33:section of カグヤ 【予定調和】
海から上がった僕とジュナを、待ち構えていたセレネが引き上げてくれた。
セレネはどうやって調達したのか分からないが、セーフティモデルカーに乗ってやって来ていた。
「カグヤ、やるじゃん」
彼女は嬉しそうに笑いながら、僕からジュナを受け取った。
セレネはジュナを抱き込みながらしゃがんだ。
そして意識のないジュナの状態を確かめていた。
「気絶してるだけだね。腕を私と同じ銃で撃たれてるけど、時間が経てば治ると思うよ……冷えないようにしないと」
セレネは心配そうにジュナを眺めてからギュッと抱きしめていた。
そして、セーフティモデルカーの中から持ち出していたブランケットをジュナにかける。
「とりあえず、引き上げましょう」
セレネがそう言って僕の方を見上げると〝あっ〟という表情をした。
「カグヤ、血が出てる」
気がつくと、額をガラスか何かで大きく切ったようで、そこから血が流れていた。
「そのうち治るよ」
僕がそう言うと同時に、みるみる傷が小さくなっていき、傷跡も綺麗に跡形もなく消えた。
「そっか、今のカグヤは不老不死だもんね」
セレネが何気ないように言った。
「…………」
なんでモネの一族がそれを知っているんだろう?
相変わらずこの2人は謎だらけだ。
僕は得体の知れないリヒトとセレネに対する猜疑心を膨らませた。
けれど彼らのおかげでジュナを助けることが出来たのも事実だった。
「……無事で良かった」
僕は眠っているジュナに笑いかけ、ホッとため息をついた。
ーーーーーー
「対象者の負傷部分が減少していくのを確認。……5%……2%……0。負傷部分、消滅しました。オールクリア」
遠く離れたビルの上から、カグヤたちを観察している2人組がいた。
青い軍服を着た彼らは、ジュナたちの超高層マンションを訪ねてきた2人だった。
1人は以前セーフティモデルカー目掛けて落ちてきたアンドロイドであり、無表情でカグヤたちがいる方を見つめ、見えたことを隣に立っているメレフ曹長に無機質な声で伝えていた。
「……不老不死の技術は完成しているようだな。情報通りだ。オグマ大佐に至急連絡しろ」
メレフ曹長はそう言うと、きびすを返して歩き出した。
「もう逃げられない。せいぜい残り少ない時間を楽しむんだな」
彼の独り言のような呟きと足音が、あたりに静かに響いた。
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あれから僕たち4人は、首都から離れた所にある別荘地に来ていた。
そのうちの一つがツキシロ家所有の別荘らしく、そこでジュナを介抱していた。
彼女はセレネに着替えさせてもらい、ベッドでまだ眠っている。
軍のやつらにすぐ足がつきそうだけど、ジュナの回復を待ってから、ここから更に遠くへ行くつもりだった。
僕の隣に座ってコーヒーを飲んでいるリヒトが、ニヤリと笑った。
「今回はジュナを守れたな。あの高さからジュナを追って飛び込むなんて、すごいじゃん」
リヒトもセレネと同じように、僕がジュナを守ったことを嬉しそうに喜んでいた。
僕の反対側からも、セレネが誉める。
「カッコ良かったね!」
「…………」
僕は少しうんざりした表情で2人を交互にみた。
大きいソファに3人で座っているのだが、モネの一族の2人の距離感が近い。
……狭い。
なんか居心地が悪い……
そんな僕の様子を気にせず、セレネが喋り続ける。
「……けど私といたのに、ジュナが攫われてしまってごめんなさい」
彼女が途端にシュンとして縮こまる。
怒られた子供みたいな雰囲気を感じた。
リヒトが身を乗り出してきた。
「けどセレネが連絡してくれたから、すぐに助けに行くことが出来たし。そんなに落ち込むなよ。……ただ……これからもジュナはこんな危険に晒されるんだろうな……」
「「…………」」
双子がシンクロしているかのように、項垂れて黙り込んだ。
僕はため息をつきながら2人に話しかけた。
「……リヒトとセレネは……僕には捕まって欲しいだよね?」
「「…………」」
しばらくの沈黙のあと、リヒトが先に顔をあげた。
「それが予定調和だから……」
彼は眉を下げ、少し泣きそうな表情をしていた。
「……何それ!?」
僕らの背後から声が聞こえた。
3人でいっせいに振り返ると、眠っていた寝室のドアを開けて、立ち尽くしていたジュナがいた。
「ジュナ、大丈夫? 腕はもう動く?」
僕はすぐさま駆け寄って、ジュナを軽く抱きしめた。
「うん……治ったみたい」
彼女は腕が動くことを示すように、両手で抱き返してくれた。
続けてリヒトとセレネもジュナに近付いてきた。
「ジュナ、無理しないでね」
「本当に大丈夫?」
「来ないで!」
ジュナが僕の腕の中から飛び出て、2人と僕の間に立ち塞がる。
「カグヤを未来に返そうとする人は、信じられない!」
ジュナが2人に向かって叫ぶ。
リヒトとセレネを威嚇するように睨みつけ、僕を一生懸命守ろうとしてくれていた。
セレネが泣き出しそうな表情で口を開く。
「……ジュナ」
その声は少し震えていた。
ジュナは双子に背を向けると「カグヤ、行こう」と言って
僕の手を取り、歩き出した。
「……今までありがとう」
僕はモネの一族の2人に別れの言葉をかけた。
2人は俯いて何も言わなかった。
リヒトとセレネも信用出来る訳ではないし、どっちみちここからは離れなきゃいけない。
そうして僕とジュナは、双子を残して部屋を後にした。
ーーーーーー
僕たちはブームスランに乗り込んで、のどかな平坦な道を走っていた。
辺りはすでに暗くなっており、少ない街頭がぼんなりと道を照らす。
「…………」
ジュナがもくもくとブームスランを運転していた。
僕は思い詰めた彼女の横顔をずっと見つめていた。
「ジュナ……僕も未来には戻りたくない。ジュナと一緒にいたい。……どこまでも2人で逃げよう」
ハンドルを握ったジュナがチラリと僕を見ると、また前を向いた。
そしてみるみる内に瞳に涙をためる。
「嘘つき! 私が危ない目に合わないように捕まる気でしょ!!」
ジュナは泣き叫びながら続けた。
「せっかく不老不死になったんだから……怪我も治るんでしょ!? さっきみたいな目にあっても大丈夫だから! たとえ死んでもカグヤといたい!!」
ジュナの悲痛な心の叫びは、熱烈な愛情表現だった。
運転を続けるジュナは、とめどなく溢れ出る涙を拭うこともできず、ただただ前を力強く見つめていた。
「僕も死んでもジュナといたい……」
思わず涙ぐんでしまった。
彼女の気持ちが嬉しかったから。
これから訪れるであろう別れが辛かったから。
僕の頬を涙が伝ったその時に、無常にもその瞬間は訪れた。
真っ暗な夜の世界の中に居たのに、僕らの周りだけ昼間のような明るい光に照らされた。
頭上には、巨大な連邦星府の宇宙船が浮かんでいた。




