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第03話:グラルティス寮

 しばらく廊下を歩くと渡り廊下を経て、両開きの観音扉に生徒達は入っていく。その先は広間になっており、ホテルのロビーのようにソファやテーブルが点々と置かれていた。先の方には三メートル程もあろうか、高い天井に届きそうな巨大な扉がある。

 あの扉の先が目的地の寮だと思われるのだが、何やら結界魔術が張られていて普通には入れそうになかった。

 すると、ロビーで待ち受けていた先輩達が、次々と新入生の制服の胸元にピンバッチを着け始める。


「あれが寮生の証なんだよ。ちゃんと付けてないと寮に帰ってこれないから気を付けてね」

「なるほどな」


 結界をすり抜けることができる特殊な魔術を施している訳か。ここの寮生だけが入れるように。

 俺が関心しながら辺りを眺めていると、歓迎ムードの先輩達の中ソファに座り続ける一人の少女と目が合う。

 まるで空のような青い色の長い髪に、冷たい水の底のような蒼い瞳。日に浴びていなさそうな白い肌に、長い手足。モデルのような美しい体系と姿勢の良さが、美しさを際立てている。当然のように顔も綺麗なのだから、俺は見惚れてしまう。

 まさに絶世の美女だった。奴に作られたこの造形物のように完璧な俺の肉体と比べても、遜色ないレベルの美少女だ。

 しかし、そのあまりの美しさ故に、どこか近づきがたい空気が辺りを漂っている。優秀そうだが、魔力は多くない。むしろ、少ないと言ってしまっていいだろう。

 そんな彼女に、隣に立っていた先輩の一人が耳打ちをした。それを迷惑そうな表情で聞きながら頷き……、なぜかこちらへと歩き始める。

 そして、一直線に俺の目の前まで来ると立ち止まり、俺の胸元にピンバッチを着けてくれる。

 彼女が体を屈ませると顏が近づき、ふわりと花のような香りが漂ってきた。さらさらとした空色の髪がはらりと落ち、それを耳に掛ける動作がどこか色っぽい。綺麗な爪をした指が胸元に触れる。

 正面を向けば、彼女との顔の近さを意識してしまう。異常に高鳴る心音が聞こえてしまいそうで、それを気にしてしまう自分にどこか恥ずかしさを覚えた。

 顔が熱い。耳まで赤くなっていそうだ。こっち見られたらバレてしまうだろう。

 俺は必死に冷静さを保とうと、視線を下に戻す。

 彼女の綺麗な指が動くのを眺める。ひとつひとつの所作が丁寧で綺麗だ。

 

「寮生の証です。無くさないように」


 凛とした鈴の音のような声だった。囁くような小さな声だったはずなのに、しっかりと耳まで届く。耳触りのよい音。

 彼女は、その一言だけを伝えるとくるりと踵を返し、元居た場所へと戻っていった。


「……なんなんだ、あいつ?」


 他の先輩らは、一人と言わず次々にピンバッチを着けて回っているというのに。事情でもあるのだろうか。彼女に耳打ちをしていた先輩も戻ってきた蒼髪の美少女に困り顔だ。


「すごいじゃんユーリ!」


 そんな俺に興奮した様子のウィンが飛びついてくる。


「なになに、知り合いなの?」

「そんな訳ねぇだろ」


 気付くと周囲もざわついていた。


「そんなにすごい奴なのか?」

「すごいも何も、シェリルお姉様だよ!学園ランキングでトップテンに入る実力者で、成績優秀、寮自治会と魔獣対策班を兼任してるすごい人だよ!」

 

 何やら気になることはたくさんあったが、とりあえずすごいエリートだということは分かった。だが、その中でも殊更気になる単語を見つけてしまい、今の俺は彼女の経歴どころではない。


「その魔獣対策班……ってのはなんなんだ?」

「魔対って呼ばれてる街を魔獣から守る学生組織だよ。沸きづらいとはいえ、街のどこにでも魔獣は出てくるからね」


 魔獣はどこにでも現れる。それは、さっきの通りこの学園内でも例外ではないようだ。魔獣を相手取れる機関が学園内に必要なのは理解ができる。

 しかし、まさか生徒がそれを行っているとは思わなかった。魔術師の卵だといえ侮れないということか。しかも、あいつは学園ランキング……とやらで上位の実力者だとも言う。

 先輩らが新入生全員のピンバッチを付け終わると、門が開き始めた。


「毎回こんな大きな門をあけてたら、面倒じゃねぇか?」

「うん。だから、下の方に小さい扉があるでしょ?あっちを使うんだよ。今日は新入生の為に特別なんだと思う」


 言われて見れば、確かに大きな門の下の方には扉が付いている。流石に考えられているか。


「にしても、よくそんなこと知ってるな」

「えへへ、これでも学園のことすっごい調べてきたんだよ!」


 これは意外と良い拾い物をしたかもしれない。俺は人間の世情にも、学園のことにも疎い。こいつで知識をつけさせてもらうとしよう。

 門が開ききると、ぞろぞろと移動を開始する。

 そういえば、と思いさっきの美少女を探すがいつのまにか消えていた。おそらく、一番前に回ったのだろう。



 寮は……というよりも寮の敷地は、一言で表すのであれば森だった。

 と言っても、俺がこっちに転移してきた時のような禍々しい魔獣だらけの森ではない。柔らかい陽光が差し込み、暖かい木漏れ日が揺れる。精霊が現れそうな明るく幻想的な森だ。

 道は踏み固められた土の上に飛び石が並べられ、アーチのようにお辞儀をした木々には真っ白い花が咲く。ガラス細工みたいな蝶形の魔力が生徒達の間を飛び交った。隣のウィンの目の輝きを見ていれば、それがどれだけ素敵なものなのかが分かる。

 しかし、中身が周りと違い十三の子供でない俺には、このおとぎ話の中のような幻想的な光景を少し冷めた目で見てしまう。それが申し訳ないような、悔しいような気持ちになるのはなぜなのか。


「ユーリ、すごいね!」

「あぁ……」


 一歩で越えられるような小川に掛かった可愛らしい橋を渡ったり、ガゼボ(よく貴族がティータイムを嗜む、屋外にある屋根だけの建物だ)からティータイム中の先輩らが手を振ってくれたり、そうこうしている内に意外とすぐに森を抜けた。

 そして、現れたのは広い庭園だ。緑の芝に覆われた庭の中心を、真っ白な道が向こう側の建物まで一直線に伸びている。左右には手入れされた低木や噴水、騎士の形をした背の高い彫刻が点在する。花壇には色とりどりの花が植えられ、青の空が良く映えた。

 さっきの森とは一転して、清々しさのある美しさだ。だが、少しおかしなところを見つけてしまう。


「なぁ、ウィン」


 生徒達が前の方で止まった。新入生が全員入っても余裕のある庭だ。最後尾の俺達が中ほどまで来たところで、背後の鉄柵の門が閉められていく。


「なに?」

「この庭、どうしてこんなに魔術で溢れているんだ?」

「どういうこと?」


 こいつ、気が付いていないらしい。

 三メートル近くある大きな騎士を象った彫刻は魔道具化されており、それぞれが動くようになっているのだろう。花の中には、攻撃的な魔法生物が紛れている。低木の影にはあちこち人が隠れているし、目の前の寮からも多くの人の気配がする。

 まさかとは思いたい。だが、軽視することもできない。頭に過るのは、魔獣対策班という名前。そして、俺にだけわざわざピンバッチを着けてきたあの女の意図は……。

 魔力が発生したのを察知して、俺は咄嗟に伏せる。そんな俺を見て倒れたとでも思ったのだろう。ウィンが心配そうにして、俺の方へ屈んだ瞬間だ。彼女の頭上を魔力弾が過った。

 世界に満ちた魔力を練り込み様々な属性を付与したものが魔術、と定義するならば、魔力弾はそれに当てはまらない。ただただ、体内の魔力を放出するだけ。極端に言えば、魔術に及ばない魔力操作の一環。直接食らっても致命傷になることは稀だが、発動が早く避けるのが難しい。そして、とても痛い。基本的には牽制に使われる攻撃だ。


「な、なに!?」


 他にも何発も射出されており、数人は直撃を喰らったようで、痛みで地面に伏せている。怪我はないようだが、小指を箪笥の角にぶつけたかのような痛みが全身を襲っているだろう。恐ろしい。

 しかし、その様子を見てひとつわかったことがある。これは殺意を持って俺だけを狙ったものではないということ。


「手厚い歓迎パーティってやつだろ……!」


 庭園に魔力弾が飛び交い始めた。

 新入生達は大混乱だ。その場でうずくまる少女、痛みでのた打ち回ってる少年、逃げ回る子供達の前に立ちふさがる動き出した騎士の彫刻。花壇に入ろうものなら、魔法生物の花が暴れはじめ、足を止めた順に魔力で背中を打ち抜かれる。

 そんな中で、極少数だが杖を手に冷静な対処をするものもいた。


「こんなの聞いてないよ!」

「サプライズってことだろう。あれは痛い……。できれば食らいたくはないな。防御魔術は?」

「い、一応!」


 ウィンが杖を取り出すと、宣言通り『一応』障壁が現れる。

 薄くて、ムラがあって、小さな魔力弾でさえ通り抜けてしまいそうな代物……。

 こちらへ向けられた不安そうな顔に、しかめっ面を返してやる。


「仕方ないじゃん!独学だもん。ユーリこそできるの!?」

「できなくはないが……」


 さっきその魔力障壁で守ってやっていたのを、見ていなかったのだろうか。既にそこそこ魔力を使った以上、こんなお遊びに魔力を割くことは避けたい。いざという時がいつ来るとも思えない。

 その時、冷静さを保ち防御を続けていた一人の少年が声を上げた。


「動ける者はこちらへ!全員で障壁を!障壁の張れない者は内側に!」

「ユーリ、行こう!」


 全方位から来る魔術攻撃を凌ぐ為に、複数人でドーム状の障壁を形成する、魔術戦闘においてよく使われる陣形だ。

 しかし、それは飽くまで攻撃に転じるまでの時間稼ぎの為のもの。例えば、内側で強力な詠唱魔術を発動するまでの時間稼ぎや魔獣を一点に集めることで一気に殲滅する用途。だというのに、その少年は守る為だけに弱者を内側に集めようとしている。

 問題はある。が、俺が痛い目を見ないで済むなら真ん中で守られてやるのもいいかもしれん。

 俺は、たどたどしいウィンの障壁と、魔力弾が掠る度に小さく悲鳴を上げる彼女自身の体を盾にしながら、その障壁陣の中にお邪魔する。


「ふぅ……」

「君、障壁を張れるのなら、こっちを受け持ってくれ!」

「え!?はい!」


 早速扱き使われるウィン。可哀そうに。

 陣の内側はぎゅうぎゅう詰め。女子だらけなら良かったのだが、そうでもない。後から後から痛みに耐えつつ這ってくる子供達が増えていく。

 当然、先輩らからの悪ノリ魔力弾は、ここへの集中砲火へと変わっていく。その上、逃走者を防ぐ為にいた騎士の彫像達までもが集まってきた。


「無理だ!これ以上は魔力が持たないって!」

「……くっ」


 少年、よく頑張る。

 魔力量はこの中では一番多いだろう。障壁も厚く魔力の操作にも慣れているようだ。十三歳という年齢を考えれば天才の域なのかもしれない。作戦の立案力はさておき、統率力や実行力はあるようだし、カリスマ性みたいなものも持っていそうだ。

 総括すると、こいつはモテそうだ。つまりのこと、俺が嫌いなタイプ。


「いったぁ!ユーリぃぃい!たすけてぇえ」


 飛んでくる魔力弾を防いでは障壁が解除され、防いでは解除され……。そんな不安定なウィンは、時々もろに直撃を受けては悲鳴を上げている。小指をぶつけ続けていればそれは泣きたくもなるだろう。うんうん……、とてもかわいそうだ。

 しかし、このままあの騎士の彫刻達が襲ってきたら、間違いなくこの布陣は瓦解する。静観を続けていたら、俺も痛い目に遭いかねない。それは嫌だ。


「……しゃーないな。ウィン、障壁を指先に集めろ」

「えっ?」

「いいから」


 俺は、彼女の手首を掴む。ガチガチじゃねぇか。


「力を抜いて、俺に委ねろ」

「でも……」

「いいから力を抜けって」

「うーん……!」


 まさかこいつ、力まないと魔術を使えないのか?だからここまでムラができてるんじゃ……。はぁ。


「わかった。小さな障壁にすることはできるな?」

「やってみる……いたっ!」


 俺は、なけなしの魔力で彼女の腕に電撃を放った。無理矢理脱力させるためだ。


「障壁はそのままだ!」

「えぇええ!」


 その瞬間、小さな魔力弾が一発こちらへと飛んでくる。俺はウィンの腕を動かして、障壁の硬度と角度だけは俺の魔力を使って調整してやる。角度が付いた障壁にぶつかった魔力弾は、まるでピンボールのように弾かれて軌道を変えた。

 そして、弾かれていった魔力弾が彫刻の一体にぶつかった。

 たったのそれだけで、彫刻の一部が砕け散る。どうやら、あの彫刻は見かけ倒しらしい。新入生でも壊せる設計という訳だ。

 

「なるほど、障壁を一点に集めることで密度を高め、相殺ではなく反射させる……。水に水がぶつかれば混ざりあってしまうけれど、氷に水ならば弾くことができる。そういうことですね!」


 少年、気に食わないが優秀らしい。目立たないようにやったつもりの俺の行動を、見落とさないとは……。


「皆!障壁を小さく展開し、魔力弾を弾き返すんだ!技術的に難しい者は、これまで通り壁を!」


 それから事態は好転した。コツを掴んだ数人が次々と騎士を倒していき、やがて先輩達へ反撃の目途が立ち始めたところで攻撃の手が止んだ。


「……お、終わったのか」

「うおおお!よかったぁああ!」


 あちらこちらで生徒達が安堵と喜びの声を上げ、方々に隠れていた先輩らが悪びれもせず拍手しながら出てきた。


「おめでとう!まさか、騎士を近づけさせずにクリアしてしまうとは!私は、グラルティス寮自治会、副会長アキレア・レムトだ」


 出てきたのは、好青年……のように見える女性だった。王子様系とでもいうのだろうか。女性に人気がありそうなので、美人ではあるが俺の苦手なタイプだ。


「会長を務めています、アイジス・ヒューリアです。最後にクリアしたのは、確か四年前でしたか」


 こちらのアイジスは眼鏡の真面目そうな女性だ。魔力量はかなり多く、このレベルの魔術師はかなり厄介だ。こいつには絶対に目をつけられないようにするべきだろう。

 

「そうだね、シェリルの年からクリアは出ていないよ」


 シェリルというと、さっきの蒼髪の美少女か。


「いきなり手荒い歓迎ですまないね。気づいている子もいるだろうけれど、これが我が寮の伝統なんだ」

「早速手解きを受けられて、光栄です」


 現場を指揮していた少年が丁寧に返答して見せるが、正直文句のひとつでも言ってやりたいやつは山ほどいるんじゃないだろうか。この陣の中に入れた奴はまだいいが、外で転がってる悲惨な奴もいるのだ。


「さて!手加減はしたから怪我人はいないだろうけれど、ヒールを受けてくれ。それから、今度こそ本当の歓迎パーティだ!楽しませてもらった分、沢山楽しんでくれたまえ!」


 そう王子様少女が叫ぶと同時に、庭園は一気に暗転し、空には星空が現れる。そして、盛大な花火が弾けた。


「わぁ、すごい!」


 無邪気なウィンを見てほっとした自分を自覚した。無意識に気が張っていたようだ。

 それもそうか。もしあの攻撃が敵意のあるもので、俺に向けられていたら……。危惧はしていたが、実際にこの頼りない肉体で疑似体験をするとまざまざと思い知らされる。

 この学園を卒業すれば、呪いは解けるという。だが、仮にそれが本当だとしても奴と俺の実力には大きな差がある。この学園で泳がされている内に、力をつけなくては。

 血を浴びても魔力は得られず、まともに魔術を放つことも難しいこの体でどうすればいいのか、まだ検討もついてはいないけれども……。

昨日は眠すぎて投稿できませんでした…。ということで、今日は二話連続でいきます。

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