19:section of ジュナ 【短期留学編】
カグヤが短期留学して4日目。
この日はカレッジでやるべきことが少ししか無いらしく、私もついて行くことにした。
授業とかがみっちりある日は、カレッジ生じゃない私は、街でショッピングや観光をしたりしていた。
今日はカグヤの用事が終わるまで、カレッジ内の一般人も入れる部分を適当にブラブラしていた。
当てもなく、建物内の広い廊下を歩いていた時だった。
「可愛い子がいると思ったら、ジュナじゃん」
私は後ろから声をかけられたので、振り返った。
「アデム、久しぶり」
私の唯一の知り合いであるアデムが立っていた。
「……ジュナ……突然こんな話で悪いんだけど……」
アデムが声のトーンを落として私に近付きながら喋り続けた。
「カグヤと、レティー教授ができてるって噂があるんだ」
「レティー教授?」
「遺伝子工学の若い女性の教授」
ふーん。
目的の遺伝子データを貰うために、その教授と仲良くしてるのかな?
「ジュナは驚かないね」
アデムが目を丸くして少しビックリしていた。
「……人の噂は当てにならないから」
「じゃぁ、見に行こうよ。僕、健気にジュナがついてきてるのに、カグヤが裏切ってたら許せない」
「…………」
アデムが私の代わりかのように怒ってくれていた。
その勢いに押されて、私は彼に案内されるままついて行った。
着いた場所は、自主室の中にある個室席だった。
こじんまりとした部屋になっており、大きめの椅子と机があった。
その机には透明な操作板が設置されていた。
「私、ここまで入っていいのかな?」
「僕が一緒なら大丈夫だよ」
困り顔で見ていた私に、アデムが微笑みながら答える。
それから2人で無理矢理詰めて椅子に座り、アデムが空中ディスプレイを立ち上げた。
「カグヤとレティー教授は研究室にいるはずだから、カメラをハッキングしてのぞいてみよう」
「そんなこと出来るの?」
「カレッジ内のプライベート空間じゃないから、規制が緩いんだ。遺伝子工学の研究室なら余裕だね」
アデムがそう言いながら操作板に手を置き、もう片方は空中ディスプレイを忙しくタッチしていた。
すると、カグヤが何かを顕微鏡のような物で見ている映像が映しだされた。
そしてその隣には、レティー教授らしき白衣を着た女性が寄り添っていた。
アデムが言うように、2人は研究室にいるようだった。
「カグヤが言ってた生物ってこれのことかしら?」
大人の女性という感じの色気ムンムンなレティー教授が、顕微鏡を覗いているカグヤの耳元に近付いて、囁くように喋りかけていた。
なるほど。
確かに距離が近い。
「……似ていますが、違いますね」
カグヤが顕微鏡から顔を離して、左右に首を振った。
「じゃぁ今度はどれを用意しようかな」
レティー教授が、カグヤの腕に自分の腕を絡めて引っ張りながら、空中ディスプレイがたくさん浮かんでいる所まで連れていった。
そして、ディスプレイにうつる生物たちをカグヤに1つ1つ丁寧に見せていた。
カグヤはレティー教授が見ていない所で、ちょっとウンザリした表情をしていた。
すると、レティー教授がねっとりとした熱い視線をカグヤに向けた。
「カグヤ、この前の話のこと考えてくれた?」
「……僕には妻がいるんで、考えてないですよ」
カグヤがにこやかに笑って何かを断っていた。
「もう。このカレッジに短期留学している間だけでもいいのに」
……2人が意味深なことを話していた。
確かにこれは、できてるって勘違いされるね。
うんうん。
私は1人で大きく頷いていた。
そんな私を見てアデムが口を開いた。
「限りなく黒に近い、グレーじゃない?」
「そう? もうちょっと決定的なものが欲しいかなぁ〜」
私は椅子から立ち上がって、部屋の外に出ようとした。
すると、アデムが私の手首をつかんで引き留める。
「もう見ないの?」
「うん。カグヤを信じてるから。……アデムも心配してくれてありがとう」
「…………」
アデムは何も言わなかったが、手首を離す気配が無かった。
「私がショックを受けると思って、この個室で慰めるつもりだった?」
私は不敵に笑いながら、アデムが掴んでいる手首を捻って拘束を解いた。
そして素早く部屋を出た。
すると、アデムも私を追って部屋を出た。
私は構わずに歩いて、カグヤとの待ち合わせ場所を目指す。
「なんでそんなに余裕なの? カグヤが好きじゃないの?」
慌てて私の横に並んだアデムが言った。
「好きだよ。ただ私の好きより、カグヤからの好きの方が大きいから、安心感があるというか……」
「じゃぁ僕からの好きが1番大きかったら、僕にするの?」
アデムが意地悪く笑いながら私をのぞきこむ。
「……女の子みんなにそう言ってるんでしょ」
私もニヤッと笑いながら返した。
「違うよ。何でかジュナは気になるんだ。ひとめ見た時から……」
「アハハ! アデムってロマンティストなんだね」
私は思わず笑ってしまった。
遊び慣れてる人の言葉って、どうしても軽く聞こえてしまう。
…………
もしかして、私からカグヤへの言葉もこんな感じなのかな?
ちょうどその時、カグヤとの待ち合わせ場所についた。
カグヤも遠くからこちらへ向かってきているのが見えた。
……あっちも女生徒に声をかけられてる。
安定のモテモテさ。
「じゃあね、アデム。もう最後になるかも?」
「…………最後じゃない」
アデムが不機嫌な表情で、私のRin-comと自身のRin-comを素早くタッチさせた。
連絡先交換だ。
「また会おうね」
アデムはそう言うと、唖然とする私を残したまま、爽やかに笑って去っていった。
ちょうどアデムと入れ違うように、カグヤが私のいる場所に着いた。
「アデムとまたいたの?」
彼は少しお怒りモードだった。
「だって、私の唯一の知り合いだもん」
「街に遊びに行くのも、カレッジについてきてもらうのも、どっちも心配なのは変わらないけど……アデムがいるから、もうカレッジには来ないでもらおうかな」
カグヤがそうブツブツ言いながら、私と手をつないで歩き出した。
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夜になり、宿泊先のホテルに帰ってきた私たちは、ベッドの寝具にもぐりこんで抱き合いながら、おやすみ前にまったりお喋りをしていた。
「ねぇねぇ、目的の生物の遺伝子データは取れそうなの?」
私はカグヤの腕の中から、彼を見上げた。
「うーん、レティー教授って人がその生物に詳しいんだけど、どうやら巧妙に隠されてるようなんだよね」
カグヤが眉間にシワを寄せて、悩んでいた。
…………
それって、レティー教授の要求に応えなきゃ見せてくれないやつじゃ……
私の脳裏にカレッジで盗み見た、カグヤとレティー教授の寄り添っている光景が浮かぶ。
彼女が要求しているもの。
それは一夜限りの関係……
一夜だけじゃないかも。
二夜? 三夜?
とにかく短期留学中の関係。
それを考えると、欲しい遺伝子データが手に入る対価だねって思う過去の自分と、何となく嫌な気持ちになる今の自分がいる。
…………
「カグヤ、好きだよ」
「!! どうしたの? いきなり」
カグヤが目を見開いて私を見つめた。
その神秘的なスカイグレイの瞳に、頬を赤くした私が映り込む。
「……何となく」
私はカグヤの胸におでこをくっつけて、グリグリした。
「ジュナから初めて言ってもらった」
カグヤの嬉しそうな声が頭上から聞こえた。
彼は私をさらにギュッと抱きしめて、私の頭に顔をうずめた。
好きな人に気持ちを伝えて、受け止めてもらえるって、とっても嬉しかった。
こんなに喜んでもらえるなら、もっと早くに言えば良かったかも。
なんてことも考え出すほどだ。
私は少しずつカグヤを好きになっていた。
彼がたくさん惜しみない愛情を注いでくれるから、私からも愛情を向けることが、出来るようになってきたみたいだった。
きちんと人を好きになったことが……愛したことが無いから、まだまだよく分からない部分も多いけれど。
「ジュナ、顔をあげて」
私が照れた表情のまま顔を上げると、カグヤが唇を重ねてきた。
ーーそれから私たちは、肌を触れ合わすことでも想いを伝え合った。
するとはっきり感じてしまう。
やっぱりカグヤが好きだなって。
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毎日彼に優しく包まれて、それが当たり前に思うようになってしまった。
その安心するカグヤの体温を感じながら、夜は更けていった。




