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第06話:二人のお茶会

「調査はどうなっていますか」


 グラルティス寮自治会、通称天狼会。その天狼会が特別に与えられている生徒会室とでも言おうか、天狼の館と呼ばれる二階建ての建物の一室で、シェリル・ラストーラは自分が指揮を執る魔獣対策班第六班の一人ウルラに訊ねた。

 ウルラは基本的に物静かで無表情、目立たないが故にあまり注目されることはなかった。

 しかし、彼女の持つ才能を見抜いたシェリルは、彼女を密かに取り立てて重用している。口少ないが故に口が堅く、内密に進めたい事柄などは特に彼女に頼むことが多い。


「……発生元の詳細は不明。意図的に魔力痕が消された」

「最近の魔獣発生の多さ、偏った位置、特定できそうで出来ない発生元……。なにか意図的なものを感じざるを得ませんね。討伐生徒の方は見つかりそうですか?」


 首を横に振るウルラ。彼女がここまで情報を持ち帰れないことも珍しい。


「魔獣のレベルを考えると、新入生ならBクラス以上……。他寮にも当たっているけど、すべて空振り……」


 入学したばかりの生徒は、まだ魔術が安定してない。全員がまともな攻撃と防御をできていれば、グラルティス寮恒例の歓迎会も毎年クリアされているはず。小さい魔獣とはいえ、三匹をも相手取って戦える技量があるのは、上位十数パーセントいればいい方だろう。だから、ウルラの探し方は的を射ているはずだった。

 けれど、シェリルからするとそれでは不十分だと思わざるを得ない。魔力の量もクラスの振り分けも、実力と相関関係にあるというだけで絶対ではないと知っているからだ。

 そんな私の思いが表情に出ていたのだろうか。あまり感情を出さないウルラがいつもより大きな声を出した。

 

「た、ただ……!あの時間にお手洗いへ立った少女が二人……」


 何故かきまりが悪そうに、語尾が尻すぼみになっていった。


「詳細は?」

「話はまだ。それがその……Fクラスらしく、流石に魔術を使えるかすら怪しいから……」


 Fクラス。それは今年度から試験的に導入された、従来であれば入学の域に達しない、だけど可能性はある生徒を拾い上げる為に増設されたクラスだ。

 ヴァンパイアを始めとした強大な魔獣の頻出により、皮肉にも世界は争いをやめ、手を取り合うことを選んだ。

 しかし、優秀な魔術師ほど戦争に駆り出され消耗されたせいで、現在はどの国でも深刻な魔術師不足。大学に進学して魔術の研究をして、成果を上げて実績を得てから魔術師として正式なデビューをするのが従来のスタンダードだったものが、今後は高校卒業と共に魔術師になるのが主流になっていくという。

 そんな事情から、魔術師を一人でも多く育てる為にFクラスが作られた。けれど、魔術をやっと発現させられる程度で、戦闘ができる域に達する生徒はいない、という情報を入学前の試験の時に聞いていた。


「特徴はエメラルドグリーンの髪をした女生徒と、白髪の女生徒……」

「白髪?」


 シェリルは思わず聞き直してしまった。


「身長が低くて顔が綺麗で可愛らしい子かしら?」


 ウルラがこくりと頷く。

 あの時の子……よね。

 グラルティス寮の歓迎会は、他の寮に比べても激しい。そこには、先輩と後輩の差をしっかりと弁えさせる意味もあるらしい。そのくらい先輩達は、怪我をさせない程度とはいえ、徹底的に攻撃する。

 パニックにならないだけでも高評価。身を守れるような生徒は妹、弟候補としてすぐに注目される。ましてや反撃に転じられるとなれば、かなり優秀な生徒に違いない。

 それなのに、Fクラス……?

 

「会う機会を作れないかしら。時間は私が融通するわ」

「シェリルお姉様が?話を聞くだけなら、私でも……」

「いいえ、直接話してみたいの。都合を付けてもらえる?」


 ウルラが部屋を出て行くなり、私は納得した。道理でお姉様方が考えてくださった新入生への指導でも、あの子を見つけられなかった訳だ。

 それにしても、魔獣を狩れるほどの実力を持ちながらFクラスの少女。明らかに異質。この異質さ、何かがあるような気がする。

 人を見る目に自信を持つシェリルにとって、その直感は確信に近かった。

 


 入学式から数日が経ち、退屈で代り映えしない安全な学園生活に慣れようとしていたある日、俺の部屋に一通の便せんが投函されていた。

 便せんに入っていたのは、寮内の地図に時間の指定、それから綺麗な文字で書かれた手紙。内容は簡素だった。

 

『話したいことがあるので、お待ちしております。授業に関しては先生にお伝えしておきますので、お休みして問題ありません。――寮自治、天狼会』


 どこで尻尾を出した。

 俺は、すぐさま自分のここ最近の行動を思い返す。変わらない日々だ。ウィンに起こされ、委員長(カンナはその後クラス委員として抜擢され、俺達は委員長と呼ぶようになった)と三人で授業を受ける。一日の授業を全て終えれば、へとへとになって部屋で意識を失う毎日。あまりに体力のないこの体には厳しい日々である。

 その中で怪しまれるような事なんて……。

 本当であれば無視して逃げてしまいたい。だが、俺が本当に魔獣だとバレているのだとすれば、こんな手紙で回りくどいことをするより、さっさと討伐しに来た方が手っ取り早いだろう。まだ疑っている状態、そう考えるべきじゃないだろうか。

 だとすれば、意識的に逃げて疑いを強められるよりも、疑いを晴らす努力をするべき……だと思う。仮にもこの体は、人間と遜色ない。素直に応じ、精密に調べられないよう誘導できるのが一番丸い。


 

 寮の宿舎の離れに、こじんまりとした洋館が建てられていた。こじんまりと言っても、二階建ての普通の一軒家と変わらない。周りにある建物が大きい所為で、そう見えるだけだ。入口には『天狼会』と書かれた表札が掲げられ、地図の場所と違わない確信をした。

 俺は、大きく深呼吸をすると中に踏み込んだ。


「ようこそ、ユーリ・クロウね。入学式の日以来よね」


 扉の向こうにいたのは、件の冷たい雰囲気を纏った少女だった。蒼い瞳が俺を射抜いているように感じる。


「あ、あぁ……。ユーリ・クロウだ」

「シェリル・ラストーラよ。入って頂戴」

 

 淡白な自己紹介の後、なんの説明もないまま中に招き入れられる。

 ただ、どうやら他に人はいないようだった。俺を狩る、そんな雰囲気ではないことが分かり、俺はひとまず胸を撫でおろす。


「そんなに緊張することはないわ」

「シェリルがあまりに美人なものでな。あ、いや……」


 思わず軽口を叩いてしまった。人との関わりは少なかったとはいえ、この世界に来たばかりの頃は一応人に馴染もうと努力はしていたのだ。

 そして、俺のヴァンパイアとしての姿はそこそこに良かったので、女性を口説いたりすることも多々あったわけだ。その時の感覚で、シェリルを思わず反射的に口説いてしまったわけだが、どう考えても新入生の一年が、しかも女子が、先輩の同性を口説くのは不可思議極まりない。

 咄嗟に言い訳を考えていると、冷たい雰囲気の少女が綻んだ。


「ふふっ……、あなた面白いわね」


 その表情に見惚れて、俺は言葉を失う。

 建物は入って左右に部屋があり、正面に階段がある。床には絨毯、壁には絵画、高級そうな家具の上に花が生けられており、その甘い香りが玄関を満たしていた。

 シェリルはすぐに表情を戻し、前を歩く。俺は彼女の後に着いて階段を上がり、突き当たりの部屋に通された。


「掛けて、お茶を用意するわ」


 遠慮しておく、それを言う間もなく、シェリルはさっさと部屋を出て行ってしまった。

 一人残された俺は、部屋を観察する。

 客間だろうか。奥にデスクがひとつあり、壁は一面が本と絵画で埋め尽くされている。中央には革張りのソファーと使いづらそうな高さのローテーブル。校長室を思い出した。こういう時、手前に座るべきなのか奥に座るべきなのか、マナーの知らない俺には分からない。迷った末に、遠慮がちにちょこんと一番手前に座ることを選んだ。

 魔力を見てもおかしなところは見受けられない。デスクの中に魔道具がちらほら、書物の中にもいくつか魔力の籠ったものはあるが、俺を害するような攻撃的なものはなさろうだった。ということは、やはり俺の正体を怪しんでって訳ではなさそうだ。

 ただ、一つ気になるところがあった。それは、扉にされた細工。何かしらの魔術が施されている。それはおそらく……。


「お待たせ。紅茶でよかったかしら」

「あ、あぁ」


 シェリルは、俺の前に置いたティーカップの周りに大量の砂糖とミルクを置いてくれる。俺がそんなに子供舌だと思っているのか……。まぁ見た目だけなら、欲しがりそうな子供ではあるか。

 少し複雑な気持ちだ。

 湯気の立つそれに口を付ける。

 ……欲しいな、砂糖もミルクも。子供の体だからか、おいしくはあるのだが、渋みというか苦みのようなものが強く感じられてしまう。

 美人の前で格好つけたい俺は、そのままもう一口含んで強がる。

 しかし、そんな俺をよそに、シェリルはその両方を自分をティーカップに入れた。細い指と綺麗な爪が銀色のスプーンで紅茶をかき混ぜる。カップの中を覗く表情に、はらりと落ちた髪を耳に掛ける所作。どれもに見惚れてしまう。こんなに美しい人間がいていいのか……。


「入れないの?」

「も、貰おう」


 急にこちらを向いたものだから、じっと見つめていたのがバレたのではないかとどぎまぎしてしまった。

 彼女が俺の分も砂糖とミルクを入れてくれ、ついでに自分のティースプーンで混ぜてくれる。一口含むと随分と優しい味になった。心無しか気持ちも安らいだ気がした。


「それで、なんの用なんだ」

「入学式の日のことよ。魔獣の討伐をしてくれたのは、あなたかしら」


 ハッとする。確かにここ数日はごく一般的な生徒を演じてきていたが、あの日だけは別だ。仕方がないとはいえ、俺はウィンと逃げ切る為に魔術を使って、新入生、ましてやFクラスならざる実力を出してしまった。

 ……なぜバレた。魔獣は致命傷を負うと魔力還元が行われて、素材を取り出す為の特別な処置でもしなければ全てが魔力として霧散する。証拠は隠滅されると思っていた。詰めが甘かったってことか……。


「褒賞が出るのよ。ユーリで間違いないのなら、手続きをするわ」


 褒賞……。そういうことか。

 別に疑われている訳……ではないのだと思う。金もあるに越したことはないだろう。だが、それでFクラスの出来損ないが魔獣を倒せるとか広まっても困る。目立ちたくないのだ、俺は。なにより、これ自体がこの少女のはったりだったらどうする。

 貰えるものは貰っておきたいところだが、ここは知らないふりをしていた方が身のためな気がする。


「いや、俺は知らない。しなくていい」

「……そう」


 それから、なんとも奇妙な時間が流れた。シェリルは、俺が魔獣を倒した張本人だと確信しているのだろうか。何も言わないまま、時折紅茶を啜り、俺のことをずっと見ている。

 俺はといえば、美人に見つめられてどこか居心地が悪くて、時々目が合っては急いで逸らしてを繰り返した。

 

「……おかわりはいるかしら」


 十分、いやニ十分ほど経ったかという頃になって、緊張の所為でとっくに空になっていた紅茶について尋ねてくるシェリル。さすがに、ここからさらにニ十分無言が続くなんて、心臓が耐えきれない。

 

「いや、いい」


 シェリルが一瞬視線を落とし、立ち上がった。


「なら、解散ね」


 一体、この無言の時間はなんだったのか。俺は不思議に思いながらも、この蛇に睨まれるカエルのような状況から逃れたくてすぐに席を立つ。

 シェリルが俺の前に出て、部屋の扉を開けエスコートしてくれようとする。

 やっと解放される。

 そう思った瞬間だった。この部屋に来たばかりの時に気になっていた扉の仕掛けに魔力が流れる。

 ……シェリルの魔力じゃねぇ。誰かが強制的に発動させようと。


「シェリル!待……て……」


 目の前に薄暗い森が広がった。

やっと書ける時間が…!またちょっとだけ忙しくなりそうですが、週末には一話。できれば二話行きたい気持ち。頑張ります。

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