8:section of カグヤ 【気持ちを告げて】
Rin-comを手に入れてから、僕は1人でも外に出るようになった。
1度買い物の仕方をジュナに教えてもらってからは、いろいろ出来るようになった。
ジュナも、いつも僕と一緒にいる訳ではないので、お互い好きなように過ごすことも増えた。
すると僕が来た時よりも、彼女は他の人の所に遊びに行くようになった。
そんな時は僕が1人になるので、決まって寂しくなった。
ーーだからかもしれない。
「あ、あの〜、良かったらご飯食べに行きませんか!?」
夜の街を歩いていると、こんな風に女性から声をかけられることが多い。
いつもは断っていたけれど、この日は寂しさを紛らわすためか、何となく了承してしまった。
僕を誘ってきたメイサという女性は、僕をオシャレなイタリアンのお店に案内してくれた。
そこでワインを飲みながら夕食をいただく。
「すっごい綺麗な顔してるね。モデルか何か?」
メイサが頬を赤くしながらポーっと僕を見つめて言った。
肩にかかるぐらいの焦茶色のサラサラした髪に、少し垂れた瞳。
髪を耳にかける仕草をすると、青い宝石がついたピアスが見えた。
綺麗な分類の人なんだと思う。
「違うよ」
「じゃぁ何してるの?」
メイサが好奇心旺盛な瞳で僕をのぞきこんできた。
「……お金持ちの女の人と一緒に暮らしてる」
「!! ヒモ? でもこれだけカッコいい人だから納得しちゃうかも……」
……ヒモ
前に学習した言葉の一つにあった。
だいたい合ってるかな。
「その女の人の所にいなくていいの?」
メイサがワインのグラスに口をつけて一口飲んだ。
「今日は家に戻ってこないと思う」
僕もワインを飲みながら返事をした。
「じゃぁ私と過ごす?」
メイサが頬杖をつきながら、上目遣いで僕を見てきた。
口元にはニヤリと笑みを浮かべてーー
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結局、流されるままにメイサと肌を重ねた。
他の人と一夜を共にする、ジュナの気持ちを味わってみたかったのかもしれない。
適当に入ったホテルのベッドで、僕がメイサを腕まくらする形で横になり、ゆっくりと喋っていた。
「はぁ。本当にカグヤは綺麗だね。……欲を言えば付き合って欲しいんだけど……」
メイサが僕の横顔を眺めながら、ため息をついていた。
「普通はそうだよね」
僕は天井を見つめた。
「……カグヤは、その女の人のことが好きなんだよね? だから一緒に暮らしてるんでしょ?」
「…………」
僕はメイサにそう聞かれて、初めてジュナをどう思っているのか考えた。
一緒にいると落ち着くし、抱き合いたいのはジュナかもしれない……
「うん」
ジュナを好きな気持ちを少し自覚した僕は、薄っすら赤くなりながらメイサの方を向いて返事をした。
「!! カグヤにそんな色っぽい顔させるなんて……その女の人いいなぁ……」
メイサが切なげな表情をして羨ましがった。
「……けど、それでもいいから私との関係も続けて欲しいな」
「メイサはそれでいいの?」
「……本当は付き合って、私とだけ関係を持って欲しいけど、カグヤの気持ちが無いんだったらしょうがないよね」
メイサが悲しそうに笑った。
〝私とだけ関係を持って欲しい〟か……
僕もジュナに対して、少しそう思っているのかもしれない。
だから1人の夜は寂しいのかな。
僕は少しだけ笑いながらメイサを見つめた。
「ありがとう。けど、メイサとの関係は続けられない。そんな酷いことは出来ないよ」
そう言うと、メイサは一瞬目を見開いて、それからその瞳を潤ませた。
「……そっかぁ」
メイサが目線を落とす。
少しだけ目もとに涙が滲んでいた。
……もしジュナに本命がいて、たまにする相手が僕だったとしたら辛すぎる。
今がもうすでに、そうかもしれないけど。
僕はメイサの頭を撫でて慰めながら、泣いている彼女と僕を重ねてしまった。
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ある日の夜、この日のジュナは僕といた。
ブームスランに乗って、首都から少し離れた山道を登っていた。
「フフフッ。この私が、綺麗な夜景をカグヤに見せてあげよう!」
ブームスランをかっ飛ばしているので、少しテンションが高いジュナがそう言った。
山道のカーブを、けたたましいエンジン音と共にブームスランを滑らせていく。
「誰かと来たことあるの?」
僕はわざとジュナにそう聞いてみた。
「何度かね」
ジュナは相変わらず楽しそうに、そう答えた。
…………
何度かってことは、他の人と何回も?
それとも、何人かを連れてきたってこと?
ーー僕は何人目だろう。
ジュナのことが好きなんだと自覚してからは、僕はよく嫉妬の感情を抱くようになった。
嫉妬の感情って、何だか息苦しい。
僕はそう思いながら、どんどん視界が高くなっていく景色を眺めていた。
頂上につくと、そこには展望台もあり、僕たちの貸切だった。
「見て見て! 綺麗な景色でしょ。都心は白と薄い青色でぼんやり輝いているんだけど、だんだんと離れていくと、色とりどりの光が溢れているんだよね」
ジュナが展望台の柵にしがみつくように立ち、都心を指差しながら僕に教えてくれた。
「この夜景が、私、とても好きなんだ!」
僕もジュナの隣に立って、彼女の指差した先を眺める。
「あそこかなぁ? 私たちの住んでる超高層マンションは?」
ジュナが首をかしげながら僕を見上げた。
僕は思わず、彼女の唇にキスを落とした。
「…………珍しいね。カグヤが外でこうゆうことしてくるの」
ジュナが目を見開いた。
「そうだね」
僕はそう返事しながら、ジュナをそっと抱きしめた。
ジュナも僕の背中に腕を回して抱きしめ返してくれた。
「もしかして、したくなっちゃったの?」
腕の中のジュナが無邪気に聞いてくる。
「そうじゃなくって……」
「?」
僕は抱き合っていた体を少しだけ離し、ジュナの顔を覗き込んだ。
「ジュナが……好き……なんだと思う」
僕は少し照れながらジュナに伝えた。
「…………」
ジュナが2、3度まばたきをした。
それからゆっくりと口を開いた。
「それは、カグヤが過去に来て、初めてやった女性が私だからじゃない? インプリンティング……ヒヨコが生まれて初めて見る動く物を親だと思い込むように、私が初めての人だから好きだと刷り込まれたんじゃないかな?」
ジュナが眉を下げて困った顔をした。
「…………」
そんなことを言われると思っていなかった僕は、何も言い返せなかった。
「あせらずに、もうちょっとよく考えてみなよ」
彼女は困った顔のまま笑った。
なんてことだ。
ジュナが僕の気持ちを刷り込みだと言うけど、違うという証明が難しい。
この時代の複数の女性と深く付き合って比較してみて、やっぱりジュナが好きだという結論でしか証明できない。
「ジュナは……僕のことどう思ってるの?」
自分の気持ちについては反論できなくなった僕は、変わりにジュナの気持ちを聞いてみた。
「んー……カグヤが感情をちょっとづつ取り戻しているのとかを、見るのは好きなんだよね。……なんだろう。母性?」
彼女は僕にそう聞きながら笑った。
「じゃぁ、今、ジュナは好きな人いる?」
「……いないかなぁ」
ジュナがほっぺをポリポリかきながら答えた。
「アトラは?」
「……お兄ちゃんみたいな感じ?」
「僕のRin-comを作ったやつは?」
「……喋ってて楽しいけど、淡白だしなぁ」
「金曜日によく呼び出すやつは?」
「……美味しいご飯を食べさせてくれる……」
そうやって、ジュナの男関係について一つずつ聞いていった。
けれどジュナが言うように、恋愛感情で関係をもってる人は、いなさそうだった。
ーージュナは誰も好きじゃなかったのだ。
「…………」
僕はムスッとした表情をジュナに向けた。
「……それは怒ってるの?」
ジュナが恐る恐る聞いてきた。
「そうだよ」
「なんで?」
「……ジュナは何で好きでもないやつとねるの?」
僕はムスッとしたまま、ジュナに言った。
「その瞬間は相手を確かに好きなんだけどなぁ」
ジュナは眉を下げて困った表情をし、首をかしげた。
僕はずっと気になってたことを聞こうと勇気を出した。
「じゃぁ、誰かを本気で好きになったことはあるの?」
「…………」
ジュナが俯いて真剣に考えだした。
目を伏せて、目線を横に向け、ちょっとだけブツブツ言っている。
そして顔を上げて驚愕の表情で僕を見た。
「……ない……」
ジュナは恐らく家族を亡くしてから、情愛の感情がごっそり抜け落ちているのだった。