37. ゲームコンプリート
慣れた手つきでフライパンを振りながら、シャーロットは考えていた。
この二人は、一体何者――――?
ローゼンブルクの住人ではない。旅人にしては荷物もない。そして何より、この世界には似つかわしくない雰囲気――。
嫌な予感はどんどん強くなっていく。
「はい、どうぞ。召し上がれ……」
それでも、心を込めて作ったオムライスを差し出す。
「うっほぉ! うーまそう! いっただっきまーーす!」
「うまそうじゃぁ……」
二人は子供のように、がつがつとオムライスを頬張り始めた。
「うほぉ、このオムレツはふわっふわだね! さすが王様のオムライス!」
青髪の女性が、口いっぱいに頬張りながら絶賛する。
「あ、ありがとうございます……」
シャーロットは曖昧に微笑んだ。そして、恐る恐る尋ねる。
「どちらから……いらしたんですか?」
「海王星だよ!」
ガツガツと食べながら、青髪の女性があっけらかんと答えた。
「は……?」
シャーロットの思考が一瞬停止する。
「か、海王星……?」
この世界にそんな地名は存在しない。
海王星といえば――前世の記憶にある、太陽系最果ての惑星。でも、そんなところから来たなんて、まさか――。
「そう! ゲームコンプリートのお祝いに、わざわざ来たってわけよ!」
青髪の女性はニカッと笑い、グッと親指を立てた。
「ゲ、ゲーム……コンプリート……?」
その言葉に、シャーロットの心臓が凍りついた。
ゲーム。
そうだった、この世界は――。
「おめでとう! ナイスプレイじゃったぞ! まさかペニシリンで隠しエンディング『王都防衛』にたどり着くとは……、見事じゃ!」
金髪の少女も、ケチャップで口の周りを赤く染めながら笑う。
「ちょ、ちょっと待ってください」
シャーロットは震える声で確認する。
「ゲームというのは……『聖女と五つの恋』のことですか?」
「そうだよ?」
青髪の女性は、まるで当然のことのように頷いた。
「あなたもよく知ってるでしょ? 『宮田玲子』さん?」
「――っ!」
全身の血が、一気に引いていく。
宮田玲子。
十数年ぶりに聞く、前世の名前。誰も知らないはずの、日本での名前。
この人たちは――本物だ。
「コンプリート特典でね、次のゲームを選べるんだよ。良かったね!」
青髪の女性が嬉しそうに告げる。まるで素晴らしいプレゼントを用意したかのように。
「え……ちょっと待ってください」
シャーロットは必死に首を振った。
「私は別のゲームなんか興味ないんです。ただ、このままこの世界で……」
「へ? 何言ってんの?」
青髪の女性が不思議そうに首を傾げる。
「もうこの世界は終了だよ? ゲームはプレイし終わったら終わり。当たり前だよ?」
「しゅ、終了!?」
シャーロットの顔から、完全に血の気が失せた。
「それって……この世界が……なくなるってことですか?」
ゼノさんも、カフェも、ローゼンブルクの人々も、すべて――――。
「なくなるも何も、もうないんだけど?」
青髪の女性が、さらりと窓の外を指差した。
「……え?」
シャーロットは弾かれたように窓辺へ駆け寄った。
そして――――。
息が、止まった。
そこにあったはずの風景が、ない。
石畳の道も、温かな灯りを宿していた家々も、行き交う人々の姿も。
すべてが――消えていた。
ただ虚無だけが広がり、宙に浮いた夕日だけが、何もない空間を照らしている。
「い……いやぁぁぁぁぁ!!」
絶叫が、喉を引き裂くように迸った。
膝から力が抜け、シャーロットはその場に崩れ落ちる。
「嘘……嘘よね?」
震える手で窓枠を掴む。
「なんで? なんで消えちゃうのよぉ……」
涙が、止めどなく溢れてくる。
「『なんで』って……」
青髪の女性が困惑したように言う。
「あなたも最初から、この世界がゲームの世界だって気づいていたじゃない。何を今さら……」
「知ってたわ! 知ってたけど!」
シャーロットは振り返り、涙でぐしゃぐしゃになった顔で叫んだ。
「でも、終わったら消えるなんて、誰も教えてくれなかったじゃない!! そんなの横暴よ!!」
ここには、私の大切なものがすべてあるのに。
築き上げた日常が、愛おしい人々が、不器用な愛を向けてくれる人が――――。
「いや、ゲームなんて最初からそういうものだと思うんだけどなぁ……」
青髪の女性は渋い顔で首を傾げる。理解できない、という表情。
「他のゲームなんて要らない!」
シャーロットは床に両手をバン!と叩きつけ、必死に訴えた。
「このゲームの続きをやらせて! お願い!!」
「うーん、これ、続編は出てないんだよねぇ……」
青髪の女性と金髪の少女が、困ったように顔を見合わせる。




