17:section of ジュナ 【ファイラット編】
私たちは宿泊していたホテルで朝食を済ますと、ブームスランに乗って南に移動し、目的地だった海を目指した。
2時間ほどで到着し、私とカグヤは水着に着替えて白い砂浜に立っていた。
跳ね返す太陽の光が眩しい。
私は思わず手で自分の目の上に庇を作った。
そして目の前の海を眺める。
エメラルドグリーンの美しい海がどこまでも広がっており、遠くになるほど濃く深い青色をしていた。
『カグヤ1人だけが来ると思ったのに……』
専門のインストラクターである、ラサラという女性がカグヤに向けて喋っていた。
現地の言葉なので、私には何を言っているか分からない。
ただ何となく、ウットリとカグヤを見つめる彼女からは、私が邪魔なオーラを感じた。
『彼女は僕の奥さん。ハネムーンで来たのもあるんだよ』
カグヤが苦笑しながら、現地の言葉で返事をしていた。
私たちは目の前の美しい海に〝シーウォーカー〟で潜るために、ラサラさんにまずは地上でレクチャーしてもらっていた。
透明なヘルメットを被り、海底を歩くのだ。
ラサラさんは、くっきりした目鼻立ちにストレートロングの焦茶色の髪。
大きな茶色の瞳に褐色の肌。
温暖で穏やかな風土にあった、ヘルシーな美人さんだった。
始めにラサラさんを訪ねた時に、カグヤを一目見た彼女が恋する乙女の目つきになった。
私はラサラさんが恋に落ちる瞬間を目撃したのだ。
……カグヤは相変わらず海外でもモテモテだ。
私はラサラさんが、あくまでもレクチャーの範囲でカグヤにボディタッチするのを、冷めた目で見ていた。
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レクチャーも無事に終わり、実際に海の底に潜ってみることになった。
シーウォーカーのヘルメットを装着し、海の底へと潜っていく。
その時私は、海の底の深い深い青色に惹き込まれそうになる感覚が、怖くなってしまった。
「〝カグヤ、ちょっと待って〟」
地底に足をついた途端、先に降りていたカグヤの腕を掴んだ。
「〝どうしたの?〟」
透明なヘルメットをかぶっているので、くぐもった声が聞こえる。
「〝海に潜るの、ちょっと怖いみたい〟」
「〝透明な海中道路は平気だったのに?〟」
カグヤが私の手を握って、引っ張るように歩き出してくれた。
「〝ブームスランの中なら大丈夫〟」
「〝僕といても大丈夫だよ。やっぱり僕の最大のライバルはブームスランなんだ〟」
カグヤが呆れた顔をしていた。
しばらくカグヤと寄り添って歩くと、古代遺跡である神殿が見えてきた。
実はこの海底に沈んだ神殿を観にくるのが、この観光地の一大アクティビティなのだ。
「〝すごい〟」
私はカグヤの腕に掴まったまま、目の前に広がる神秘的な光景を眺めていた。
朽ち果ててはいるけど、厳かで美しい白塗りの神殿の柱や床が、青い光を浴びてゆらめいている。
その神殿の中を綺麗な色の魚たちが泳ぎ回っていた。
『カグヤが探しているファイラットは、こっちの方よ』
少し遠くで先導していたラサラさんが、何かを言いながら遠くを指差していた。
『分かった。今向かうよ』
カグヤが現地語で返事をしている。
「〝行こう〟」
そして私に微笑みかけた。
古代遺跡の中に、海の中でも燃え続ける物質が、帯状に海底に沈んでいるらしい。
その物質を〝ファイラット〟といい、ここでしか手に入らないようだ。
本当は取っちゃダメな物なんだけど、カグヤは上手くラサラさんに交渉したみたいだった。
私がカグヤにしがみついたまま2人で移動すると、遠くにオレンジ色に光る点々とした筋が見えた。
「〝わぁ……〟」
ーー不思議な光景だった。
海の中なのに、確かに地底の中で何かが燃えているように光を放っている。
カグヤはそのうちの小さな一つを、そっと掘り出して手のひらにのせた。
「〝……あちっ。ずっとは持っておけないか〟」
彼はオレンジ色にぼんやりと光を放つファイラットを、透明な手のひらサイズのケースに海水ごと閉じ込めた。
「〝2個目が揃ったね〟」
カグヤが嬉しそうに笑った。
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それから無事に私たちは海上へ上がった。
そして先ほどの砂浜に帰ってくると、カグヤが何か手続きがあると言ってラサラさんに呼び出されていた。
おそらく、告白イベントなんじゃないかな?
砂浜の近くにあるカフェのオープンテラス席で、私はトロピカルな色合いの飲み物を飲んでいた。
このカフェは濡れた水着のまま過ごせるらしく、周りにも海で遊んでた観光客で賑わっていた。
私の目の前の机には、ファイラットが入ったケースがあった。
どういう仕組みか、今は透明ではなく白い不透明なケースになっている。
ファイラットが大きかったからか、ケースをいつものように小さくすることが出来なかった。
それでカグヤはポケットに入れることが出来ず、置いて行ったのだった。
『ねぇねぇ、どこから来たの? なんで1人なの?』
現地の男の人が、1人でいる私に声をかけてきた。
机の上のケースを見ていた私は、話しかけた男性の方を向いた。
「ごめんね。言葉が分からないの」
『きみ、可愛いね。一緒に遊ぼうよ』
私が自国の言葉で断ってみても、現地の人はめげずに何かを語りかけてくる。
しまいには、私の手をとってどこかへ連れていこうとした。
「えぇー、無理矢理はダメでしょ」
私は頑なにソファから動かなかった。
その時だった。
現地の少年が忍び寄ってきて、カグヤのあの白いケースを奪っていったのだ。
言い寄ってきている男の人に気を取られて、気付くのにワンテンポ遅れてしまった。
「!! 待って!」
私は手を掴んでいた男の人を振り払って、少年を追いかけた。
高価なものが入っていると思われたのかな?
しばらく走って少年に追いつくと、私はケースを持っている腕を掴み上げて奪い取った。
「いたっ!!」
その時、私の腕にするどい痛みが走った。
少年を見ると、手には血に濡れたナイフが握られていた。
「〜〜〜〜っつ!!」
私の右腕がざっくり切られていた。
思わず腕を抱え込みながらしゃがみ込む。
『お、お前が悪いんだぞ!!』
その間に少年は、何か現地の言葉で叫びながら逃げていった。
「ジュナ!!」
カグヤが遠くから駆けつけてくれた。
それと同時に、カフェのスタッフや周りにいた優しい現地の人たちが集まって来てくれた。
「……カグヤ……これ……」
私は怪我をしてない腕で、ファイラットが入ったケースを差し出した。
カグヤはそれを受け取らずに、カフェのスタッフが持ってきてくれたタオルで、まずは私の腕を縛って止血する。
そして何やら現地語で指示を出していた。
「ファイラットを守ってくれたんだね。けどジュナより大事なものは無いんだから、危ないことはしないで」
「……ごめんなさい」
「ジュナを怒ってるんじゃないんだよ」
カグヤがそう言いながら横抱きで、私を抱き上げた。
そして手配してもらった無人で走るオートタクシーに、私を抱えたまま乗り込んだ。
近くの病院に向かうように言葉で指示をだす。
すると音声認識Aiが返事をし、病院を目的地にした。
「…………」
オートタクシーが走り出すと、カグヤが私の首元に顔を埋めた。
「すごい心配した。生きた心地がしない……」
「…………」
私は思わず瞳を潤ませた。
カグヤが私をとっても心配してくれていることが嬉しい。
「本当は切られた時とっても怖かったの。誘拐されそうになった時よりも怖かった」
頬をポロポロと涙がすべり落ちた。
「ジュナ……辛い時は我慢せずに泣いていいんだよ」
「…………うん」
私の涙は止まらなかった。
カグヤは病院に着くまで、私をあやすように抱きかかえてくれていた。
こんなに安心して人の胸の中で泣くのは、初めてかもしれない。
ーーそうか。
私は家族を亡くしてから、その時涙が枯れてから、ずっとずっと我慢してたんだ。
〝悲しむ〟という行為に。
本当に、感情が薄いのは……私の方かもしれない……
私は抱きしめてくれているカグヤの腕を、ギュッと握った。




