18. 裁きの音
「お前一人を陥れるために、何年もかけて王都を守るだと? 数え切れない命を救うだと? どこまで自惚れているのだ!」
「で、でも……」
王子の声は、もはや子供のようだった。
「父上だって知らなかったじゃないか! 誰も知らなかった! だから、だから俺は――」
「痴れ者がぁぁぁ!」
王の叫びは、もはや人間のものとは思えなかった。
「すぐそばにいる婚約者の真価に気づかぬ! 毎日顔を合わせていながら、その献身を見抜けぬ! それでよくも次期国王などと!」
王は天を仰いだ。そして、絞り出すような声で続けた。
「うわべしか見ず……華やかさにだけ目を奪われ……真の宝を、この国の守護天使を……」
声が震える。
「ゴミのように! ゴミのように捨てたのだ!」
老王の頬を、涙が伝った。それは怒りの涙であり、後悔の涙であり、そして絶望の涙だった。
「い、いや、でも父上! あいつは……あの陰気な女は……」
王子はなおも醜い言い訳を続けようとする。
「もういい!」
王は杖を振り上げた。
「出て行け! 今すぐこの場から消えろ!」
「く、くっ……」
王子は拳を震わせ、歯を食いしばった。屈辱と怒りで顔を真っ赤に染めながら、周りの反応を見ながら反論の言葉を探す。
だが――誰も助け舟を出さない。
重臣たちは皆、冷たい目で王子を見つめていた。軽蔑と、失望と、そして怒りの眼差しで。
くぅぅぅ……。
完全に孤立した王子は、よろよろと扉へ向かった。
そして――――。
バァァァン!
全身の怒りを込めて、扉を叩きつけるように閉める。その音は、まるで王国への呪詛のように、長く長く響き渡った。
静寂が戻った執務室で、国王は深い、深いため息をつく。
「……育て方を、間違えた」
つぶやきは、自らへの断罪だった。
あの子をああしてしまったのは、他ならぬ自分だ。甘やかし、ちやほやして、本当に大切なものを教えなかった。
結果がこれだ。
しばしの沈黙の後、国王は顔を上げた。涙の跡が残る顔に、しかし決意が宿る。
「さて……」
王としての威厳を取り戻し、重臣たちを見回した。
「シャーロット嬢は今どこにいる? 何としても、何としてでも戻ってもらわねばならん」
だが――――。
重臣たちは、まるで示し合わせたかのように視線を逸らした。
「どうした?」
嫌な予感が、王の背筋を這い上がる。
「公爵家から、どこへ向かったかくらいは分かるだろう?」
事務官の一人が、恐る恐る口を開いた。
「それが……陛下……」
声が震えている。
「彼女を辺境まで送った御者は……すでに病で……」
「なに?」
「亡くなっております……」
王の顔から、血の気が引いた。
「では……行き先は……」
「誰も……誰も知りません」
ガクリと、王は椅子に崩れ落ちた。
「まさか……そんな……」
震える手で、頭を抱える。
「待て! 薬の作り方は!? レシピくらいは公爵家に残っているだろう!」
一縷の望みにすがるような声。
だが、重臣たちの顔は青ざめるばかりだった。
「シャーロット嬢は……去り際に、薬のレシピを聖女様に託したと……」
「なら! なら聖女に聞けばよい! 今すぐ呼べ!」
希望の光が、王の目に宿った。
しかし――――。
「それが……その……」
事務官たちは、言いたくないことを誰が伝えるのか、互いを見合う。
そして、一人が震え声で告げた。
「教会側からは回答を控えさせてほしいと……。理由は分からないですが、もうない……のではないかと……」
「は……?」
完全な、絶対的な静寂が執務室を支配した。
希望が、音を立てて崩れ落ちる音が聞こえたような気がした。
「……そうか」
王の声は、もはや亡霊のようだった。
両手で顔を覆う。指の間から、老いた王の嗚咽が漏れた。
「我々は……何という……何という愚かなことを……」
王冠が、ズシリと重い。
かつては誇りだったそれが、今は呪いの鉄塊のように、王の頭蓋を押し潰していく。
「真の聖女を追放し……偽りの聖女を崇め……そして、最後の希望さえも……」
窓の外で、弔いの鐘が鳴り始めた。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……。
単調で、容赦なく、永遠に続くかのような鐘の音。
それは、王都の死を告げる音にも、愚かな王家への裁きの音にも聞こえた。




