21. 約束の時間
二日目の営業も、嵐のような忙しさだった。
朝から夕方までドアベルは鳴り止まず、店内は熱気に包まれ、シャーロットとルカは目の回るような時間を過ごした。
でもそれは心地よい疲れを運んでくる。
「いやぁ、今日もすごかったですね!」
最後のお客を見送り、ルカが額の汗を拭いながら笑った。その顔は疲労に染まっているが、充実感で輝いている。
「本当ね。でも、あなたのおかげで何とか乗り切れたわ」
シャーロットは優しく微笑んだ。
窓の外を見れば、夕陽が町を橙色に染め始めている。石畳が黄金に輝き、どこか遠くで家に帰る子供たちの笑い声が聞こえる。
平和で、温かい、ローゼンブルクの夕暮れ。
「さて、ルカ君。皿洗い、悪いけどお願いできる?」
「もちろんです! 弟子として当然ですから!」
ルカは袖をまくり上げ、意気揚々と流し台に向かった。一枚一枚、まるで宝物を扱うように丁寧に洗っていく。その真剣な横顔に、シャーロットは温かいものを感じた。
カウンターに座り、帳簿を広げる。
羽ペンを手に取り、今日の売り上げを記入していく。数字を追いながらも、シャーロットの心はどこか上の空だった。
――そう言えば。
ふと、手が止まる。
――昨日、あの人が来たのも、ちょうどこの時間だった。
心臓が、小さく跳ねる。
まさか、という期待と、でも、という不安が入り混じる中、チラリと窓の外に目をやると――――。
「あら」
思わず、口元が緩んだ。
街灯の下、昨日と同じ場所に、同じようにフードを被った大きな影が立っているではないか。
店の中を覗き込むように、でも入るのをためらうように、じっとたたずんでいる。
「ふふっ」
シャーロットは小さく笑い声を漏らした。
なんて可愛らしいのだろう。あんなに大きな体なのに、まるで初めてお店に入る子供のよう。
タタタッと軽やかな足音を立てて、扉へと駆けた。
「いらっしゃいませ!」
扉を開けた瞬間、男の体がビクリと震える。
「お待ちしてましたわ」
シャーロットの眩しい笑顔に男は少し固まった。
「お、おぉ……」
フードの奥から、戸惑ったような声が漏れる。
「来るって……言ったからな……」
ぶっきらぼうな言葉。でも、シャーロットにはその奥にある照れが手に取るように分かった。
「嬉しいです。さぁどうぞ!」
優しく男を店内へと導く。
昨日と同じ、一番奥の席。男は慣れた様子でそこに腰を下ろした。
「今日も、オムライス?」
シャーロットは後ろ手を組み、すこし下から覗き込むようにして、フードの奥の表情を伺う。
その仕草の可愛らしさにあてられたように、男は思わず視線を逸らした。
「お、おぉ……任せる……」
低い声が、かすかに震えている。
「ふふっ!」
シャーロットは嬉しそうに微笑むと、くるりと振り返った。スカートがふわりと広がる。
「ルカ君! オムライス一丁!」
明るい声が厨房に響く。
「え? オ、オムライスですか?」
皿を洗っていたルカが、泡だらけの手で振り返った。目を白黒させている。
「チキンライスを炒め直すところだけお願い」
シャーロットはウインクした。
「オムレツは私がやるわ」
「わ、わかりました!」
ルカは慌てて手を拭き、フライパンを手に取った。緊張で手が震えているが、目は真剣そのもの。
シャーロットはその様子を温かく見守りながら、自分も準備を始めた。
卵を割る。
かき混ぜる。
フライパンにバターを落とす。
いつもの手順。でも、これには特別な気持ちが込められている。
――あの人のために。
なぜだろう。昨日会ったばかりの、名前も知らない人なのに。
でも、この料理で少しでも幸せになってもらいたいと、心から思う。
「よし、できました!」
ルカが誇らしげにチキンライスを差し出す。
「上出来よ」
シャーロットは微笑んで、それを受け取った。
そして――魔法が始まる。
卵がフライパンの上で踊り、ふわふわのドレスを纏う。チキンライスを優しく包み込み、とろけるチーズが金色の糸を紡ぐ。
仕上げのケチャップは、今日は特別な模様を描いた。
スマイルマーク。
ちょっとゆがんでしまったけど、でも確かにうれしそうな顔――――。
「お待たせしました」
皿を置いた瞬間、男の肩が小さく震えた。
スマイルマークに驚いたのだろうか――――?




