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追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~  作者: 月城 友麻


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30. 地獄の釜

 想像していたよりも、はるかに、はるかに酷い。


 これが、自分が去った後の王都の姿。

 これが、薬を失った街の末路。


「私が……私がいれば……」


 膝から力が抜けそうになる。


 だが、ゼノヴィアスの腕がしっかりと支えてくれた。


「どこに行けばいい?」


 落ち着いた低い声には、彼なりの優しさが込められていた。


 シャーロットは震える手で前方を指差した。


「まずは……中心の王宮へ……」


「分かった」


 ゼノヴィアスは静かに頷き、王宮へと方向を変える――――。


 近づくにつれ、異様な光景が目に飛び込んできた。


 王宮前の大広場――かつては式典や祝祭で賑わった場所。

 今は、無数の白いテントで埋め尽くされていた。


 まるで、戦場だった。病という見えない敵との、絶望的な戦い。


「あぁぁぁぁ……」


 シャーロットの喉から、悲鳴のような声が漏れた。


 テントの隙間から見える光景――――。

 苦しそうに横たわる人々。

 泣き叫ぶ子供。

 疲れ果てた医師たち。


 涙が、頬を伝って落ちていく。


「大丈夫だ。薬は来る」


 ゼノヴィアスがシャーロットを抱く腕に力を入れ、そっと囁いた。


 その言葉に、シャーロットは顔を上げる。


「そ、そうよね……そうよね!」


 涙を拭い、前を向く。


「あ、あそこへ行って!」


 指差した先には、他より一回り大きなテントがあった。

 本部と書かれた旗がはためいている。



     ◇



 恐る恐る、テントの入り口から中を覗き込む。


「新規十八名! 収容先は!?」


「テントに空きなんかあるわけないだろう!」


「じゃあどうすんのよ! 外に寝かせろって言うの!?」


「水! 水が切れた! 調達班は何やってるんだ!」


「知らないわよ! 自分で汲んできなさいよ!」


 怒号が飛び交っていた。


 まるで地獄の釜の中のような混乱。

 疲労と絶望で正気を失いかけた人々が、互いに責任をなすりつけ合っている。


 シャーロットは、その中に見覚えのある後ろ姿を見つけた。


 白髪に、特徴的な長い髭。


「あっ! 長老様!」


 思わず駆け寄る。


「なんじゃ!? 今忙し……」


 振り返った老人の目が、まん丸に見開かれた。


 口がパクパクと動くが、声が出ない。


「ご無沙汰しております……」


 シャーロットが静かに頭を下げた瞬間――。


「シャ、シャーロット様ぁぁぁぁ!!」


 長老は崩れるようにシャーロットの前に膝をつき、その手を取った。


 皺だらけの手が、ぶるぶると震えている。


「来て……来てくださった……」


 涙が、白い髭を濡らしていく。


「くぅぅぅ……。本当に……本当に……」


「申し訳ありませんでした」


 シャーロットも涙を流した。


「まさか、こんなことになっているなんて……もっと早く……」


「いや、いや!」


 長老は激しく首を振った。


「王宮の馬鹿どもの問題じゃ! シャーロット様には何の落ち度もございません!」


 そして、すがるような目で見上げる。


「それで……そのぉ……」


 言いたいことは分かっていた。


「『天使様の薬』ですね」


 シャーロットは優しく微笑んだ。


「たくさんありますよ」


「おおおおおお!!」


 長老の叫びが、テント中に響き渡った。


「素晴らしい! 素晴らしい! これで救われた! 救われたんじゃぁぁ!」


 老人は子供のように泣きじゃくりながら、何度も何度もシャーロットの手を握った。


「ありがとう! ありがとう! シャーロット様!」


「もっと早く来られれば良かったんですが……」


「贅沢は言わんよ! 生きているうちに会えただけで奇跡じゃ!」


 長老は涙を拭いながら尋ねた。


「それで、薬はどちらに?」


「それがですね……」


 シャーロットは少し言いにくそうに。


「薬は今、魔王城から運んできている途中でして……」


「……は?」


 長老の動きが止まった。顔から、さっと血の気が引いていく。


「ま、魔王……城……?」


 声が震えた。


「な、なぜそんなところに……」


「私のレシピを、魔王軍のノームたちが再現してくれたそうなんです」


 シャーロットは明るく説明したが、長老の顔はどんどん青くなっていく。


「いやいやいやいや……」


 長老は頭を抱えた。


「それはまずい! それは魔王軍の戦略物資じゃないか!」


 声が裏返る。


「そんなものを王都に運んだなんて公になれば、世界を巻き込む大戦争に……」


「いやぁ、問題ないぞ」


 横から、のんびりした声が割り込んだ。


「使ってくれ」


 ゼノヴィアスが、まるで野菜でも分けるような気軽さで言った。


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