6:section of カグヤ 【マイア】
ジュナと過ごすようになってから、2週間ぐらい経った。
ジュナはたまに夜出かけることがあり、僕は1人で夜を過ごすこともあった。
昨日がそんな日で、朝ベッドの上で目覚めると、当たり前だけど隣にジュナは居ない。
…………
この気持ちは寂しさ?
誰かと一緒に暮らすなんて初めてだから、そう思うのかもしれない。
僕は物心ついた時から、施設で1人で育った。
お世話をしてくれるのは、そうプログラミングされた人工知能を搭載したロボットたち。
小さな頃から研究者になるように〝英才教育〟を受けていた。
寂しく思ったこともあったけど、そんな毎日に心がどんどん死んでいく。
そんな過去を今になって振り返ると、初めて感じる嫌悪感。
なんてあんな冷たい環境で過ごせたんだろう。
……僕は案外2103年の暮らしが、気に入っているのに気付いた。
「ただいま〜」
ジュナが帰ってきた。
玄関横のオープンクローゼットで荷物を片付けると、ダダダッと小走りでソファにいる僕に向かってきた。
「やっと出来たよ!」
そう言いながら、ジュナが僕の胸に飛び込んできた。
そしてムクっと顔を上げると、嬉しそうにニコニコしながら「カグヤ用のRin-comが!」と言って、透明なリングを差し出してきた。
彼女はいそいそと僕の手を取って、右手の人差し指にそのリングをはめた。
ジュナも同じ場所に似たようなリングをはめている。
リング型の通信媒体だ。
Ring type computer でRin-comらしい。
「カグヤは国に登録されていないから、そこを欺けるように友達に調節してもらったんだ」
ジュナがそう言いながら、Rin-comを起動させた。
ジュナはその友達と寝てきたんだと思う。
前にジュナが家を空けた時に、翌日何してたのかを何気なく聞くと「誘われたから、やってきた」とあっけらかんと言われた。
「リングの側面を親指でタッチして操作するんだよ」
ジュナは熱心に説明を続けてくれていた。
「それで空中ディスプレイが出てくるから、これに触れて操作も出来るようになって……あ、Rin-comの空中ディスプレイは、所有者の目にしか光が進まないようにしてるから、他の人からは見えないよ」
ニコニコしながら夢中で喋るジュナを、僕はずっと見つめていた。
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ある日の朝、僕とジュナがダイニングテーブルで向かい合ってご飯を食べていると、ジュナが尋ねてきた。
「私の通ってるカレッジに行ってみない?」
「……何しに?」
「カッコいいカグヤを自慢しにかな〜」
ジュナがそう言って視線を逸らした。
「……いいけど」
僕は無表情で承諾した。
僕らはジュナの愛車、ブームスランに乗り込んだ。
複雑に入り組んだ首都道路をオートモードにし、窓をフルオープンにして走っている。
「今日は風が気持ちいいね」
ハンドルに手を添えているジュナが、僕の方を見ながら髪の毛をかきあげた。
「…………」
確かに気持ちいいかもしれない。
1000年後の未来では、天候を管理されたドーム内で風すら感じることは出来ない。
ジュナはよくフルオープンにして車を走らせた。
車に乗って、風を感じるのが好きなのだろう。
僕がジュナに拾われてブームスランの中で眠っていた時も、頬にあたる風の感触で目が覚めた。
確かにあの時、心地よかったのを覚えている。
「……そうだね」
僕はジュナの方を見ながら、口元を緩めた。
「!! カグヤがちょっと笑った!? やばい。破壊力がすごい!」
ジュナは目をまん丸にして、騒ぎながら前を向いた。
すると、道の先に大きなトンネルのような地下に続く道路が見えた。
「地下に潜るから、窓閉めるね!」
ジュナは車内の空中ディスプレイを操作して、窓をしめた。
それからオートモードを解除して、フットレバーや操作レバーをガチャガチャし出した。
それが落ち着くと、ブームスランのエンジン音が大きくなりながらスピードが速くなっていく。
「飛ばすよ!」
ジュナがそう言って、また操作レバーを動かし、ハンドルを切る。
『ピピピピピピ!』
切り忘れた警告音が、けたたましく響いた。
ーーーーーー
ジュナの通っているカレッジについた。
入り口には生体認証をするゲートがある。
「大丈夫だよ。カグヤのRin-comの偽データは、ここのカレッジ生ってことになってるから」
ジュナが笑いながら、僕の手を引っ張った。
カレッジ内に入ると、ジュナが僕の腕に抱きつくようにピッタリくっ付いてきた。
そうしたまま、目的地に向かって歩き出す。
しばらくすると、辺りにいる人たちに見られている状況に気付いた。
「……ジュナ、有名なの?」
「ある意味ね。けど今はみんなカグヤを見てるんだよ。めちゃくちゃカッコいい人が来たって女の子たちが騒ぎ出してる」
そう言ったジュナは僕の肩に自分の頭を乗せてきた。
「ふふーん。カッコいいカグヤを独り占め」
ジュナがうっとりと、笑っていた。
「……本当に自慢するために来たの?」
「半分ぐらいはね。あ、マイア!」
ジュナが遠くにいる女性に向かってピョンピョンはねて、手を振った。
マイアと呼ばれた明るい茶髪の女性は、ギョッとしながら僕らを見て叫んだ。
「めっちゃイケメン!! 誰!?」
「私の遠い親戚でね、外国で住んでるんだけど、今だけ遊びに来てるの。ちょっとカフェテラスで喋ろうよ」
ジュナはそう言って、僕らの近くに来たマイアに笑いかけた。
僕たち3人はカフェテラスに移動して、オープンテラス席でくつろいでいた。
この席は目立つようで、行き交うカレッジ生が僕たちを凝視していた。
「なんか落ち着かないわね」
マイアがソワソワしながら言った。
「アハハ! みんなカグヤを見てるから。マイアは見てないから」
ジュナがケラケラ笑った。
「それは分かってるわよ! ……それで、遊びに来てるって、2人は一緒に住んでるの? ジュナ一人暮らしよね」
「そうそう。一緒に住んでる」
「こんなイケメンと!? いいなー」
マイアが頬を赤くしながら僕を見つめてきた。
その時、ジュナのRin-comが青く2回点滅した。
Rin-comの側面を親指でタッチして空中ディスプレイを出す。
「あ、ハルに呼ばれた。ちょっと行ってくるね」
ジュナがそう言って、席を立ち上がって去って行った。
マイアは机に頬杖をつきながら、ジュナが去っていくのを目で追っていた。
そして見えなくなってから喋り出した。
「カグヤも大変だね。ジュナといるの苦労しない? 私は幼馴染だから理解出来てるけど……」
「? ……何のこと?」
僕は少し首をかしげた。
「!! カッコいい…… じゃなくって、あの子、1人が寂しいからって見境ないでしょ。今もジュナが呼んだハルって男は、セフレの1人だよ」
「……そうなんだ」
「まさかのカグヤも気にしない系? あんた達一族の貞操観念はどうなってるのよ」
マイアが眉を下げながらため息をついた。
「腐るほどのお金に囲まれると、そうなるのかしら……ジュナは家族を亡くしてからお祖父様に育てられたんだけど、早くに寝たきりになってしまってね。結局1人で長いこと暮らしてきたの」
マイアが伏し目がちに語った。
「それがお祖父様も亡くなって……莫大な遺産を引き継いだけど、心は満たされてないみたい。……あの家には誰も入れなかったジュナが、カグヤと住んでるっていうから、そうとう気に入ってるんだと思ったけど違うのかな?」
マイアが首をかしげた。
「家には誰も入れない?」
僕は気になった所を、もう一度マイアに聞いた。
「そうなの。あんなに1人は寂しがってるのに、自分の家には誰もあげてないらしいのよね。……家族の物でも大事にしてるのかしら?」
マイアがそう言いながら、カフェで頼んだ飲み物を一口飲んだ。
その時、僕たちの所に女性の2人組が近づいてきた。
「マイア! そのカッコいい人誰?」
「ジュナの親戚らしいよ。……恋人?」
マイアがそう言って僕を見てきた。
「……違うよ」
僕は無表情のまま返事をした。
「じゃぁじゃぁ、Rin-comのナンバー交換して下さい!」
女性たちがキャアキャアいいながら僕のRin-comと自分たちのをタッチさせて、ナンバーを交換した。
「えー! じゃぁ私も!」
流れでマイアとも交換した。
みんな頬を赤く染めて、僕を上目遣いで見てくる。
どうやら2103年の世界では、僕はモテるようだ。
…………
そういえば、ジュナは〝カッコいい〟とはよく言ってくれるけど、こんな照れるような反応は普段してくれない。
そんなことを考えていると、ジュナが帰ってきた。
「アハハ! さっそく餌食になってる」
彼女はケラケラ笑いながら、座っている僕の腕に自分の腕を絡めて引っ張った。
僕はジュナにされるがまま、立ち上がった。
「話がついたし、帰ろっか」
ジュナはそう言って、来た時のように僕の腕にピッタリくっ付いて歩き始めた。
「マイア、またね〜」
後ろを振り返ったジュナが、マイアに別れの挨拶をした。
「ゼミは?」
マイアが呆れながら聞いた。
「今日はパス〜」
ジュナがもう前を向いて、笑いながら言った。