7:section of カグヤ 【海岸ドライブ】
カレッジからの帰り道、ジュナからの提案でブームスランに乗ってドライブをしていた。
海岸沿いの道をジュナが走りたくなったらしい。
「今日はありがとう! ハルっていう友達と縁を切りたかったから、カグヤのこと恋人だって言ったんだ。カッコ良すぎるカグヤを見て、ようやく諦めてくれたみたい」
ジュナがブームスランをいつもよりゆっくり走らせながら、前を向いて喋った。
「縁を切るって、セフレじゃなくなったの?」
「そんな言葉覚えたんだ! 情報を読み取ってるんだっけ。……そうそう、ハルんとこは今ちょっと落ち目だしね……お金の無心してきたし」
「? ……ジュナはセックス依存症なの?」
「……うーん、違うと思う。乱行とかしたい訳じゃないしなぁ。一応、相手を選んでるよ」
ジュナはそう言いながらハンドルを切る。
周りの風景からビルの密度が、少なくなってきた。
「どうやって選んでるの?」
「…………お金持ちの人? あのカレッジはお金持ちの子しか来ないからね〜。私、これでも一応、財閥の娘だからね。もし子供が出来た時に、そこそこ社会的地位がある人の方がいいかなって。フフフッ」
ジュナが楽しそうに笑いながら説明してくれた。
「……僕は?」
「?」
「僕として大丈夫?」
「ほんとだ、なんでだろ? 楽しくて忘れてた」
ジュナが目をまん丸にさせて驚いてから「アハハ!」と高らかに笑った。
「みんな私を財閥の娘としか見てないから、カグヤは新鮮だったのかな。かわいそうでしょ? 私って。巨額の富としてしか見られてないの。慰めてくれる?」
運転しているジュナがチラッとだけ僕の方を見て小首をかしげた。
彼女のその明るさから、全く可哀想な感じがしないけれど、何か仄暗いものを感じた。
空中道路を走り抜けて、普通の道路に出ると、海が遠くに見えてきた。
ジュナがブームスランを道から少し外れた所に、適当に止める。
「運転してみる? 楽しいよ」
彼女はニッと笑った。
ブームスランをフルオープンにして、海風が気持ちいい海岸線沿いの道を僕は運転した。
初めにジュナが運転の仕方を説明してくれて、僕はその通りにブームスランを動かす。
「アハハ! 私の初めての時より上手じゃん」
ジュナが助手席ではしゃいでいる。
「前に空中ディスプレイから情報を読み取ったから」
僕はカーブの多い道を、忙しくギアチェンジしながらブームスランを走らせた。
読み取った情報とジュナの操作方法を見ていたので、このぐらいは出来た。
「いいね。助手席、久しぶりだぁ」
隣から楽しそうなジュナの声が聞こえた。
柔らかいピンクベージュの髪を靡かせて、外を眺めているようだ。
その時、前にも見たことがある黒い改造車が、右隣に並んで走った。
チラリとその車の方を見ると、少し年上の男性が運転しているのが見えた。
「アトラだ!」
助手席からジュナが僕の方に身を乗り出して、大きく手を振った。
すると、アトラの車が僕たちを追い抜き、前に割り込んできた。
そして、エンジン音をふかして、スピードを出して走り去って行った。
「いつ見てもカッコいい……!!」
隣のジュナが頬を赤く染め、瞳を潤ませてアトラの方を見つめていた。
「…………」
僕はそれを見て、何故かモヤモヤした。
「窓、閉めるよ」
僕はハンドルの横にある空中ディスプレイをタッチして窓を閉めながら、クラッチを踏んでギアチェンジをし、アクセルを踏んでスピードを出した。
グイッと体がシートに沈む。
「!! はやッ!! いきなりこんなスピードで運転できるの!?」
ジュナが驚いて叫ぶように言った。
「……カーブを曲がる時に操作するタイミング、タイヤの可動域を考えたコース取り、いろいろ計算したら大丈夫」
僕は前をじっと見つめたまま答えた。
スピードを出してカーブを連続で曲がるので、右に左にと横に重力がかかる。
黒いアトラの改造車に追いついたので、横に並んで並走する。
白と黒のスポーツカーが線を描きながら、海岸沿いのクネクネした道を走り抜けていく。
そしてブームスランが、アウトコースからカーブで黒い車を追い抜いた。
そのままのスピードで僕は走り去った。
「わぁ! すごい!!」
助手席のジュナが後ろを振り返って、小さくなっていくアトラの車を眺めながら感嘆の声をもらした。
「楽しいね! しばらくそれで走ってよ!!」
ジュナが僕の方を見ながらニコニコ笑った。
その時、彼女のRin-comが2回青く点滅した。
「アトラからだ。今度カグヤを紹介してだって。ちゃんとしたタイヤはいて、アトラの得意な峠の道で勝負しようってさ。ドリフトのし過ぎで、またタイヤがすり減っていたのかなぁ? アハハ! 男の人からもモテモテだね」
ジュナがケラケラ笑った。
「…………なんか欲しかった反応と違う」
僕は思わず呟いた。
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ジュナの住んでいる、超高層マンションの最上階の部屋に帰ってきた僕らは、就寝前にベットの上で寝そべりながら喋っていた。
「カグヤの運転するドライブ楽しかったね」
「……運転しすぎて、手足が疲れた」
「あー、初めての時は私もそうだったなー」
ジュナがそう言いながら、僕に抱きついてくる。
「カグヤがあんなに運転出来るとは思わなかったよ。……でも、ブームスランがカグヤに懐いたみたいで複雑……」
彼女は僕の胸に顔をうずめて、グリグリした。
八つ当たりだろうか?
「機械なんだから懐くとかないよね」
「うっわー。夢の無いこと言うね」
ジュナが顔を上げて、ジトっとした目で僕を見た。
「……カグヤとして、子供が出来たら困るから辞めよっか」
ジュナが意地悪く笑いながら言った。
「……慰めてほしいんだよね」
僕も少し口元を緩めて笑い返した。
「その返事は合格だね」
ジュナがそう言って、ご褒美のように口付けてきた。
ーージュナは自由奔放で、僕のことを程のいい同居人としか思ってないようだった。
そんな彼女だけど、ジュナがいる日は抱き合って眠りたいという気持ちが、僕の中で生まれていた。