38. 海王星の衝撃
「いやよ! 私、ここから動かない!」
シャーロットは宣言した。
「世界が元に戻るまで、一歩も動かない!!」
「あらら……困っちゃったな……」
「ほかにどんなゲームがあるか、見てみてはどうかな?」
金髪の少女が提案する。
「ゼノさんがいて、ローゼンブルクがあるゲームならいいわよ?!」
シャーロットはギロリと睨みつけた。
「いや、さすがにそれは……」
「なら動かない!」
シャーロットは店の床にへたり込んだまま叫んだ。
「出てって! 今すぐこの店から出てってよ! 鬼! 悪魔!! うわぁぁぁぁん!!」
慟哭が店内に響き渡る。
二人の来訪者は気まずそうに顔を見合わせ、そして――――。
スゥッと、まるで最初からいなかったかのように消えていった。
残されたカフェの中。
シャーロットの嗚咽だけが、虚無に浮かぶ店の中に響き続けた。
愛した世界が消えてしまった中で、彼女はただ泣くことしかできなかった。
◇
どのくらい泣いていただろうか。
夕日は微動だにせず、ただ赤々と店内を染め続けている。時計も止まり、影も動かない。時間という概念すら、この虚無の中では意味を失っていた。
もうゼノさんに――会えない。
あの不器用な優しさも、毎日のオムライスを待つ姿も、照れくさそうな笑顔も――すべて、永遠に失われた。
(どうして、もっと素直になれなかったんだろう)
膝を抱えたまま、シャーロットは自問する。
もしあの時、ゼノさんの求婚を受け入れていたら?
きっと魔王城で、愛を確かめ合って――。
いや、それならもっと深い悲しみに沈んでいたかもしれない。離れがたさは、絆の深さに比例するのだから。
カランカラン!
突然、ドアベルが鳴り響いた。
「いらっしゃ……」
つい反射的に声を上げてしまい、首を振るシャーロット。
ドアをうかがえばさっきの金髪の少女が立っている。バツの悪そうな表情で、所在なげに入口に佇んでいた。
「何よ!? 動かないって言ったでしょ!」
シャーロットは叫んだ。
八つ当たりだと分かっている。でも、誰かに怒りをぶつけずにはいられなかった。
少女はとぼとぼと店内に入ってくる。その足取りは重く、まるで悪い知らせを運ぶ使者のよう。
「万界管制局に掛け合ってみたんじゃが……」
少女は力なく首を振った。
「終わったゲームを継続して動かすことはできんかった。力及ばず、申し訳ない」
深々と頭を下げる。
「人が大事にしているものを、いきなり取り上げて!」
シャーロットの声が震える。
「勝手すぎると思わない?!」
「そこは一定の理解はするんじゃが……」
少女は困ったように眉を寄せる。
「そもそもゲームじゃからなぁ……」
「勝手すぎるのよ! 私の人生なのに!」
「でも、お主は日本で一回死んで、ゲームオーバーになっとったんじゃぞ?」
少女が静かに告げる。
「二回目のプレイが許されただけ、感謝してもよいとは思うんじゃが……」
「え……?」
シャーロットの思考が止まった。
「ゲーム……オーバー?」
「製薬会社の研究員で、過労で倒れてそのままゲームオーバーって記録にはあるが……」
少女は首を傾げる。
「違うんか?」
「ちょ、ちょっと待って」
シャーロットは混乱した頭を必死に整理しようとする。
「日本は……日本はゲームじゃないでしょ?」
「は? 普通にゲームじゃが?」
少女がきょとんとした顔で答える。あまりにも当然のことを聞かれた、という表情。
「いやいやいや!」
シャーロットは激しく首を振った。
「この世界は造られた世界かもしれないけど、日本は……日本は天然の世界でしょ?」
「はっはっは!」
少女が突然、愉快そうに笑い出した。
「天然の世界なぞありゃせんよ。そりゃぁ、どこか宇宙の果てに一つくらいはあるかもしれんが、我々が暮らすような世界には無いな」
まるで子供の戯言を聞いたかのような反応。
「え……」
シャーロットの顔から、血の気が引いていく。
「では、日本も……ここと同じ……コンピューターの中の世界ってこと?」
「そうじゃよ?」
少女はあっけらかんと頷いた。
「海王星にある巨大データセンターで、ゴウンゴウン言いながら生成しとる世界じゃ」
「まさか……」
シャーロットは愕然とした。




