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1. 晴れて追放

 ――やった! ついに追放だわ!


 王立学園の卒業パーティー。天井から降り注ぐシャンデリアの光が、まるで祝福の雨のようにシャーロット・ベルローズを包んでいた。彼女は涙に濡れた頬を震わせながら――もちろん演技だが――内心では喜びのあまり踊り出したい衝動を必死に抑えていた。


「シャーロット・ベルローズ! 貴様はこの三年間、聖女リリアナ様を(おとしい)れようと数々の悪行を重ねてきた!」


 金糸の刺繍が施された純白の礼服に身を包んだエドワード王子が、まるで正義の執行者のように腕を振り上げる。その美しい顔は義憤に歪んでいたが、シャーロットにはそれが滑稽にしか見えなかった。


(ええ、そうね。聖女が私の悪行をでっちあげ続けていたことは知ってたわ)


 彼女は八年前――十歳の誕生日に高熱で倒れた夜——前世の記憶と共に知ったのだ。自分が乙女ゲーム『聖女と五つの恋』の悪役令嬢であり、二十歳で処刑される運命にあることを。


 処刑の真の理由は、疫病による王都の衰退の責任をなすりつけ合う醜い権力闘争。とばっちりで王子に処刑されるのだ。


(だからこそ、私は必死に働いてきたのよ)


 前世で製薬会社の研究員だった記憶。その知識を総動員して、シャーロットは密かに王都を守ってきた。石鹸の普及、上下水道の整備計画、そして――――。


「その上、貴様は得体の知れない薬を王都にばらまき、人々を惑わせた!」


 エドワードの糾弾に、シャーロットの胸が小さく痛んだ。


(得体の知れない薬……そう呼ばれてしまうのね、私の心血を注いだペニシリンが)


 何度も失敗を重ね、カビの胞子で喉を痛め、消毒薬で手を荒らしながら作り上げた抗生物質。それは確かに多くの命を救った。だが、公爵令嬢がなぜそんなものを作れるのか――その疑問に答えることはできない。


「も、申し訳ございません……」


 シャーロットは震え声で謝罪しながら、ゆっくりと膝を折った。ドレスの裾が床に広がり、まるで白い花が咲いたようだった。完璧な敗北の構図。観衆たちの満足げなざわめきが聞こえる。


「もはや言い訳は聞かぬ! シャーロット・ベルローズ、お前に国外追放を言い渡す! 二度とこの国の地を踏むことは許さぬ!」


 その瞬間――――。


(きたきたきたきた! ついに来たわ、私の解放記念日!)


 シャーロットの心の中で、盛大な祝砲が鳴り響いた。これで処刑は無いわ! もう二度と、深夜の地下室で危険な実験をしなくていい。もう二度と、正体を隠してこそこそと働かなくていい。もう二度と、この息苦しい宮廷で演技をしなくていいのだ!


「あ、ありがたき……お慈悲……」


 声を震わせながら立ち上がり、シャーロットはよろよろと退場した。重い扉が閉まった瞬間、彼女は人目もはばからず小さくガッツポーズをした。廊下を歩く足取りは、まるでスキップでもしそうなほど軽やかだった。


 自室に戻り、簡素な旅支度を整える。


 机の上には、一冊のノートと封筒。ノートには、八年間かけて完成させたペニシリンの精製方法が、誰にでも分かるように丁寧に記されている。


「これで、私の役目は終わり」


 シャーロットは優しい手つきでノートを封筒に入れ、表に『聖女リリアナ様へ』と記した。


(きっと、最初は『カビなんて汚い』と言うでしょうね。でも、いずれ理解してくれるはず。ペニシリンの効果も上がり始めているのだから)


 窓の外を見れば、みすぼらしい幌馬車が一台、ぽつんと佇んでいた。追放令嬢に与えられる最低限の移動手段。だが、シャーロットにとっては黄金の馬車にも勝る価値があった。


 最後に一度、部屋を見回す。


 あの片隅で、初めて石鹸を作った日。

 窓辺で、上下水道の設計図を描いた夜。

 月明かりの下で、ペニシリンの完成を一人祝った明け方。


 孤独だったけれど、充実していた。苦しかったけれど、誇らしかった。


「ありがとう。でも、もう十分よ」


 シャーロットは深く一礼して、新しい人生へと歩み出した。


 馬車が王都の門を抜けた瞬間、彼女は両手を高く掲げて大きく伸びをした。


「さあ、これから私のスローライフが始まるのよ! 小さなカフェを開いて、美味しい料理を作って、お客様の笑顔を見て……ああ、考えただけで幸せ!」


 御者が驚いて振り返ったが、シャーロットは構わずに続けた。


「もう誰かのためじゃない、私のための人生! なんて素敵な響きなの、スローライフ!」


 オレンジ色の夕陽が地平線に沈もうとしていた。その光に照らされたシャーロットの瞳は、八年ぶりに――いや、もしかしたら生まれて初めて――純粋な希望に輝いていた。


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― 新着の感想 ―
xからです、おしゅしです。 拝読させていただきました。追放される喜びがこちらまで伝わってくるような丁寧な描写だと思います。素敵な作品を、ありがとうございました。
拝読させていただきました! これはまた新しいスタートですね!追放して喜ぶとは、大変な思いをしていたんですね。とても面白いです!
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