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第05話:初授業

 扉を叩く音が耳に飛び込んでくる。ドンドン、ドンドンと俺の心地よい睡眠の時間を邪魔する。思わず毛布を頭まで被って、耳を塞いだ。

 暖かくて心地のよい毛布の肌触りが体を包み込む。女子の体ってのは男よりも皮膚が薄いのか、触覚が鋭い気がする。柔らかいものは心地良くて、ごわごわしたものは痛い。

 触り心地の良いシルクのパジャマでも欲しいな……。

 そんなことを考えている間にも、外では喧しい音が続いていた。


「ユーリ!起きて!遅刻しちゃうよ!」


 ゆーり……、ゆーり……、ユーリ。あぁ、俺の事か……。

 寝ぼけた脳みそが状況を理解する。俺は昨日、魔術学校に女子中学生として入学したのだ。

 このままサボりたい。人間の規則正しい生活なんて、数年間も魔獣として奔放に生きてきた俺に今更取り戻せるはずもないのだ。サボりたい。あぁ眠っていたい。魔獣の頃はこんなことなかったのにな。そもそも眠る必要だって、魔力の温存をする時以外は必要なかった。毎日眠いし、起きるのはつらい……。

 この肉体になってから極端に、朝に弱くなった。人間の肉体が魔獣と比べて朝に弱いのかと思ったが、あの通り外で騒いでる少女は元気に騒がしい。ということは、この体限定のデバフなのだろう。ヴァンパイアが低血圧とは、皮肉なものだ。

 そう思った途端、ふつふつと怒りが湧いてくる。奴はとことん自分の趣味に性癖に忠実に俺を作り替えたらしい。この低血圧で朝に弱いって属性も当然、奴の癖ということ。むかつく、許せない。

 ……はぁ、起きるか。

 俺は負けず嫌いを総動員して、毛布を跳ねのけた。


 

「おはよう、ユーリ!今日もかわいいね!」


 スッと指をこちらに向ける緑髪の少女。まるでキザなイケメンがやるような臭い行動に、俺はスルーを決め込む。


「もう、折角起こしに来てあげたのに」


 頭がまだ回らない。血が足りない。頭がぼけーっとしてる。


「ふーん、朝は弱いっと」


 何やらメモ帳に書き込む少女に、俺は眉をしかめて言う。


「んで、どこに向かうんだ。昨日説明なかったよな」

「あっ、それならちゃんと案内があったはず。ユーリ見てないんだ~」


 彼女は、一枚のガイドマップを取り出した。どうやらこの寮内の地図のようだ。いつ貰ったものなのか。もしかしたら、昨日この部屋に案内されてきた時に渡されてたのか。昨日は疲れ果てていて確認できていない。

 ウィンのことを面倒くさい拾い物と思う一方で、こういうところは都合のいい女でもあるんだよな、と俺は思う。


「まぁ、私が案内してあげるから任せて」

「任せて、ねぇ?」


 疑いの目を向けると視線をすすす、と逸らす。

 すると、その視線の先で目が合ったらしく、向こう側から声が掛かる。

 

「おはようございます。えっと、ウィンさんとユーリさんですよね」


 同い年くらいの少女だった。ウィンよりも身長は低いが線が細くスラっとしているからか、そうは見えない。顔も整っていてなかなかの美少女だ。タイプで分類するならば、眼鏡をかけてないが真面目な委員長とでも言おうか。この世界ではあまり見ない黒髪を長く伸ばしているのが特徴的で、魔力の量も俺達よりは各段に多い。真新しい制服を見るに同学年だと思うが、上のクラスの奴だろうか。どうして俺達の事を知っているのか……。

 どうやらウィンの方も彼女のことは分からないようで、小首を傾げている。


「あ、ごめんなさい。私、カンナ・グローリアスといいます。Fクラスで、お二人と同じクラスなんですけど……」

「そうなんだ!ごめんね、まだ名前知らなくて!私、ウィン!ウィン・ネルヴァンスだよ。でも、どうして私達の名前を?」


 いきなりこっちの名前を知ってる奴が来たら、一瞬身構えるものだと思うのだが、このウィン、全く動じない……。


「クラスメイトの名前は全員分覚えたんです。……その、早く仲良くなりたくて」

「え!そうなの、嬉しいなぁ!じゃあ、私達もう友達だね!ね、ユーリ!?」


 俺まで巻き込んでくる、能天気女。明らかに怪しいだろう。


「名前は覚えたとして、どうして顔までわかるんだよ」

「その、ごめんなさい。たまたまお二人が名前を呼び合ってるのを聞いてしまって。クラスメイトの名前欄で同じ名前を見かけたので、そうなのかなと思ったんです」


 ふと、俺は懐かしい感覚を思い出す。記憶という程はっきりしたものでなく、本当に感覚というべき程度のもの。

 周りに知り合いがおらず、心細い思い。誰でもいいから近くで話せる相手が欲しくて、似た者や声が掛けやすい相手を探し、その為に人の会話に耳をそばだてる……。

 少しだけ気持ちを理解することができた。


「そうか。ところで、えっと……」

「カンナです」

「カンナ、お前は方向音痴か?」


 不思議そうな顔をしながらも、彼女は首を自信なさげに、しかし横に振った。

 

 

 カンナのおかげで無事、寮の敷地内の教室に辿り着いた俺達は、三人で席を並べた。横長のテーブルに三つずつ椅子が備え付けられていた為、丁度三人だ。はじっこの方がよかったのだが、ウィンによってうまい具合で真ん中にされてしまった。

 教室はクラスごとに分かれていて、基本的な座学についてはこの寮内の教室を使って行うらしい。そして、実技や特別な器具を使うもの、他寮や寮に所属していない教師から教わる時に限って、あの入学式などを行った学園塔を使うのだそうだ。

 そんな説明をウィンからされていると、教室の前の方から声がした。


 「授業を始めまーす!」


 子供か、と言いたくなるような声と共に現れたのは、声相応に周りよりも低い身長の……といっても俺よりは高そうだが……少女だった。

 彼女が教壇まで歩いていくと、二の腕ほどまで体が隠れてしまう。けれど、そこに踏み台でも用意していたのか、ひょいと彼女のバストが見える。

 その瞬間、俺は彼女を子供だと馬鹿にできなくなった。


「みなさん、はじめまして。私、グラルティス寮一年F組を担当することになりました、ハミル・ハーシェルです」


 可愛らしいと思っていた声だが、よくよく聞けばおっとりと落ち着いていて大人びているかもしれない。ファンシーな薄い桃色の髪が、どこか妖艶な雰囲気に思えてくる。教師だけが羽織っているローブがどこかいかがわしい感じに見える。

 そこまで彼女の印象を変えさせたのは、そう……デカかったのだ。本当に、この身長において彼女の二つのそれは暴力的なまでに大きかった。

 ずっと釘付けになっていた俺だったが、ハミルがこっちを向いているのに気が付いて、慌てて視線を逸らす。


「早速ですが、今日はみなさんの自己紹介と初期知識の共有ということで魔術史について軽くおさらいしようかと思います」


 それから二十人程のクラスメイト達が一通り自己紹介を終えると、ハミルは授業を開始した。


「今日の授業は、魔術史です。ところで今は魔術歴何年でしょうか」


 突然そんな事を言いながら視線を教室中に泳がせるハミル。

 魔術歴……?

 俺は焦った。魔術の繰り出し方や捌き方はいくらでも分かる。だが、人と関わっていないと分からないようなことは、知る機会がなかった。


「ミエリさん、分かりますか」

「はい、百九十五年です」


 指名されたのが俺じゃなくて、ほっとする。

 今が西暦何年か、そう聞かれたら大抵の人間は答えられるだろう。このレベルの常識を知らないのがバレるのはさすがにまずかった。


「正解です。では、魔術歴以前をなんて呼ぶでしょうか?そうですね、次は……」

 

 こっちに視線が飛んでくる。

 いや、それこそもっと分からない……!


「じゃあ、ウィンさん」

「魔法歴!」

「はい、正解です」

 

 そういえば、ウィンは試験の筆記には自信があったと言ってたような気がする。


「では、魔法歴から魔術歴に切り替わった百九十五年前、一体何があったかご存じですか?ユーリさん」

「げっ……」


 思わず声が出てしまった。

 そんなの知るわけがない。だが、答えない訳にもいかない。

 魔法歴が終わったってことは……。

 

「えっと、魔法が……」


 俺はちらっとウィンの方を見る。すると、首を横に振り緑髪を暴れさせている少女がいた。

 ……違うってことか?


「いや、魔術がその……」


 今度は首を縦に振っている。


「えぇと……、できた?」

「そうですね、及第点にしておきましょう」


 俺は、大きく息を吐きながら脱力する。ひとまず乗り越えた。


「魔術歴が始まるまで、すなわち魔術という技術が作られるまで、このアルクスクルムは魔法というもので支えられてきました。これは、世界でも十数人という限られた人だけが使うことのできる奇跡の御業でした」


 なんだか胡散臭い話になってきた。


「彼らは魔法を使い世界の危機から幾度となく人々を守り、そんな彼らを人々は敬意を込めて魔法使いと呼んでいたのです。

 しかし、ある時魔法使い達でも防ぎきることのできない、大きな災害が起きました。魔力界崩壊と呼ばれる天災です。この災害によって、世界中のあちこちから魔力ならざる力が噴出し、魔力を生命力にしていたあらゆる生命が死の危機に直面したのです。そこで当時の十二人の魔法使い達が立ち上がりました」


 まるで神話のような話の流れだ。俺は、そんな昔話にどうにも嫌な予感……、いや考察を立ててしまう。

 ……奴が本物の魔法使い?

 ハミルの講義は続く。


「魔法使い達は、自分達を犠牲に世界の崩壊を食い止めました。その結果、生き残った魔法使いはたった一人となってしまいました。それからというもの、世界には二つの異変が起き始めます。新たな魔法使いは生まれなくなり、そして魔獣が出現するようになったのです。

 あちこちで現れる魔獣を倒し世界を守ろうとした最後の魔法使いでしたが、どれだけ強い力を持っていても世界中の全てを一人で守り切ることはできませんでした。そこで、最後の魔法使いはある方法を思いつきます。世界中の人がもし、魔法を使えるようになればどうか、と」


 あの変態野郎が世界の救世主の一人だってのか?

 いやらしい顔でにやけた顔が頭に過る。とてもじゃないが、そうは思えない。思えないのだが……。


「魔法は想像したものを、そのまま発現させることのできる万能の技でした。それを再現する為に、最後の魔法使いは基礎魔術というものを開発しました。それは、私達が一般に使っている火や水、風や土と言った属性魔術の事です。そして、それらを自由に組み合わせることのできる特殊な理論を構築し、世界に“適用”させたのです。

 魔術は、魔法とは似て非なるもの。しかし、魔術を徹底的に研究し尽くすことができれば、いずれ魔法と同じことができるようになる。そう言って最後の魔法使いはこの学園の設立を命じ、隠居なされたのでした。

 それ以降、私達は名も知れぬ最後の魔法使いのことを、偉大なる魔法使い様とお呼びしているんですね。魔術歴とこのアルクスクルム魔術学園の創立が同じなのも、そういう理由からです」


 ……魔術は、魔法というなんでもできるとんでも能力によって作られた、魔法の劣化版ということか。

 もし、仮に奴がその最後の魔法使いだとしたら、辻褄が合う。合ってしまう。

 この肉体や聞いたこともない呪いの数々。無尽蔵と言ってもいい程の魔力を蓄えた俺を、いとも簡単に倒して見せた奴の強さ。それらが魔法だったという一言で片付くのだ。


「そういう訳で、この授業ではおよそ二百年の間にあった魔術の発展や法整備に関することを学んでいきますよ。しっかりメモを取ってくださいね。魔術史の先生の作るテストは、結構難しいですから。私も学生時代は随分と苦労させられたものです……」


 奴ともう一度対峙して、果たして俺は勝てるのか。

 いや、魔術を研究し尽くすことで魔法に届く、そう奴自身が言っていたという。ならば、まだ俺にも伸びしろがあるということじゃないだろうか。

 奴がこの学園に送り込んだ本当の理由は分からない。だが、仮にその話が本当であるならば、奴に匹敵する力をいつかは手に入れることができるのではないだろうか。

 俺は物思いに耽り、その後の授業の内容はほとんど頭から抜け落ちていた。後日、小テストがあって慌てて委員長にノートを見せてもらったのは、ウィンには内緒だ。

あけましておめでとうございます。

明けちゃいましたね。本当は日付が変わる前に投稿できる予定だったのですが、急遽方向転換したくなりまして、この話を一から書き直した結果この時間に…。


昨年の一週間で読んでくださった方々、そして今これを読んでくださっている方々、ありがとうございます。

今年も頑張って書いていきますので、楽しんでいただけたら嬉しいなぁの気持ちで投稿していきたいと思います。よろしくおねがいします!

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