26:section of カグヤ 【レース編】
フィルモア氏主催のカーレース当日がやってきた。
工業地帯の風景が映えるようにか、ライトアップされる夕方になってからの開催だった。
青白い光が工場の無機質な壁に反射し、そこだけ昼間のように明るくなっていた。
レースのスタート地点の大きい道路沿いには、この日のために観客席が設置され会場が出来ていた。
階段状の席が数キロに渡って配置され、道を挟んだ反対側には超巨大ディスプレイが空中に浮かんでいた。
そのディスプレイには、今はコースの説明のための映像が流れていた。
ここからスタートし、メインである工場地帯の空中道路を通り、またここへ帰ってきてゴールになる。
説明が終わると、スタート地点の道路で始まる時を待っているスポーツカーたちが映し出された。
その中の白いブームスランには、すでにジュナが乗っていた。
すると、超巨大空中ディスプレイに選手たちの紹介映像が流れた。
そこに会場内に響き渡る大音量で、カーレース解説者の選手の名前を呼び上げるアナウンスも流れ出した。
『3回目の出場! バンテス選手です! 彼は去年の優勝者ですね。もちろん今年も制覇し二冠を目指します!』
「「わぁぁぁぁ!!」」
1人1人選手の紹介が終わると、観客たちが歓声を送る。
しばらくすると、ジュナの番になった。
『外国からやってきたツキシロ財閥のお嬢様、ジュナ選手!
』
「「「わぁぁぁぁ!!」」」
ジュナの番になると若い女の子は珍しいからか、観客たちが一際沸き立った。
『今日はルクド選手と財宝をかけて勝負をします! ルクド選手にはウェイトハンデを課してる模様。こちらの勝負の行方も見所ですね! ね? ジュナ選手の旦那のカグヤさん!』
僕は何故か解説者イザールの隣に座らされていた。
観客席の真ん中、ゴール場所近くに透明な壁で出来たブースがあり、そこに僕は居た。
そしてコメントを求められている。
…………
『そうですね。彼女は無駄のないコーナリングを身につけましたから、勝つと思いますよ』
僕は手元にある台本を読んだ。
どこまでも、フィルモア氏のカーレースを盛り上げるために利用されている感をビシバシ感じる。
「ジュナー! 応援してるぞ!」
「頑張ってー!」
「ルクドに勝てよー!!」
観客からジュナへの声援が飛ぶ。
あらかじめ撮影したプロモーション映像を、ドラマチックに仕立てて宣伝しまくったらしい。
フィルモア氏の集客への執念を感じる。
ジュナは少しだけ窓を開けて、観客に手を振った。
「「「わー!!」」」
割れんばかりの声援が起こった。
主催者席にいるフィルモア氏に目を移すと、ニコニコほくそ笑んでいた。
……お金の亡者のフィルモア氏だが、この地域をこよなく愛しているようだった。
そのためお金を支払って、5つ目の材料である〝古代の通貨〟と交換してもらうことは拒否された。
あくまでもこの地域が潤って欲しいらしい。
まぁ、それはゆくゆくフィルモア氏の私財を肥やすことになるけど……
根本は善い人なのだ。
……多分……おそらく……
「…………」
僕はそんなことを考えながら、目の前に置かれていた飲み物のカップを手に取り飲んだ。
すると、会場内の超巨大ディスプレイにその様子が映し出された。
画面の下には僕が飲んでいる飲み物について、どこで売っているのか説明の文字が入る。
そう、僕は食べ物や飲み物をさりげなくいただくことで、それの宣伝をさせられているのだ。
「カグヤ、こっち向いて!」
「あぁ! すごく綺麗な人だわ」
「カッコいい!!」
ディスプレイを見たのか、透明な壁で区切られている解説ブースの外に、女の子たちが集まっていた。
「……ありがとう」
僕はその子たちを見て、ニコッと笑った。
「「「キャー!!!!」」」
黄色い悲鳴が巻き起こった。
ジュナも〝過去最大の収益〟を出すために頑張ってるから、僕も頑張りたいんだけど……
なんだか疲れるな。
僕はそう思いながらも、また置かれている飲み物を口に含んだ。
ーーーーーー
他の選手たちの紹介も終わり、ついにカーレースが始まった。
ジュナの乗るブームスランも快調に飛び出して行く。
初めは沢山の車が並んでいる中、スムーズに先頭集団に入り込めて、いい順番を位置出来ていた。
ルクドの車は後方の方だった。
『さぁ、初めはアップダウンが激しいコース。下り坂でスピードを出しすぎると、その先のカーブを曲がりきれません。トップは優勝候補のバンテス選手ですね。ジュナ選手は5位と、ルクド選手に10位以上差をつけた順調な滑り出しですね』
そう言った解説者イザールが、僕に目配せをしてきた。
『そうですね。ジュナが得意なのはこの後にくる連続カーブのコースなので、ここは手堅く走り抜けて欲しいですね』
僕はまた手元にある台本を読んだ。
ちなみにこの台本は、整備士のバーナードとジュナと僕で作らされたものだった。
昨日バーナードに呼ばれたのは、この件についてだった。
コースの練習を終えたジュナも合流し3人で考えた。
初めてのことだったので〝こんな感じでいいんじゃない?〟と最後にはその場のノリで決めた感じがあった。
そうこうしているうちに、ジュナのブームスランは連続カーブコースに突入した。
ナオのコーナリングテクニックをマスターしたジュナは、綺麗で丁寧にコーナーを曲がって行く。
観客からも「おぉ!」と感嘆の声が聞こえた。
『おっとぉ! トップがレイネオ選手に入れ替わりました! そして、ジュナ選手、ここにきて3位に躍り出てきました! けどルクド選手も追い上げていますね。6位にまで上がってきています!』
『ジュナはお兄さんのナオさんの走り方を、この日のために必死にマスターしました。そのままルクド選手より前を走り続けます』
僕も応援に熱くなってきてしまい、台本を見ずにコメントした。
だいたい内容は覚えてるんだけどね。
『……何だって!? ナオ? ツキシロ ナオ!?』
解説者イザールが僕に何度も確認し出した。
『そう。ジュナの兄は〝ツキシロ ナオ〟ですよ』
『なんてこった!! 俺はカグヤの住んでる国に留学してたことがあるんだけど、その時に友人だったやつだよ!! その妹が、ジュナ? …………』
解説者イザールが言葉を詰まらせた。
僕は訝しんで、自分のRin-comを彼に隠しながら立ち上げた。
そして空中ディスプレイに指先で触れ、解説者イザールの経歴などの情報を拾った。
…………
ツキシロ ナオとの接点は無さそうだし、さっき言ったような留学の話なんて無かった。
しかも、本当の職業はあまり有名じゃないアクターだった。
嘘の演技かも。
目的は、観客へのドラマティックな演出。
僕はそっと空中ディスプレイを閉じた。
解説者イザールが無言になったので、観客達が一斉に僕らがいる解説席を見た。
『……ナオは、すごくいい奴だったんだ。それが交通事故にあって亡くなってしまって……ジュナの走り、確かにナオだ! ジュナ頑張れ! ナオの意思を継ぐんだ!!』
解説者イザールが涙声で語った。
観客達からも、しんみりした空気を感じる。
そして口々にジュナにエールを送り始めた。
劇場型の詐欺だ。
フィルモア氏のお金への執念を感じる。
僕はある意味尊敬しながら、フィルモア氏を見た。
彼は観客たちを上手く騙せているからか、さっきよりもニコニコした笑顔を振りまいていた。
『レースもいよいよ終盤です! あー! ここでルクド選手が前を走っていたジュナ選手を捕らえました!! 並んでいます! 最終コーナー直前で2台が綺麗に並んでいます! 残りは長い直線コースです!!』
ジュナの白いブームスランと、ルクドの青いスポーツカーが並んでコースを走り抜ける。
ブームスランのホイール回りのライトの残像がネオンブルーの線を描いていく。
僕は思わず叫んだ。
『ジュナ!! 頑張れ!! そのまま一気に駆け抜けろ!!』
「ジュナ! いけー!!」
「負けるな!!」
「「わー!!!!」」
観客たちも僕に続くように、ジュナに声援を送った。
ブームスランが、それに応えるように徐々にスピードを増して行く。
そして2台はゴールインした。
『……勝ったのは……ジュナ選手です!!』
「「「わー!!!!」」」
会場は熱狂の渦に包まれた。
ジュナは3位でゴールインし、僅差でルクドに勝った。
「……良かった」
僕はホッとして、体の力を緩めた。
その時に、ここまでの全てがフィルモア氏の演出かもしれない……という考えが頭をよぎった。
けれど、超巨大空中ディスプレイに映し出されたジュナの満面の笑顔を見て、釣られて微笑みながら、そんな考えを頭から追い出した。
選手が全てゴールインすると、解説席の近くの道路で表彰式が行われた。
ジュナは3位だったため、表彰台に立ち、両手サイズの豪華なケースを貰っていた。
拍手が終わったあとに、コッソリとケースを少しだけ開けてみた彼女は、驚いた表情をしてケースを閉じた。
そして嬉しそうな笑みを浮かべて、僕のいる解説ブースの方に駆けてきた。
「カグヤ! やったよ! 目的の〝古代の通貨〟を貰えたよ!!」
僕もブース席から出ると、ちょうどよくジュナが僕の胸に飛び込んできた。
僕も嬉しくなって笑顔を浮かべ、ジュナを抱きしめ返す。
「5つ揃ったね!」
腕の中のジュナが微笑む。
「そうだね。よく頑張ってくれたね。ありがとう」
僕はジュナを大切に大切に抱きしめた。
「カグヤのコメント、ブームスランの中でも聞こえるようにしてたから、カグヤの応援が聞こえてたよ。嬉しかった! ありがとう!」
ジュナがそう言って笑いながら僕に軽くキスをした。
観客たちから拍手が巻き起こった。
観客たちの熱狂が落ち着いたころに、フィルモア氏が近くにやってきた。
「いやぁ、素晴らしかったよ」
わざとらしく感動したように拍手をしていた。
「フィルモアさん、過去最大の収益かまだ分からないけど〝古代の通貨〟貰っていいんですか?」
ジュナが僕から体を離し、フィルモア氏に向き直った。
「もちろんいいさ。体感で分かるよ。君達のおかげで集客も周辺の店の売り上げも、うなぎ昇りだ。……どうだい? 来年も出ないかい?」
「……もう、涙を誘うような設定、私には無いですよ」
ジュナが鼻で笑った。
解説者イザールのナオへの嘘の演技は、彼女にはバレバレで、静かに怒っていたからだった。




