001 再会~講師~
『では、あとは説明を受けてると思いますが受付へ。
入会される場合は、所定の手続きが必要になります
未成年の場合、保護者の署名等も必要になりますので
ご家庭でよく話し合われてくださいね
お疲れ様でした』
型通りのレッスンを終え、
一寸の隙もない営業用の笑顔を貼り付けたまま
ドアを開け部屋から送り出す。
『ねぇ?どうだった?』
部屋の外で待っていた実紀が、
待ちわびたように駆け寄ってくる。
その姿を見やり、手をかけていたドアノブを引く。
一瞬、詠美が振り返り控えめな会釈をしたのが目の端に映ったが
そのまま気付かなかったかのように
廊下を背にして後ろ手でそっとドアを閉めた。
カチャンとドアノブから軽い音が響く。
教室が密閉されたのを耳にした瞬間、
全ての力が抜けたかのように身体がグラリと傾げ視界が歪む。
そのまま扉にもたれかかり無意識に天を仰ぐ。
どれだけ緊張して力が入っていたのだろうか、手が小刻みに震え、膝が笑う。
身体を支えきれずにずるずるとその場に座り込み頭を抱える。
『はっ・・・』
吸う息が、喉の奥に引っかかり全く肺に入ってこない。
懸命に意識しないと呼吸すら、まともに出来ない。
ただ、ただ、苦しく、口中に苦味が広がる。
『なんで今更・・・』
掠れた声が響く。
あれほど、血反吐を吐く思いで断ちきったはずなのに。
もう、未来永劫関わり合いのない”過去”にしたはずなのに。
あれほど恋い焦がれ、心の底から望んだ時には、
手の平から砂が零れるかのように
為す術もなく喪失ってしまったのに。
運命のなんのいたずらなのだろう。
なぜ、いまになってその姿を現すのか。
なんの予兆も感知できなかった。
あれだけ注意深く用心をし
微かな気配でさえ見逃さず回避してきた。
どんなに低い可能性であっても念には念を入れ
遭遇する機会を消し去ってきた。
これまで通り、上手く立ち回れていたはずだ。
転生の度に必ず再会を果たすため
長い年月をかけ培ってきた『存在を感知する力』を、
皮肉にも真逆の目的で使うようになるとは
この力を切望したときには微塵も思っていなかったが。
街中ですれ違うことすらないようにそれこそ国単位で居住空間を選び
徹底的に避けてきた。
抜かりはなかったはずだ。
ここには、いや、現時点でこの国どころか
地球上にすら存在するはずはなかったのだ。
なんらかの力が作用して、
自分の感知力が機能しなくなったのでなければ。
『不甲斐ないな・・・』
一切の気配を感じることができず、
再会した瞬間、
その一瞬で、時間をかけて切り捨てた
全ての感覚が引き戻される。
完全に消し去ったはずの感情が
身体の奥底から浮き上がるような熱情に
いともたやすく感情を揺さぶられ、足元が掬われる。
まともに対応できず
己の感情に引きずり回され心の内はこの様だ。
体験レッスンという短い時間帯だったとはいえ
醜態を晒さずにいつもの手順通りに終了させられたことが
奇跡のように感じる。
『またお会いできるのを楽しみにしています』
いつもなら、何も考えずに口から出てくる半ば決まりきった
クロージングの文言が、喉の奥で詰まったかのように、
出てこなかった。
言えるわけがない。
逢いたくて逢いたくてたまらず、
幾度となく探し求めた唯一の存在。
一度は心の中から葬り去ったはずの
最愛の人。
これ以上、喪失うことに耐えられず、
自ら永遠の別離を選んだ存在。