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第01話:アルクスクルム魔術学園

 あらゆる国からの政治的干渉を一切受け付けない、絶対不可侵の中立地域にして、古くから魔術師育成の中心地とされてきた学問の中心地、アルクスクルム中央学園都市。アルクスクルムというこの世界の名を冠する都市だけあり、大抵の国ではこの場所を中心に世界地図が描かれる。

 そして、そこにあるアルクスクルム魔術学園こそが、俺がぶち込まれることになった牢獄の名前だ。

 あれから俺は、新しい体に慣れる為、一週間ほどの期間をあの病室で過ごして今日この地へと飛ばされてきた。

 つるつるとした大理石の床。高い天井と巨大な窓。壁や天井一面が真っ白で酷く眩しい。どこか教会を思わせるこの建物は、ひとつの都市にひとつあるかという貴重な大規模転送魔方陣がある『転移エントランス』。いわゆる空港みたいなものだ。

 膨大な魔力を消費する大規模転送魔方陣は、ただ金を出せば利用できるというものでもなく、貴族だろうが大商人だろうが乗り合いが基本。そんな貴重な一回の転送で贅沢にもたった一人、荷物すら持たずに降り立った俺は、周囲から好奇の視線を向けられた。

 ……くっ、こっち見やがって。ぶん殴ってやりてぇ。

 思わず、太ももの布を抑える。

 渡された制服は、膝上十センチくらいの短さのプリーツスカート。初心者にはかなり心許ない。

 足を動かす度にひらひらと裾が太ももに触れて、いかに自分が無防備なのか嫌でも意識させられる。外に出たら、少しの風で捲れてしまいそうだし、座り方も工夫しなければすぐに覗き込まれてしまうだろう。

 この下にあるのは、ただの布切れ一枚……。ああ、意識するな。意識するほど顔が熱くなる。どうして俺がこんなに恥ずかしがらなきゃいけねぇんだよ。

 俺だって、中身は男だ。初めこそ下着が見えるくらい気にするものかと思った。

 でも、一週間に及ぶあの変態野郎の度重なるセクハラの結果、俺は美少女に男が向ける視線の意味を、よくよく理解させられてしまった。

 綺麗だの可愛いだの思われるのでさえ勘弁してもらいたい。だが、年頃の男子がそれでとどまる訳もないのだ。恋愛感情を持たれたり、性的な目で見られたり……。その結果あんなことやこんなことの妄想に使われたり……。

 自分が男だからこそ、どんなことを考えるかが嫌というほど分かってしまう。それに男だからこそ、男に思われるところを想像しただけで身の毛がよだつ。


「おい、あれ見てみろよ」

「うわっ、めちゃくちゃかわいい!お前声掛けて来い」


 自意識過剰だと思う。だが、耳に飛び込んできたそんな会話の方を向けば、にやけた少年達と目が合った。

 ……くそっ!

 怒りのままにこの建物ごと焼き尽くしてやりたいところだが、今の俺では反撃を受けて負けるのが目に見えている。

 俺は、悔しさに拳を握りしめながら、スカートが捲れないよう気を付けながら、足早にエントランスを飛び出した。

 目の前に広がったのは、巨大な街を見下ろす絶景だった。中世ヨーロッパ風の街並みが眼下に広がり、段々と下へ下へ続く。そして、最も遠くに見える外周部分には、巨大な外壁が築かれている。

 外壁には魔術的な結界も張られており、外からの干渉を防ぐ。それは、俺が行動できる範囲の制限でもあった。この街から出ることはできない、これもまた卒業まで続く呪いのひとつだ。

 以前から、この街の噂は聞いていた。暮らしている大半が学生や学園の関係者ばかりで、ほとんど全ての人間が魔術を使うことのできる魔術師の街だという。

 魔力自体は生き物なら全てが持っているが、魔術を扱える程の魔力を持つ人間は、全人類の精々半分と言ったところだろう。さらに、対魔獣や対人戦闘を行えるだけの強力な魔術を使える人間となれば、ほんの一握りしかいない。そんな貴重な魔術師や魔術師の卵達が溢れ返っている稀有な街という訳だ。

 元のヴァンパイアの肉体のままなら、さぞ素敵なごちそうの山だと思ったことだろう。

 しかし、残念ながらこの身に掛けられた呪いによって、今の俺は血を浴びたところで魔力を得ることができない。それどころか、人を見ても食欲が湧かなくなった。去勢されたオス猫は、きっとこんな気分なのじゃなかろうか……。

 か弱い少女の体、自由に使えない魔力、街から出ることは叶わず、外部から魔力を補給できない。ここまでが俺が伝えられた呪いのすべてだ。呪い、呪い、呪い……と、制限だらけで嫌になる。だが、まだ伝えていない呪いが残っているというのだから、最悪だ。

 それらを解く為にも、この学園を卒業しなくてはならない。

 

「新入生の皆さんはこちらでーす!」


 そんな声が聞こえてきて、俺は子供達の集団を見つける。魔術師というにはまだまだ未熟な魔力の少年少女達の中に、点々と原石の存在を感じた。

 俺も置いて行かれないようその集団に近づく。すると、今しがた出てきたばかりの転移エントランスの建物の後ろに隠れていたものが見えた。

 ……おいおい、もしかしてこれが学校だっていうのかよ。

 俺の目に飛び込んできたのは、この大きな街に相応しい巨大な城だった。



 魔導サスペンションの技術は、未だにこの程度なのか……。

 がつがつと上下に揺れる馬車は乗り心地が悪い。尻が痛い。酔いそうだ。座面が俺には少し高いのか、踵がきちんと床に着かない。

 向かい合うように並んだ相乗り馬車には、俺を含めて六人の子供が乗っているが、俺のようにかかとが浮いている奴はいない。なんとなく悔しい。

 運悪く端の席を取れなかったのも最悪だ。右隣になった男子の緊張が伝わってきて居心地が悪い。意識すんな。向かい合う男子達もこっちばかり見やがって、くそ。

 心の中で悪態をついていると、向かいの少年の一人がちらっと俺の左隣にも視線を送る。そちら側からは、右と違って少し柔らかくいい匂いがした。そう、幸いにも左側には女子が座っていた。両側とも意識してくる男子に挟まれるとか、想像するだけで地獄だ。

 しかし、女子かぁ、気になる……。覗き見るようにして隣を見ると目が合った。

 身長は少年達よりも少し高そうだ。十二、三歳くらいと思えば男子はまだ成長期前、彼女が特別高い訳ではない。細身だが、運動をしているのかスカートの布地から覗かせる太ももはよい形をしている。髪は綺麗なエメラルドグリーン。この世界では、生まれた地域の魔力の性質で髪色が変わるため、こうした色も珍しくない。短めに切り揃えられており、ボーイッシュな雰囲気は見ていて爽やかだ。顔もなかなか可愛いときた。


「初めまして、私ウィン!あなたは?」


 この世界に来てからというもの、人間は俺にとって獲物だった。しかも、精神年齢は前世も含めたらこいつらよりも遥かに上。友達になどなれる訳もない。

 しかし、変に避けて目立つ行為もまたよくないと思われる。

 魔獣は人類の敵。魔術師は魔獣を倒す為の精鋭。そんな魔術師の卵を育てる場所で正体がバレてみろ。出ることができない街の中で、死ぬまで追いかけ回されることになる。疑いの目を向けられない為には、ほどほどの付き合いをして、普通の中学生達に埋もれることも必要、か……。

 

「ユーリだ。ユーリ・クロウ」


 この名前は、誠に遺憾ながら奴が俺に付けたものだ。あんなセクハラ変態野郎からもらった名など口にしたくもないが、それで学園に登録されてしまったのだから、名乗らざるを得ない。


「そっか、ユーリちゃんか。よろしくね」

「ちゃん付けするな」

「早速呼び捨てだなんて、もうお友達だね。ユーリ!」

「ちげぇよ」


 ご機嫌なのか、小さく鼻歌を始めるウィン。中学生なんてこんなもんなのだろうか。やっていけるか早速不安になった。

 そう思っていると、俺の向かいに座っていた少年が絞り出すように声を出した。


「あの……!俺も友達にしてくれ」

「だってさ」


 俺は、わざとらしくウィンに話を押し付ける。俺なりの気遣いだったのだが、少年は食い下がった。


「いや、君と友達になりたいんだ、ユーリ!」

「遠慮しておく」

「ええ?どうしてだよ!」


 少年、顔はよい。魔力は少年少女の群れの中では平均程度だが、ひょろいのが多い魔術師の中ではよく鍛えている方だろう。女性からはモテそうだ。つまり、俺の嫌いなタイプ。

 放置してやり過ごそうと思ったが、すかさず二番槍が現れる。

 

「な、なら僕と友達になってくれませんか!」


 隣の少年だ。こっちは、魔術師らしいひょろい少年だが、顔は可愛らしい部類で将来はイケメン確定だろう。

 気付けば、他の少年達もこちらを見ていた。あわよくば……という気持ちが透けて見える。ぞわぞわと背筋に悪寒が走った。

 ……やめろやめろ。そういう目で見るな!いや、確かにこの可愛さを目の当たりにして仲良くなりたいと思うのは、仕方がないことかもしれない。だが、俺は男だ!


「ちょっと、止めなって!そりゃユーリは可愛いけど、急にその勢いで迫られたら困っちゃうでしょ」


 そういいながら、俺の体を抱き寄せてくるウィン。

 あっ、いい匂いする……。


「ご、ごめんなさい」


 そこからの道中は、はっきりとしたアプローチを掛けられることはなくなった。ちらちらとこっちを見てくる視線は止まなかったが、そのくらいなら仕方がないだろう。俺の今の体は、俺からしても愛でたくなるような容姿をしているのだから、年頃の男子にとっては刺激的に違いない。

 しかし、代わりにウィンのスキンシップが続いた。ニ、三回振り払っても頭を撫で続けるものだから、救ってもらった礼もかねてされるがままにしておいた。

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