表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

十六

 電話を切ると、二段ベッドの下段に向かって身を投げた。涙なんかが出る訳ではない。悲しいと云う気持ちよりも、虚しいと云う想いの方が強い。なんだか時間を無駄にした。

 スマホがピロンと音を立てる。暫く放って置いたら続け様にピロンピロンと音を立てた。一体なんだと云うのか。今決着付けたじゃないか。都子は大儀そうに体を起こすと、スマホの通知を確認した。

 「なんや、そっちか」

 通知の主は、思っていた相手ではなかった。ロックを外して、チャット画面を確認する。送信者は(すべ)て同じだ。

 ――ついに別れたって? アホがあたしンとこまで来よったで

 ――さっそく他の女口説き始めるとか

 ――いっぺんシメタロカ

 都子は思わず笑って仕舞(しま)った。佑香(ゆうか)に行ったか。世間の狭い男なのだ。

 ――そっち行きよったか。なんかゴメンな

 返事を返すと、即座に相手からも返って来る。

 ――そんなんえゝねん。ただむかつくから、のも

 ――のもか。今から?

 ――えゝよ、駅前のマクド来て

 ――らじゃ

 飲もう飲もうと云い合っているが、都子は未だ高校生だ。そんな公明正大に酒など飲めるものではない。この場合、ファストフード店でシェイクか何かが精々だ。ちなみに同世代の娘達はもう少しオシャレなカフェだのに行って、()えるドリンクなどを飲んだりしている様だが、余りそう云うのは得意な方ではなかった。それは多分、佑香も同じなんだと思う。

 洗面所に行って、鏡越しに身嗜みを確認する。ベットに転がったりしていたので、多少髪が乱れているが、癖の無いショートカットなので手櫛で直ぐに直って仕舞う。墨の様に真っ黒な前髪が伸びて来て、目に掛かりそうになっているのが気になる。風紀委員に目を付けられ兼ねないので、週末に切って来ようかと思う。服装は濃紺のTシャツにジーパン。夜に溶け込んで仕舞いそうなので、白っぽいパーカーを羽織る。そろそろ気候も秋めいて来ているが、まだそこまで寒くもない。パーカーの胸元には、控え目にHとTのロゴが入っている。

 「ちょい駅前出て来るわ、佑香とお茶」

 「はいよ、気ぃ付けてな」

 母親に軽く断って、家を出る。尼崎駅前迄、自転車で五分程だ。マクドナルド店舗前にある駐輪スペースに自転車を止めて、店内を窺う。佑香は直ぐに見付かった。

 「みやこー!」

 都子が声を掛けるより先に、佑香が気付いて大きく手を振って来た。部活帰りか塾帰りか、佑香は学校の制服の儘で、長い栗毛をハイポイントのポニーテールにしている。アクセントになっている白猫の髪留めが愛らしい。

 「おー、おまたせ!」

 小さく手を振り返しながら、佑香の正面に座る。

 「アホな、先刻(さっき)まで()ってん」

 「はぁ? マジか」

 「ほんま、腹立つぅ! もぉ、思い出しただけで寒気するわ」

 佑香は己の両肩を抱いて、ぶるぶると震える仕草をする。

 「あぁ、ちょい、飲みもん()うて来るわ」

 「行っといで」

 レジに並んで、ポテトと、紅茶を買った。それらを持って席に戻ると、佑香が笑っていた。

 「飲みもん?」

 「ポテトは飲みもんやん?」

 「いやいや」キャラキャラと笑って、「まって、あたしダイエット!」

 「知らんしぃ」

 「()うたやん」

 「聞いたん昨日やし。今日もしとぅとか知らんし」

 「まって、非道(ひど)い!」

 そして二人でけらけらと笑った。

 「てか、あげるって云うた? これうちの分」

 「それはそれで、ケチやん」

 「ダイエットやん?」

 「なんよ、ポテトぐらい!」

 「ポテトはでかいやろ」

 そんなことを云い合いながらも、結局は二人で(つま)んだ。

 何時もこうしたものは、何方(どちら)が買っても自然と分け合って仕舞う。何方かが一方的に買うと云うことも無く、大体均等に貸し借り無し状態なので、お互い気にしたことも無い。この時も別に、本気で分けるか如何(どう)か揉めていた訳ではない。日常の(じゃ)れ合いの様なものだ。

 「何の話やっけ」

 ポテトを食べながら佑香が(とぼ)けた調子で云う。

 「龍」

 「あゝ、そうそう、あいつそんな名前やったな。名前ばっかり偉そうねんけど、中身蛇か蚯蚓(みゝず)みたいな奴やで」

 「きんもっ!」

 「あっ、都子昨日迄付き()うとったんやっけ、ゴメンな」

 「最前迄付き合うとったけどな、でも否定の余地ないから」

 そう云って都子はゲラゲラ笑った。

 「さいぜんって、都子ちょくちょく古い言葉使うやんな。お婆ちゃんみたいやん」

 「失敬やな! 日本語大事にしとぉだけやで!」

 「そやなぁ……都子はカシコやもんな」

 「普通やって」

 「普通の子、さいぜんとか云わんのよ」

 「マジか」

 「マジや」

 都子と佑香の付き合いは古い。小学生の時に――

 「そう云や都子、あれ、今でも出来るん?」

 「あれ? なんよ?」

 「いやほら――小学校ン時しとったやん、先生の声消したりさ、鴨田の屁の臭い消したりさ」

 「(あゝ)、最近せぇへんなぁ――てか消してばっかりやな」

 「他になんかあったっけ?」

 「えゝよ別に。今してないし、出来るか判らんし――抑々(そもそも)なんで?」

 「なんでって――」

 「なんか消したいんか」

 「いや――云わんとく」

 「なんじゃそら!」

 「云うたら都子、軽蔑しよるやん」

 「いや、何かも判らんのに、その質問如何答えたらえゝのん」

 「うんまぁ――えゝのえゝの! 忘れて!」

 都子は佑香の目を(じっ)と見詰めた。佑香は何を隠しているのか。知っておくべきの様な気がする。

 それにしても小学校の時、何したっけか。――都子は過去に思いを馳せた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ