39. 残酷なまでの論理
「お主も研究者だったんじゃろ? もっと科学的に考えてみぃ」
少女がビシッとシャーロットを指差した。
「コンピューターが発達すれば、地球のシミュレーションなどいくらでもできる」
少女は講義でもするかのように、ゆっくりと語り始めた。
「そして百数十億年という悠久の時の中、コンピューター内に無数に作られる地球と、天然の地球――どっちが多い?」
「えっ!? それは……」
シャーロットの表情が曇った。
研究者としての理性が、答えを導き出してしまう。もし本当に地球を量産できるのなら、それは圧倒的に――。だが、本当だろうか?
シャーロットはキュッと口を結んだ。
「何を悩む余地がある」
少女はニヤリと笑った。
「人工の地球に決まっとろう。圧倒的な数の差で人工の方が多い。で、お主が生まれた地球は人工か? 天然か?」
確率論。
シンプルで、残酷なまでに論理的な問いかけ。
論理的に考えるなら自分が生まれた地球が天然である確率は、限りなくゼロに近い。でも――、それを認めてしまったら大切なものを失うような気がしてしまう。
「そ、それは……」
シャーロットの声が震えた。
あの研究室で過ごした日々。同僚との議論。深夜まで続けた実験。すべてが、ゲームだったというのか?
「科学的に考えたら自明じゃな」
少女は肩をすくめた。
「天然物の地球など、ありえんじゃろ」
シャーロットは目をぎゅっとつぶった。
白衣を着て顕微鏡を覗いていた自分。
失敗に落ち込み、成功に歓喜した日々。
過労で倒れたあの最後の瞬間まで――。
すべてが、ゲーム――だったのか?
「そんなこと……」
震える声で呟く。
「考えもしなかったわ……」
深い、深いため息が漏れた。
世界の真実を突きつけられた研究者の、諦めにも似た吐息。
思い返せば、確かにおかしなことはなかった。
この世界に転生してから、映像がカクカクすることも、不自然な遅延も、バグらしきものも何一つなかった。日本にいた時と全く同じクオリティで、完璧にリアルだった。
同じエンジンで作られているから、と言われれば、恐ろしいほど納得がいってしまう。
「はぁぁぁぁぁ……」
シャーロットは大きくため息をついた。
初めて知らされるこの不可思議な世界の構造。
そしてそれに翻弄され続ける自分の人生。
すべてが、誰かの掌の上で踊らされていただけなのか。
「なぁ」
少女が優しく声をかけてきた。
「新しいゲームを自分で選べるというのは、とてもラッキーで名誉なことなんじゃよ?」
励ますように続ける。
「自分好みの素敵な世界で、のびのび暮らしたらええじゃ……」
「嫌よ!」
シャーロットは床を拳で叩いた。
痛みが手に走る。
「何度言われたって嫌!!」
顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔で叫ぶ。
「もう一度ゼノさんに会いたいの! この店を笑顔でいっぱいにしたいの!」
たとえすべてがゲームだとしても。
たとえすべてがコンピューターの中だとしても。
あの温もりは、あの優しさは、自分にとっては本物だった。
「なんで……なんで分かってくれないのよ!!」
嗚咽が、虚無に浮かぶカフェに響き渡る。
「はぁ……」
少女は深いため息をつき、小さな腕を組んで考え込んだ。
「どうしたもんかのう……いやぁ、しかしなぁ……」
――ん?
シャーロットの耳が、そのつぶやきを捉えた。
泣き腫らした目を見開く。
「何……?」
ギラリと瞳を輝かせ、少女を見上げる。まるで溺れる者が藁を掴むように。
「あなた、方法があるの?」
「いや、まぁ……しかしこれは……」
少女が言葉を濁している。何かを隠している。
「何よ! あるなら最初から言いなさいよ!」
シャーロットは飛びつくように少女の細い腕を掴んだ。
「何だってやってやるんだから!!」
必死の形相で、その深紅の瞳を覗き込む。
しかし少女は目を逸らした。
「いや……これは気合でどうこうできる話じゃないんじゃ……」
「なんで隠すのよぉ!!」
シャーロットは少女の小さな肩を揺さぶる。
もう恥も外聞もなかった。プライドも理性も、すべて投げ捨てて。
「お主……」
少女がぼそりと呟く。
「消されるぞ?」
その言葉には、本物の恐れが滲んでいた。
「何よそれくらい!」
シャーロットは即答した。迷いなど微塵もない。
「ゼノさんに会えないくらいなら、消されたっていいわ!」
魂の叫び。
「早く教えなさいよ!!」
この失われた世界で、初めて見つけた一筋の光。
もはやこれに全てを賭けるしかない。
たとえこの身が永遠に消え去ろうとも。




