25:section of カグヤ 【レース編】
僕らは今回の宿泊先であるホテルに戻った。
すると、ジュナが早速巨大な空中ディスプレイを立ち上げた。
それを見るために置かれているソファに隣り合って座る。
そしてジュナが自分のRin-comを操作して、中の情報を空中ディスプレイに表示出来るようにした。
「……ナオが事故で死んで以来、見ることが出来なかった動画がたくさんあるの」
ジュナがRin-comの側面を親指でリズミカルにタッチしている。
「ナオはスポーツカーで走るのが大好きだった。走り方も綺麗で有名だったらしいよ。ドローンで上空からわざわざその走りを撮った動画が当時のネット上にはたくさんあったの」
ジュナがある動画を空中ディスプレイに表示した。
でもまだ再生されず、静止画の状態だった。
「私もその走りを真似したくて、ナオの動画を見たかったんだけど……辛過ぎて見れなかった」
ジュナが僕の手をそっと握った。
そして僕の目を見つめた。
「今なら見れる気がする」
切なげに笑ったジュナがRin-comを操作して動画を再生した。
『こんにちは!』
動画が始まると、笑顔の青年が停止した車の中で喋っていた。
ジュナの家のナオの部屋で見た、赤いスポーツカーの運転席に座っているのが分かった。
そこには、どことなくジュナに似た、爽やかで優しい表情をしたナオの姿があった。
彼がこれから走る道を説明して車が動き出すと、ドローンの映像に切り替わる。
赤い鮮やかな車が、カーブの多い山道を縫うように走っていった。
ジュナが言っていたように、ナオの走りは綺麗で丁寧だった。
無駄が無く、それでいて速い。
ふとジュナを見ると、彼女は音も立てずに涙をポロポロ流していた。
目を空中ディスプレイに向けたまま、涙が止まることなく流れていく。
「ジュナ……」
僕は胸が痛くなって、彼女を横から抱きしめた。
抱きしめる時に繋いでいた手を離してしまい、ジュナはその自由になった手で一生懸命涙を拭った。
僕が声を掛けるまで、泣いていることには気付いてないみたいだった。
そして再び空中ディスプレイを見つめた。
「やっぱり、ナオの走りは綺麗だね」
ジュナが、ちょっと強がりながら笑った。
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次の日の朝になった。
僕がベッドの中で目覚めると、腕の中にまだ眠っているジュナがいた。
あれから一気に動画を見たジュナは、泣き疲れてうつらうつらしだした時に、僕が抱きかかえてベッドに運んであげた。
そしてそのまま抱っこして慰めながら2人して眠った。
そんな昨日のことを思い出しながらジュナを見ると、彼女の瞼が少し腫れていた。
「ごめんね。辛い思いまでさせて材料集めに付き合わせてしまって……」
僕は眠ったままのジュナのおでこにキスをした。
ジュナが傷付いてると、僕まですごく辛い。
けれど、僕のために頑張ってくれているから、すごく愛おしい。
無事に材料が集まって、早く彼女が喜ぶ物をあげたくなる気持ちが高まる。
だから言えない。
止めてもいいよ、なんて。
「……ずるいよね」
僕はジュナをギュッと抱きしめた。
しばらくすると、ジュナが目覚めた。
「……おはよー」
まだ眠いからか、口元を手で隠しながら小さくアクビをする。
「おはよう。眠いなら、まだ寝てていいよ」
「ううん。起きる。早くブームスラン運転したい……お風呂一緒に入ろうか」
ジュナがモゾモゾ動いて、ベッドから這い出していた。
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コースで練習する前に、僕らはカーレースの車の面倒を見てくれる整備工場に来ていた。
「……本当は嫌だけど、勝つためだから……エンジンを外してくれないかな? レースが終わったらまたつけるから」
ジュナが泣きそうになりながら、整備士のバーナードに頼んでいた。
「エンジン乗せてたんだ。通だね〜。しかもアステラル社じゃないか! 音、聞いてもいい?」
「もちろん!」
そして何故か、エンジン音の鑑賞会になった。
ーーーーーー
「いい音だね〜」
「でしょ〜」
ジュナとバーナードが恍惚の表情を浮かべてエンジン音を聴き入っていた。
僕は思わず、遠くを見るような虚ろな眼差しで2人を見つめていた。
すると、他のカーレース参加者らしき数名が集まってきた。
その中の1人がジュナに声を掛ける。
「こっちのエンジンはリアスト社のだぜ」
男性がエンジンが置いてある少し遠くの作業台を指差した。
ジュナは頬を赤く染め、瞳を潤ませながらエンジンを見つめて叫んだ。
「わぁ〜! 聞きたい!!」
そして今度はそのリアスト社っていう所の、エンジン音の鑑賞会が始まった。
音の違いがよく分からない僕は、やっぱり虚ろな眼差しでジュナたちを見つめていた。
けど、1つだけ分かったことがあった。
前にアトラが運転する車を見て『いつ見てもカッコいい……!!』とジュナが言い、今みたいに頬を赤く染め、瞳を潤ませていたことがある。
てっきりアトラに言ってたのかと思ったけど、彼が乗ってる改造車、特にエンジン音に対して言っていたんだ……
「……すごく虚しさを感じる」
僕は思わずポツリと呟いた。
それからジュナは整備してもらったブームスランでコースを走りに行った。
僕の重さも邪魔になるから、ジュナは1人で乗って練習していた。
僕は巨大な空中ディスプレイで、コースを練習している車たちを見ることが出来るホールに来ていた。
ディスプレイを見るために椅子がたくさん並んでおり、所々に関係者らしき人が座っていた。
僕も他の人と同じように、ディスプレイを見上げてジュナの様子を見ていた。
『ナオと私は兄妹だから、私にも必ず出来るはず!』
と自分に暗示をかけるように言い切っていたジュナは、本当にナオの走りをマスターしそうだった。
「ーーだから、ジュナが勝つし、負けたとしても僕は貴方のものにはならないよ。フェリスさん」
僕は、いつの間にか隣に座って話しかけてきていたフェリスに向かって言った。
フィルモア氏の娘である彼女は、ストレートに僕を口説きに来ていた。
「あの子より、私の方がカグヤを幸せにしてあげれるわよ」
フェリスがニッコリ笑って僕を熱のこもった目付きで見る。
確かに美人なんだけど、なんでそんなに自信満々なんだろう?
と僕は思いながらフェリスを冷めた目で見ていた。
「じゃぁ、フェリスは僕のために、襲われそうになったり、刺されたり、脅されたりしても、僕のせいにしない?」
僕は口元にだけ笑みを浮かべた。
「…………」
「4つ目は比較的穏やかだったけど、今回はトラウマに向き合ってもらったかな」
「……何の話かしら? 私はそんなことするのは嫌よ。カグヤの為なら何でもしてあげたいけど、自分が危険だったり嫌な思いをするのは無理だわ」
「そう。だったら僕はフェリスといても幸せになれないね。ジュナはね、一切僕のせいにしなかった。僕はそんな彼女を誰よりも護りたい」
「…………なんだか、貴方たちの関係って狂ってるのね」
フェリスは負け惜しみのような捨て台詞を言いながら、席を立って去っていった。
僕はディスプレイにうつるジュナに視線を戻した。
「……うん。狂ってるかもね……」
僕は何故か満足して、愛おしげにディスプレイにうつるジュナを見つめた。
ジュナは気付いてない。
最近になってようやく僕への気持ちを自覚したようだけど、それまでの彼女も無意識に僕への献身的な気持ちを向けてくれていた。
他人を家に上げるが嫌で誰も招き入れなかったのに、僕と一緒に住んだり、夜を共にする相手を選ぶ基準から外れているのに僕ともしたり、今思うと初めからジュナの中で僕は特別だったのだ。
そして材料集めにおいても、自分が嫌な目にあっても僕のせいにしたり止めると言わず、積極的に集めようとしてくれる。
そんなある意味真っ直ぐで純粋な気持ちを向けてくれているジュナに、僕は応えたい。
彼女の抱えている恐怖から護ってあげたい。
「あ、いたいた! ジュナ選手の夫のカグヤだよね? ちょっと来てくれる?」
整備士のバーナードが僕にそう声を掛けた。
「……? 何だろう?」
僕は首をかしげながらも立ち上がった。




