶ黒い城塞のような――――。
そして、恐る恐る真下を覗き込んだ瞬間――。
「ひっ……!」
思わず声が漏れた。
そこには、想像を絶する巨大な青い惑星が浮かんでいた。
深海よりも深く、サファイアよりも澄んだ碧。大気の渦が織りなす模様は、まるで巨大な瞳のよう。
「ま、まさか……これが……」
震える声で呟く。
海王星――――!?
レヴィアが言っていた、巨大データセンターのある星。教科書の写真で見たことしかなかったものが、今、眼下に広がっている。
美しい。
恐ろしいほどに、美しい。
そして同時に、この青い巨人の中で、無数の世界が生成されているという事実に、背筋が震えた。
「何やってんの? 置いてくわよ!!」
先を行く女神が、苛立たしげに振り返っている。
「も、申し訳ございません! ただいまーー!」
シャーロットは我に返り、慌てて駆け出した。
カッカッカッ……。
クリスタルの床が澄んだ音を響かせていった。




