9:section of ジュナ 【ミモザ】
「マイアさん、どう思います?」
カレッジのゼミ生に割り振られた研究室で、私は同じゼミのマイアに詰め寄った。
「……久しぶりにゼミに来たと思ったら……まさかの恋愛相談!?」
マイアは、自分で淹れたコーヒーの入ったカップを「ダンッ!」と机に置いた。
研究室での私とマイアの席は隣同士なので、その椅子に座って話をしていた。
私はマイアの驚いた様子をきにすることなく、相談を続けた。
「恋愛にも至ってないって話なのよ。カグヤに言われて気付いたんだけど、私、人を本気で好きになったことが……無い!」
「……ジュナはずっとそんな感じだったじゃない。相手がいくら熱心に愛を伝えても、のらりくらりとかわしてたし……分かってやってるのかと思ってた」
マイアが呆れてため息をついた。
「えぇー、私のお金目当てな人が多かったから、言葉なんて信用出来なかったし……」
「何なら信用出来るのよ?」
「純粋な……愛!」
「その愛を提供出来ないジュナは、相手からも同じように貰えないと思うけど……」
「まじかー」
私は青ざめて半泣きになった。
その時、研究室内から声が上がった。
「ジュナさんは複数の人と関係持ってる時点で、純粋な愛なんて物は無理だと思いますよ」
そう言って、同じゼミのミモザがキッと睨んできた。
彼女は不健全な私のあり方を嫌っていた。
「じゃぁどうすればいいの?」
半泣きの私は、なりふり構わずミモザに聞いた。
「……普通に恋愛したらいいんじゃないですか?」
ミモザが眉をひそめたまま言った。
「普通?」
「まずは相手を1人に決めるとか。そのカグヤって人、ジュナさんのことをよく考えてくれてるんじゃないですか? 初めて貴方の本質を言ってくれた人ですよね?」
「そうだけど……1人かぁ……足りるかなぁ?」
「……何がですか?」
「愛!」
私は真剣にそう言った。
ミモザは呆れた顔をしてマイアを見た。
「どうなってるの? 自分は相手に愛情を抱けないのに、他人からは愛情を沢山求めてるなんて……やっぱり頭のネジが飛んでるの?」
私を毛嫌いしているミモザが、鋭い視線のままマイアにそう言った。
「……ジュナはいつも愛に飢えてるのよ……小さい時から1人だったから……」
マイアが小さな声でミモザに伝えていた。
ミモザも、ジュナの事情を思い出して、少しだけ気の毒そうな表情になった。
『ツキシロ財閥の忘形見』
私の家族が亡くなってしまった時に、メディアはこぞって取り上げた。
だから私のことを知ってる人は多い。
当時は、事故を起こしてしまった車会社のオートモードに問題があったんじゃないかと槍玉に挙げられたり、私の家族が恨みを買っており暗殺された論など、悪意あるニュースが飛び交っていた。
もちろん私も取り上げられ、悲劇のお嬢様として祭り上げられた。
その後、ツキシロ財閥の大元である祖父に引き取られ、私を守るために莫大な遺産を相続させている。
しかも、それらの一部を自動で運用するプログラムにのせているようで、今後永久的に、私には一生豪遊して暮らせるお金が入ってくる状況だ。
いつまでもショックを受けている私の肩に、ぽんっとマイアが手を置いた。
「ちょうどいいじゃない。カグヤと一緒に暮らしてるんでしょ? ……って、結局あの超絶イケメンと付き合うのか……いいなぁ」
マイアがジトっと私を見てきた。
「……この前、好きって言われたけど、勘違いじゃない? って断ったんだけど……」
私は恐る恐るマイアを見上げた。
「は? あんなイケメンの告白を断るなんて、やっぱりあんたどーにかしてるんじゃない!?」
「……だって、愛してもらうなら、本気で愛してもらいたいじゃん」
「ジュナの本気って何なの?」
「……それが分からないんだよね」
私は肩を落とした。
そんな私たちの様子を、ミモザが呆れて見ながら言った。
「……ジュナさんが本気で人を愛せてないんでしょ。まずは自分を大事にしてくれる人と向き合うべきでは?」
そう言い捨てると、彼女は自分のゼミ机の空中ディスプレイへ向き直った。
「結局、ジュナさんはチヤホヤされる分、恵まれてるのを分かってないんですよ」
ミモザが独り言のように続けて言った。
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超高層マンションの最上階の家に帰ってきた私は、PCルームへ向かった。
最近カグヤは、よくPCルームで何かをしていた。
何か情報を集めているのかもしれない。
私はカレッジで、マイアやミモザに言われたことを思い出していた。
けれど、どうしていいのか分からない。
それはカグヤに対して、どうすればいいのか分からないという気持ちにもつながっていた。
だから今日は何故か、PCルームに入るのに勇気がいった。
「ただいま……」
扉を押してそっと中に入ると、やっぱりカグヤがいた。
「おかえり」
空中ディスプレイを眺めていたカグヤが、私の方を向き、少しだけ微笑んだ。
「……どうしたの? いつも背中に抱きついてくるのに」
カグヤが不思議そうに私を見ていた。
……なんで抱きついていたんだろ?
…………
家に誰かがいるのが、嬉しかったんだった。
私はそろそろとカグヤに近付き、隣にピッタリくっついて座った。
「?? 珍しく何か悩んでるの?」
カグヤがいつもと様子の違う私を心配して、顔を覗き込んできた。
「うん……カグヤに言われるまで、自分のことよく分かって無かったなぁって……」
私も、カグヤの神秘的なスカイグレイの瞳を見つめながら言った。
「ジュナのことなら、いろいろ分析できてるよ。ブームスランでドライブするのが好きなのは、スリルを求めているから」
唐突にカグヤが告げてきた。
「警告音が鳴り響くような状況が、1番生き生きするんでしょ。だから自分のことも大事にしていない。それで、誰にでも体を重ねることを、許すんじゃない?」
「…………」
私は自分のことなのに、何も言い返せなかった。
「もっと自分のこと大切にしたら? 自分で出来ないなら、僕が大切にする」
カグヤが真っ直ぐな視線を私に向けていた。
「だから……他の人の所に行かずに、こうやって帰ってきて」
彼はそう言って、私をきつく抱きしめた。
「すごい、感情がどんどん開花してるね」
私は思わずカグヤの腕の中でそう言ってしまった。
「……でも、ジュナ的には刷り込みなんでしょ?」
「うーん……分からなくなってきちゃった」
カグヤのことも、自分のことも……
私は心の中でそう思った。
「……じゃぁ感じて。ジュナの得意な方法で」
カグヤがそう言って私の唇を奪った。
長いキスの合間に思わず甘い吐息がもれる。
ーーカグヤは〝大切にする〟と言ってくれたように、優しく愛おしさを込めて私を抱いてくれた。
それは確かに甘美なひとときであり、愛されるってこうゆうことかもしれない……という思いが少しだけ頭をよぎった。