29:section of ジュナ 【カーチェイス】
今日は特に予定が無く、フリーな日だった。
私は自分の部屋のドレッサーに向かっていた。
鏡を見ながらメイクをし〝今日はカグヤと何しようかなぁ〜〟と呑気に考えていた。
不老不死の薬を飲んだけど、特に体調の変化は無く、いつもと変わらない日々を送っている。
〝穏やかで平和な毎日だなぁ〜〟とまた呑気に考えながら、メイク道具をポーチに片付けた時だった。
「ジュナ!!」
カグヤが珍しく私の部屋に駆け込んできた。
その焦っている様子に、私も困惑する。
「どうしたの?」
「ここから逃げよう!」
カグヤがそう言いながら私の腕を掴んだ。
「え? 何??」
私は慌てて立ち上がり、カグヤについて行った。
「ごめん、ここには帰ってこれないかもしれない。本当に大事な物だけカバンに入れて」
カグヤが玄関横のオープンクローゼットでそんなことを言い出した。
「??」
「1000年後の軍隊……連邦星府の軍人が、僕を連れ戻そうとしてる」
「!! なんで?」
「後で説明するから、ひとまずここを出よう」
私たちは急いで支度をし、家を飛び出した。
そしてエレベーターに乗り込む。
家族の大切なものを残していくのは心苦しかったけど、それよりもカグヤが未来に帰ってしまうことの方が恐怖だった。
私の中で、カグヤはすでに家族よりも大切な存在だった。
「未来の研究室の同僚、ミラクから連絡が入っていたんだ。僕が不老不死を研究していて、未来にいる時にだいぶ完成まで近付いていたことがバレたんだ……違う、軍にリークした奴がいるんだ」
カグヤは、誰がリークしたのか思い当たるのか、苦々しげな表情をして説明を続けた。
「それで今度は、不老不死の兵士を作りたいんだろうね。僕にまだ利用価値があるから、連れ戻したいんだ」
「そんな……」
青ざめながら私が呟くと、エレベーターがエントランスについた。
素早く降りると、遠くの入り口のガラスの扉に目を向けた。
その向こうに、青い軍服を着た男が2人見えたからだ。
「ジュナ、自然にして。ブームスランがある駐車場へ行こう」
カグヤが私の肩を抱きながら、入り口とは反対の駐車場へ向けて歩きだした。
「…………」
すごく緊張して、自分の鼓動の音がいつもより大きく聞こえた。
本当に未来の軍人が来てる?
……カグヤが未来に帰っちゃうの?
…………
出来るだけ気持ちを落ち着かせて歩きながら、駐車場へ向かう扉をくぐった。
自動でその扉が閉まり出した時に、軍人がいた入り口のガラス扉が開く音が聞こえた。
「ーーーーっ!」
私たちは、ブームスランまで走っていき飛び乗った。
急いで車を起動して、フットレバーや操作バーをガチャガチャ動かす。
「行くねっ」
「うん」
そしてアクセルを踏んで走り出した。
ーーーーーー
私は首都の空中道路をブームスランでかっ飛ばした。
運転しているうちに、荒れていた心も落ち着いてきた。
ハンドルを握っている手の力も程よく抜ける。
遠くに離れていくことで、安心感が出てきたのかもしれない。
私は「ふぅっ」とため息をついてからカグヤを見た。
「あの青い軍服の人たちが未来人?」
「そうだよ。……なんで居場所までバレてるのかな? Rin-comを使用すると辿られる可能性もあるね」
カグヤが振り返って後ろを見ていた。
そして恐ろしいことを呟く。
「あ、やっぱり追ってきた」
すると何かが上から落ちてきた。
『ガシャン!!!!』
それが後ろの自動車にぶつかったような音がした。
「へ!?」
私は空中ディスプレイをタッチし、後方の映像を映した。
セーフティモデルカーの自動車の屋根がへこんでいるようなのは見えたけど、スピードの速いブームスランとはどんどん距離が出来ており、それ以上は分からなくなっていた。
「……人が落ちて来なかった?」
私はチラリとカグヤを見た。
そしてすぐに前を向いてアクセルを踏んだ。
何か嫌な予感がしてスピードを出す。
「人というか……アンドロイドだろうね。僕を追ってきた軍の1人だよ」
カグヤがブームスランの空中ディスプレイに指先を這わせた。
その時ディスプレイに、後ろから凄まじく速い白い車が映し出された。
さっき人が落ちたと思われるセーフティモデルカーの車だ。
「何あれ!?」
私は前を走る車の間を縫いながらブームスランを走らせた。
後ろの車もグングン追い上げてくる。
「右に行って」
ディスプレイに触れたままのカグヤが指示を出した。
「分かった!」
私は言われた通り、道が2つに分かれている分岐を右の道に進んだ。
ブームスランが走り抜けた瞬間に、右の道が通行止めになった。
他のセーフティモデルカーが一斉にストップしていた。
分岐部分が警告音などの騒音でうるさくなる。
「カグヤがやったの!?」
「そうだよ」
カグヤは後ろを振り返った。
「まだ追ってくるね」
彼は前に向き直り、また空中ディスプレイに触れた。
私は空中ディスプレイをチラリと見て、後ろを確認した。
白い車が通行止めのホログラムを物ともせずに、突っ切ってこちらに向かってくる様子が見えた。
「セーフティモデルカーなのに、何であんなに速いの!?」
「あっちも僕みたいに電波を読み取って操作してるんだよ」
「…………ブームスランの方が、速いもん!! ここら辺の道は私の庭みたいなものだし!!」
私はそう叫んで地下の道に入った。
やだやだやだ!
カグヤが未来に戻っちゃうなんて……
絶対逃げ切ってやる!!
私は歯を食いしばりながら前を睨むように見た。
ここの道は複雑に入り組んでいて、追ってくるのは難しい。
しかも要所要所で、カグヤが操作して地下道路にあるシャッターを閉めてくれた。
他の普通に走っている車には道を突然塞がれる大迷惑な行為だ。
私はクラッチを踏んでギアチェンジしながら、忙しくハンドルをきった。
しばらくすると、太陽の光に照らされた外へと続く道が見えた。
「いったん出るね!」
前を走る車が少ない直線道路。
私はアクセルを踏みながらカグヤに聞いた。
「このまま西の方へ逃げようか? それともーー」
ブームスランが光の中に飛び込んだ。
その眩しさに包まれた瞬間だけ、時間が止まったように感じた。
白い車は追ってきてる様子は無い。
けれどーーーー
「ぅわぁ!!」
外の光に目が慣れると、道路の先に道が無かった。
私は慌ててブレーキを踏む。
そして思わず顔を伏せて目をつぶってしまった。
『キキィーッ!!』
ブームスランが横滑りしながら、なんとか道路上で止まった。
「ジュナ!!」
「!!」
カグヤの叫び声で弾かれたように私は顔を上げた。
遠くのビルの上で、青い軍服の男が銃口を向けているのが見えた。
ーー撃たれる??
銃口が光ったように見えたその時、ブームスランのボンネットに男の人が飛び降りてきた。
『ドンッ!!』
片膝を立てた状態でしゃがみ込んで着地した男の人が、放たれた光線を掲げた右腕で受け止めた。
「…………」
その人の肘から上が瞬時に無くなってしまった。
無言のままの彼が、残った腕を右に振る。
すると、みるみるうちに肘から指先にかけて再生されて腕が元通りになった。
男の人は立ち上がり、再生した右手を握ったり開いたりした。
その確認作業のような行為が終わると、私の方に振り向く。
「ジュナ、大丈夫?」
薄いピンクベージュの髪に、ダークグレイの瞳。
どことなくナオに似ている青年……
「ノウンだ……」
私の目の前には、VR映画で見た〝ノウン〟にそっくりの青年がいた。




