41. 止まる世界
三田のキャンパスへとやってきた二人――――。
そこは、まるで異世界だった。
近未来的なガラス張りの構造体が天を突き、陽光がプリズムのように乱反射している。広大なキャンパスには、まるでファッション誌から抜け出してきたような学生たちが、笑い声を響かせながら行き交っていた。
「うわぁ……すごい大学ですねぇ……」
シャーロットは圧倒され、呟いた。
ここは確かに自分が知っている日本。でも、地方の製薬会社で働いていた頃には縁のなかった、きらびやかな世界――――。
「ふんっ! 我はこういう奴らはいけ好かんがな!」
少女は不機嫌そうに吐き捨てる。過去に何かあったのだろうか?
「で、女神さまはどこに……?」
「あー、シラバスによると……」
少女はiPhoneを取り出すと、画面を指でトントンと操作しながら確認する。
「三回生なら……あの校舎から出てくるじゃろう」
「東京では『三年生』って言うんですよ?」
「あーー! だから東京もんは好かんのじゃ!」
レヴィアは腕を組んで、ふんっと鼻を鳴らした。
「ふふっ、ごめんなさいね……」
シャーロットは苦笑いを浮かべる。そして――。
「あ、学生たちが出てきたわ……」
「おっ! いよいよじゃな……」
二人は慌てて、広場の中央にそびえる巨木の陰に身を潜めた。
どやどやと、豪奢な校舎から学生たちが溢れ出してくる。
「あー、腹減ったぁ!」
「おぅ、あの店行こうぜ!」
「お前、学祭どうする?」
「単位がなぁ……」
「俺はサークル行かなきゃ!」
青春の喧騒が、初夏の空気を震わせる。
その中でも、ひときわ華やかな一団があった。
「あっ! 美奈ちゃーん! 今日も最高に可愛いわっ!」
「美奈先輩! 学祭の件で相談が……」
「美奈さん! この後サークルですか?」
歓声の中心には――。
チェストナットブラウンの髪が風に優雅に舞い、琥珀色の瞳が陽光を受けて宝石のように輝く。まるで光そのものを纏っているかのような、人ならざる美貌の持ち主が歩いていた。
「おいでなすった……」
レヴィアが息を呑む。
「えっ!?」
シャーロットは目を見開いた。
「あの方が……全宇宙の頂点……女神さま……?」
圧倒的な美しさ。
けれど同時に、違和感も覚える。
数十兆人の頂点に立つ異次元の存在が、なぜこんなところで大学生活を?
「じゃあ、我はここまでじゃ」
レヴィアが急に身を引いた。
「健闘を祈るぞ!」
そう言い残すと、スゥッと姿を消してしまった。
「あっ……」
シャーロットは心細さに包まれる。
一人きり――――。
でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
ゼノさんにもう一度会うために。あの温かな日々を取り戻すために――――。
シャーロットはキュッと口を結んだ。
女神の一団が、談笑しながら目の前を通り過ぎていく。
『美奈』と呼ばれる女神は、まさに太陽のような存在だった。誰もが彼女に惹きつけられ、誰もが彼女の笑顔を求めている。
(さて……どうしよう……)
シャーロットは唇を噛んだ。
あのキラキラとしたエリート集団の中心に飛び込んで、『大切な人に会いたいからゲームを続けさせて』なんて――。
あまりにも場違いで、あまりにも無謀な願い。
でも――。
(ここまで来て、諦められない! ゼノさん……、応援して!)
シャーロットは意を決して駆け出した。
「ちょっとすみません! すみません!」
エリート大学生たちをかき分け、まっすぐに女神へ向かって――。
その瞬間。
世界が、止まった。
歩いていた学生たちは、笑顔のまま凍りつく。
鳥も、風も、すべてが静止した世界で――。
女神だけが、ゆっくりと振り返った。
「あんた、誰?」
琥珀色の瞳が、冷たく光る。
ズン!と、衝撃を纏う威圧をまともに浴びたシャーロットは、心臓をわしづかみにされたように動けなくなる。
先ほどまでの親しみやすい雰囲気は消え失せ、そこにいるのは絶対者としての凄まじいまでの威厳を纏った存在だった。
「あっ、わ、私はシャーロット……」
震える声で絞り出すように名乗る。
「実は大切な人と……」
「ダメよ!」
女神は苛立たしげに言い放った。
「え……?」
言うことも許されず、シャーロットは凍りつく。
「何なのこの娘? いったい誰に聞いたの?」
鋭い視線が周囲を探る。そして――。
シュッ!
女神が空へと腕を振った瞬間、黄金色の刃が空を切り裂き宙を舞った――――。
「ごはぁっ!」
虚空から、金髪の少女が姿を現し――、そのままドサリと地面に落ちて転がっていく。




