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追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~  作者: 月城 友麻


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29. 世界一安全な場所

「では、行くぞ!」


 突然、ゼノヴィアスがシャーロットを抱き上げた。


 ひょいっと――まるで、羽毛でも扱うように。でも、大切な宝物のように、優しく。


「きゃあ!」


 お姫様抱っこの体勢に、シャーロットは真っ赤になった。


「な、何するんですか!?」


「王都へ薬を届けに行く最速の方法だ!」


 そう言うと、ゼノヴィアスは店の外へと飛び出した。


「ちょ、ちょっと! 心の準備が!」


「暴れるなよ?」


 悪戯っぽくウインクする。


「落ちたら、キャッチするけどな」


「……え?」


 直後、大地を蹴った――――。


 ドォン!


 凄まじい轟音と共に、二人の体が宙に舞う。


「きゃぁぁぁ!」


 シャーロットの悲鳴が、茜色の空に吸い込まれていく。


 ぐんぐんと、まるで見えない階段を駆け上るように高度が上がっていった。


 風が髪を乱し、スカートのすそが激しくはためく。


 でも――――。


「あ……」


 恐怖は、一瞬で別の感情に変わる。


 眼下に広がる光景は、まるで神様が描いた絵画だった。


 ローゼンブルクの町が、手のひらに乗るほど小さくなっていく。

 オレンジ色の屋根が夕陽を受けて燃えるように輝き、

 石畳の道は金色の糸のように町を縫っている。


 そして、家々の窓に灯り始めた明かりは、地上に散りばめられた宝石のよう――――。


「うわぁ……」


 思わず、ため息が漏れた。


 生まれて初めて見る、天からの眺め。


 群青色の東の空から、西の茜色へと続く壮大なグラデーション。

 薄紫の雲が流れ、一番星がそっと瞬き始める。


「どうだ? 怖くないか?」


 ゼノヴィアスが心配そうに顔を覗き込んだ。


「ううん……」


 シャーロットは夢見心地で首を振る。


「とても……とても素敵」


 ゼノヴィアスはその横顔に一瞬見とれたように息を呑んだ。


「で、では、急ぐぞ!」


 ゼノヴィアスは慌てて前を向き――――。


 全身に紫の魔力を巡らせていった。血管が光り、髪が逆立ち、瞳が深紅に燃え上がる。


 ヴゥゥゥン。


 空気が震え、次の瞬間――――。


 ズン!と二人の体が、弾丸のように夜空を切り裂いた。


「きゃああああ!」


 想像を絶する加速に、シャーロットは反射的にゼノヴィアスの胸にしがみついた。


 厚い胸板に顔を埋める――――。

 しっかりと、離れないように。


 鼻先に感じる、不思議な香り。

 スパイスのようなハーブのような――どこか懐かしい、温かい匂い。


 そして――――。


 ドクン……ドクン……。


 耳に響く、規則正しい鼓動。


(あ……)


 シャーロットは目を見開いた。


(魔王様の心臓の音だ……)


 力強いけれど、どこか優しい響き。

 まるで子守唄のようなリズム。


(私たちと……同じなんだ)


 角があって、

 恐ろしい力を持っていて、

 五百年も生きていて。


 でも――――。


 心臓の音は、人間と変わらない。


(もしかして、魔王様も……)


 寂しかったり、

 嬉しかったり、

 ドキドキしたりするのかな。


 不思議な想いが、胸の奥で膨らんでいく。


 伝説に語られる恐ろしい魔王ゼノヴィアス。

 でも、オムライスに感動する素直な人。

 世界を滅ぼせる力を持ちながら、美味しさに救われる人。


 相反する姿が、シャーロットの中で一つに溶け合っていく。


 風が激しく吹き荒れ、髪がバサバサと乱れた。


 でも、不思議と怖くなかった。


 この腕の中にいれば、絶対に大丈夫。

 ここは世界一安全な場所――――。


 自然とそう思えてしまうのだ。


 二人を乗せた紫の流星は、暗くなりゆく空を貫いて、病に苦しむ王都へと向かっていった。



       ◇



 風を切る音が弱まり、速度が落ちていく。


 やがて、麦畑の地平線の向こうに街が見えてくる――――。


「あれが……」


 シャーロットは顔を上げ、そして――息を呑んだ。


 王都。


 かつて「黄金の都」と呼ばれた、栄華を誇る大都市。


 だが、今そこにあるのは死の街だった。


「嘘……」


 宵闇の中、本来なら無数の灯りで輝いているはずの王都は、まるで巨大な墓場のように沈黙していた。


 窓という窓は暗く、通りには人影もない。

 時折、ぽつりぽつりと灯る明かりさえも、まるで消えかけの蝋燭のように弱々しかった。


「あれは……?」


 所々から立ち上る炎と黒い煙。

 それが何を燃やしているのか、シャーロットには分かってしまった。


「ああ……」


 両手で口を覆う。


 涙が、止めどなく溢れてきた。

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