20:section of ジュナ 【短期留学編】
カグヤが短期留学して11日目。
2週間の予定なので、カレッジに行く日は今日と明日しかない。
だから生物の遺伝子データを取るのも、チャンスはあと2日だけ。
けれど、ガグヤは焦ることもなく、普段と変わらない様子だった。
「じゃぁ出掛けてくるね」
滞在しているホテルの出入り口の扉を開けながら、カグヤが振り返って私を見た。
「うん。いってらっしゃい」
室内に立っている私は、手を振りながら彼を見送った。
「…………」
パタンと閉まるドアを私はぼんやり見つめていた。
最近カレッジにカグヤを送り出す時は、ちょっとだけモヤモヤする。
女の子たちにモテモテだからかな?
…………
そんなことを1人残された部屋で思っていると、私のRin-comが青く2回点滅した。
アデムからの呼び出しだった。
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呼び出された場所は、街にあるカフェだった。
アデムは先に来ており、1人がけのソファに足を組んで座り寛いでいた。
「よく来たね」
私に気付くと、アデムが爽やかな笑顔を浮かべた。
「用って何?」
向かいのソファに座った私に対して、もったいぶったように笑いかけながら、アデムはゆっくりと口を開いた。
「ツキシロ財閥の悲劇のお嬢様」
「…………」
「なんか見たことあると思ったんだよね。当時センセーショナルに報道された時に、幼いジュナを見たんだ」
「……それで?」
「いろいろ調べたんだけど……ジュナたちはなんだか訳ありみたいだね。正体を偽ってカレッジに潜り込んでるのは、何が目的?」
アデムが頼んでいた飲み物を一口飲んだ。
私の返事をじっくり待っているみたいだ。
「別に……アデムが困ることじゃないでしょ?」
「じゃぁ僕がカレッジに告発したら、誰が困るんだろうね?」
…………
困るのは、今カレッジにいるカグヤだ。
「……誰にも言わないでって言ったら?」
「そうだね。僕の家に遊びに来てくれる?」
「…………分かった」
アデムの水色の瞳の奥に、仄暗いものを感じた。
……もしかすると、私に嗜虐心を抱いている人かもしれない。
交通事故のニュースの時に、幼い私が悲しみに暮れながらも泣くのを我慢している様子……瞳を潤まして頬を赤くしている瞬間の映像がよく出回った。
家族3人のお通夜の時に、マスコミに運悪く撮られたのだった。
それを見た、ある一部の人の興味を非常に引いてしまっていることがある。
その幼く、か弱い私のままだと思っている人たちに、何度が接触してしまったことがあった。
アデムからも同じものを感じるような気がする。
だいたいの人は、その過去に受けた衝動を、恋心だと勘違いしているのだ。
…………
カグヤがカレッジに行く今日と明日は、時間稼ぎするしかないかな。
私は大人しくアデムについて行った。
**===========**
アデムは、レンガ作りのこの国らしいレトロなアパートの一室に住んでいた。
中はスッキリしたシンプルなインテリアで統一されており、広々としていた。
「何か飲む? カフェでジュナはあんまりゆっくり出来なかったでしょ?」
アデムがそう言って、この国のコーヒーを淹れてくれた。
私はそれを、2人がけのソファにアデムと隣り合って座っていただく。
「……美味しいね。アデムはコーヒー淹れるの好きなの?」
「うん。こだわりがあるからね」
それから私たちは雑談をした。
アデムがカレッジで何を専攻しているのかや、交通事故のニュースが世の中を賑わせてる頃、アデムは私の国のカルチャーに興味を持っていたことなどを。
時には笑い合いながら、和やかな時間が過ぎていった。
そしてふと会話が途切れる。
「…………」
私はアデムと目を合わせていたけど、彼が抱きしめてくるのが分かると俯いてしまった。
そのまま横抱きされてベッドに運ばれる。
アデムが私を愛おしげに見つめているのを感じた。
横たわっている私にアデムが覆い被さり、耳元で何か愛の言葉を囁いているけど、頭の中に入ってこなかった。
今頃、カグヤもレティー教授とこんなことをしているのかな?
私はアデムの部屋の天井を見つめ続けていた。
けど、カグヤならこんなことしないと思う。
サイオンジ財閥のオークションでも、ラサラさんにおそらく告白された時も、必ず私のところにすぐに戻ってきてくれた。
……私も、その気持ちに応えたい。
「やっぱり、やめる」
私はアデムを押し退けて、体を起こした。
そして少し乱れた服を直す。
「こんなことするのは違うと思うようになっちゃった。……私にはカグヤがいるから」
「……カレッジに告発してもいいのか?」
アデムがそう言いながら、私を柔らかく抱きしめて来た。
「…………」
私はどうしていいか分からず、動けずにいた。
その時、私のRin-comが青く2回点滅した。
抱きしめられているアデムの背中側で、空中ディスプレイを素早く表示する。
そしてアデムを抱きしめ返すフリをしながら、空中ディスプレイをタッチして返事を打った。
「フフッ。もう告発していいよ!」
私はアデムに笑いながらそう言うと、彼の腕の中からスルリと飛び出て、その勢いのまま部屋の外に出た。
「ジュナ!」
アデムも慌てて追いかけてくる。
私は螺旋階段を駆け降りた。
エレベーターを待っているとアデムに捕まってしまうからだ。
「ジュナ、待てって!」
「やだ!」
追いかけっこを続けたまま螺旋階段を降りおえ、私は大通りに面する道に飛び出た。
ちょうどその時、聞き慣れたエンジン音が聞こえてきた。
白い流線型の美しいボディにネオンブルーのライト。
タイヤのホイールの真ん中が内側に向けて少しへこんでおり、そのまわりもネオンブルーのライトが光っている。
そのため、車が走ると美しい線状の軌跡を描く。
私のブームスランだ。
ため息が出るほどカッコいい!
そのカッコいい愛車が、私の目の前でピタッと止まったので、助手席のドアを開けて体を滑り込ませた。
そしてドアを閉める前に近くまで来ていたアデムを振り返る。
「じゃあね! これで本当に最後だね!」
唖然としているアデムに、私は満面の笑みを向けた。
『バタンッ!』
急いでいるから手動で私がドアを閉めると、ブームスランは走り出した。
珍しくカグヤが飛ばしている。
「手に入ったんだね、おめでとう」
私はカグヤに笑いかけた。
さっき私のRin-comに来た連絡は、カグヤからのお目当ての材料を入手した連絡だった。
『早くこの国を出なきゃ行けなくなった。ホテルにおいていた荷物をつめてブームスランで迎えに行くから、どこにいるの?』という内容だった。
「うん。ただ、レティー教授がなかなか渡してくれないから、情報操作して勝手に研究室に入ってコピーしてきた。だから捕まるとややこしい」
カグヤがハンドルを切りながら答えた。
カーブ終わりに操作レバーを動かしてアクセルを踏み込む。
エンジン音と共にスピードも早くなった。
「アデムのアパートの住民の個人の情報データも、クラッシュしてきたし」
カグヤが何てことのないように言った。
「へ? どうゆうこと!?」
「ジュナからどこにいるかmapの座標しか来なかったから、アデムの部屋がどこかなんて分からなかったし……あいつ、ジュナや僕のことを違法ハッキングして調べてた。それで……脅されてた?」
「……うん。だからアデムの部屋にいたんだけど、何もなかったよ。信じてもらえないかもだけど……」
私はシュンとしながら答えた。
「何で何もしなかったの? 前までのジュナなら、平気で他のやつと寝てたのに」
そうカグヤに言われて、思わず彼の横顔を見つめた。
ーーきちんと伝えなきゃ。
私の言葉は軽く受け止められるかもしれないけど、その分気持ちを込めなきゃ。
「カグヤが好きだから。カグヤが私だけを大事にしてくれて嬉しいから、私もカグヤを大事にしたい。想いに応えたいの」
私は頬を赤く染めながら、運転するカグヤを見つめた。
「信じるよ。ジュナは嘘つかないし。それと……あいつジュナとの様子を盗撮してたから、その映像も僕の頭の中に入ってきたし……思い止まったのは分かってるよ」
「え? じゃぁカグヤは分かっててわざと聞いたの!?」
「あはは! 可愛いジュナが見たかったからついね」
カグヤが前を向いたまま笑っていた。
たまに私をチラリと見る目はとても嬉しそうだった。
「ひどっ! ……でも、縛られたり監禁されたりしなくて良かったぁ。幼い頃の私、〝悲劇のお嬢様〟を知ってる人って、私を虐めたい人が多いんだよね。そうなったら逃げ出すのが難しくなるから」
「……アデムは純粋にジュナのこと好きだった気持ちもあると思うけどね。いろいろ調べ上げちゃうほどに。……ジュナは、本気の好意を一旦疑う感じなんだよね。育った環境のせいで警戒心が強すぎるのかな?」
カグヤがブツブツ言いながら運転していた。
「私に言い寄ってくる人は、ろくでもない人が多かったからね」
「……僕も?」
「意地悪だから、ある意味ね。アハハ!」
私はケラケラ笑った。
カグヤも思わず苦笑している。
そんな私たちを乗せて、ブームスランが次の国に向けて夜の街を駆け抜けていった。




