5:section of ジュナ 【探し物】
次の日、私はカグヤの腕の中で目が覚めた。
どうやらベッドでは眠ったようだった。
しばらくボーッとする頭で、カグヤの綺麗な顔を眺めていた。
長いまつ毛。
目を閉じてると、あどけない顔。
いったい何歳なんだろう?
その時、私の熱視線を感じたのか、ゆっくりとカグヤが目を開けた。
「おはよう」
私はニコッと笑いながらカグヤを抱きしめた。
「……おはよう」
カグヤも少しだけ笑った気がした。
それから、昨日結局お風呂を忘れていたので、私たちは一緒に入ることにした。
湯船の中でカグヤの前に私が入り、背中をもたれさせていた。
「カグヤも、なかなかアレに慣れてきたね」
私が振り返りながらニヤニヤして言うと、頬を薄っすら赤くしているカグヤが見えた。
「おー〝恥ずかしい〟の感情が開花したねぇ。アハハ!」
私がケラケラ笑うと、カグヤは少しだけ眉間にシワをよせた。
ちょっとずつ、感情の色が濃くなっていくカグヤを見るのは楽しかった。
「今日は私フリーだから、どうしよっか? 何かしたいことある?」
もうお昼に近い午前中だった。
2人で夜遅くまで起きてたから、寝過ぎたらしい。
「……僕が乗ってきた宇宙船に、大事な荷物があるんだ。……取りに行きたい」
カグヤが無表情に戻ってそう言った。
「いいよ。〝ブームスラン〟でドライブデートしようか」
私は笑いながら、カグヤに軽くキスをした。
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「何着てもかっこいいね。ずるい」
新しい服を着込んだ助手席のカグヤを、私は恨めしい目で見た。
本当にこの月から来た王子様は麗しい。
ブームスランを走らせると、追い抜いていく車の中の女性が、こぞってカグヤを見ているのを知っている。
「……ジュナも可愛い……んじゃない?」
カグヤが少し頬を赤く染めながら言った。
「ぐはっ! それはもっとずるい! 今までそんなの言わなそうだったのにー!」
私はアクセルを踏み込みながら叫んだ。
美しい曲線のフォルムをした白いブームスランは、オートモードの車の波を掻き分けながら、首都道路をかっ飛ばして行った。
ーー複雑に入り組んだ首都道路を抜けて、郊外の普通の道路をビュンビュン飛ばして走る。
車の量が少なくなるのでスピードを出しやすい。
「そう言えば、カグヤはどうして過去に来たの?」
私は顔を前に向けたまま、チラリと一瞬だけカグヤを盗み見た。
彼はサイドの窓際に頬杖をついて、外を眺めていた。
「……罪を犯したんだ。それの罰としてここに流された」
カグヤは外を眺めたまま喋った。
「まさかの犯罪者なの? そんな風には見えないけど……」
「たくさんの命を奪ったから」
カグヤがいきなり物騒なことを言い出したので、少しビックリした。
けどよくよく話を聞くと、彼は未来では研究者で、人間の感情を消す機械を開発したらしい。
そしてその機械を利用して、感情を無くした強い兵士たちを作り、違う星に住む生物たちを蹂躙したそうだ。
「戦争が終わったら、見せしめとして吊るし上げられたんだよ。僕は開発しただけで、利用したのは軍なんだ」
カグヤが前を向いて遠くを見ながら喋った。
「……なんでそんな物を作ったの?」
「感情が邪魔に感じたからかな」
そう言ったカグヤの声は、少し悲しそうに聞こえた。
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「確か、ここらへんだと思うんだけど……」
私はブームスランをオートモードにして、ゆるゆる走らせながら窓をフルオープンにした。
そして少し身を乗り出して、キョロキョロ辺りを見渡す。
「……止めて」
カグヤがある一点を見つめてそう言った。
私たちは道の端に愛車を止めて、山の中に入っていった。
「ここに宇宙船がある……」
カグヤがそう言った場所には、何も無いように見えた。
けど、ずっと凝視していると、空間の歪みみたいなものをたまに感じた。
風景と溶け込むように、宇宙船の外側が擬態しているらしい。
カグヤの目には違って見えるのか、その歪みの外側をそっと撫でると、サラサラと何かが溶けて無くなっていくのを感じた。
それと同時に歪みも消えた。
「宇宙船を……消した?」
私は恐る恐るカグヤに聞いた。
「……分解して自然に返した。もう使えないし」
カグヤがそう言いながら少し歩き出した。
歪みがなくなった空間に、白いケースが落ちていた。
「カグヤはもう……1000年後には帰れないの?」
私はカグヤの背中に向かって投げかけた。
「……そうだよ。犯罪者だから」
背中を向けたままのカグヤの返事が聞こえた。
彼は白いケースを拾っていた。
A4サイズぐらいのそのケースは、どこにも境目が無い箱みたいに見えた。
それを大事そうに持って、私の方に振り返ったカグヤが、おもむろに口を開いた。
「同僚のミラクに、宇宙船にあらかじめ乗せといてもらったんだ。僕の研究途中のものが入っている」
彼がそう言うと、どうゆう原理かケースが小さくなってカードサイズぐらいになった。
カグヤはそれをズボンのポケットに入れた。
「……僕の本当の研究内容は人の遺伝子操作」
カグヤが私をじっと見つめた。
「僕自身も研究者になるように、知能や性格を遺伝子操作されたデザインチャイルドなんだ」
そう言い切ったカグヤは、どことなく悲しそうだった。
ここ数日一緒に暮らして分かってきたことがある。
カグヤが言っていたように感情が薄いだけで、まったく無いわけではないのだ。
よーく観察すると感情が読み取れた。
「……研究途中のものを、過去にまで持ってきてどうするの?」
私は眉を下げて困惑した表情を浮かべた。
「不可能に思えることを探究するように作られたから、研究の続きをしないと、どこか落ち着かないんだ……」
カグヤは目線を下に落とした。
「…………」
私は何も言えなくなったまま、カグヤに近付き、そっと抱きしめた。
「ジュナはあの日、なんでここに来てたの?」
カグヤが私をゆるく抱きしめ返しながら、尋ねてきた。
私は少し迷った。
自分のことを言うのが苦手だったからだ。
でも……
カグヤが自分のことをいろいろ喋ってくれたので、私も秘密を打ち明けようと思った。
「……私が6歳の時にね、ここで両親とお兄ちゃんが交通事故にあって、亡くなってしまったの」
私はカグヤの胸に顔をうずめた。
そしてそのまま喋り続ける。
「私だけは、おじいちゃんの所に預けられていたから、事故に合わなかった。……だから、たまにブームスランでここに来るんだ」
「…………」
「お兄ちゃんとは13歳も歳が離れてて……とても可愛がってくれて大好きだったんだ。おにいちゃんのこと〝ナオ〟って名前で呼んでたの」
私はそう言って顔をあげ、カグヤを見た。
「……だから……ここでカグヤに会った時は〝ナオ〟が蘇ったのかと一瞬思ったよ」
私は目に涙を滲ませながら笑った。
「まぁ〝ナオ〟はよく笑ってくれたし、頭を撫でてくれたしで、全然カグヤとは違うけどね〜!」
私はニヤっと無理して笑った。
悲しい雰囲気はあまり好きじゃない。
すると、カグヤがそっと私の頭を撫でてくれた。
カグヤなりの慰めなのかもしれない。
「……!」
私は目を見開いてカグヤを見た。
感じているのは嬉しさと戸惑い。
高揚した気分のまま、私はカグヤの手をとり、目に入った木がある方へ移動した。
そしてその木を背中の支えにして寄りかかり、カグヤの首の後ろに腕を回して、引き寄せるようにキスを求めた。
カグヤが私を抱きしめながらそれに応えてくれると、彼の耳元で囁いた。
「……しよっか?」
「ここで?」
「服を着たままするんだよ」
私はゆったりと笑って彼を誘うように見た。