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007話 昔話

セツナの活躍を描いた回です。

 その頃、樹海で生まれた悪魔は、白狐の匂いを辿りながら、スピードを落とすことなく邁進していた。自分だけが見つけたエモノ、誰にも渡さない、自分だけのエモノ。思考することの出来ないその頭で、悪魔は”食べる”という本能だけで樹海の中をエサに向かって走っていた。前に見えてきた自分の全長ほどもある川を、その驚くべき跳躍で、身をくねらせながら対岸まで渡ると、更に強くなってきた匂いに欲望を剥き出しに、百本の足を前に進めた。


                      ◆


 朝の訓練を終え家に帰ったユウリが、薪割り、庭掃除、屋根の修繕を終わらせると、時刻は、十六時を過ぎた頃だった。


 ユウリは家を飛び出すと、イヅクモ村から伸びる道を小走りに駆け、前方に見えてきたクシナダの丘を目指した。クシナダの丘には寒風が吹く中、ツバキが白や赤色の花を咲かせ、馬酔木も早く見る人の目を楽しませたいと、日に日に蕾を膨らませていた。丘の頂上付近には赤や橙色の果実が、その恵みを与えんと良く実った枝をしならせている。


 ユウリは丘の周りをぐるっと周回する幅広の未舗装路を反時計回りに進むと、やがて煙突から一筋の煙を立ち昇らせている作業場が見えてきた。錫色の瓦を屋根に葺いた土壁の小屋からは、絶えず槌で金属を鍛える甲高い音が耳に心地よく響いている。


 ユウリは木戸を滑らせ小屋の中に足を踏み入れ、引き戸を閉めた。工房に入ってすぐ目に入る火床からは橙色の光と陽炎が溢れ、途端に溶岩が室内に噴出しているかのような熱気で、全身の毛穴が開いた。


 目当ての人物が律動良く一心に槌を振るっているのを邪魔しないように、ユウリは小屋の隅に立って室内を眺めた。屋根を支える梁や、一定間隔で土壁から覗く柱は黒く煤け、壁には大小様々な槌や鏨、どのように使うかわからない器具が整理して掛けられている。床はなく、押し固められた土床の片隅には、大きな桶に水が並々と入っている。桶の上方には『火乃用慎(ひのようじん)』と書かれた火伏せの札が貼られている。


 やがてジュッという音と共に職人が叩いた作品を水槽に入れ、作業を終えたのを見届けると、ユウリは壮年の男に近づいた。その男は黒い長髪を団子状(マンバン)に縛り、もみあげから顎を髭が覆っている。渋柿色の着物の背は、塩の結晶で白くなり、裸足のその男は、柄杓で水桶の水を掬うと、ゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に水を飲み干した。


 そして袖で口を拭いながら、ユウリの方を見た。


「センシュウさん、こんにちは!」


「おぅ、ユウリ待たせてすまん。今日は包丁の注文か?」


「いえ、センシュウさんに作ってもらいたいものがあって来ました。僕たち、お正月が終わったらアカデミーに行く予定なんです」


「あぁ、カクゲンから聞いたよ」


「それで、新しい武具を作って欲しいんです」


「おぉ、わかった。どんなものが欲しいんだ?」


 ユウリは、考えていた武具のイメージを楮紙に書いて、センシュウに伝えた。


「今は受注している仕事もないから、明後日には出来ると思うよ」


「はい、わかりました。よろしくお願いします」


 ユウリが礼を言い作業場を辞去しようとすると、戸を開いて一人の少年と少女が入って来た。坊主頭に、四角い輪郭、一重で半開の眼で、大柄の少年が開口一番に言った。


「師匠、お疲れ様です! おいっす、ユウリ。師匠の工房に来るなんて珍しいな」


 カクゲンは鍛冶師を目指すイヅクモ防衛隊の一人で、センシュウの元で鍛冶のイロハを学ぶ身である。


「入学前にセンシュウさんに作って欲しい武器があるから来たんだ」


「短刀を新しくしたいんだな」


「うん、まぁ、そんなところ。ところでアサギはどうしたの?」


「アタシは新しい武器を開発しようと思ってさ、センシュウさんに相談に来たのよさ」


 ブルーグレイのロングヘアを後部で捻り上げ、蝶を模した髪留めで挟み、めがねを掛けた小柄な少女が言った。


「さっきアサギとばったり会ってな、手銃を設計したから作ってみたいと言ってたんだ。だったら、師匠に相談してみれば、って連れてきたんだよ」


 アサギは万屋志望である。万屋は、万能道具屋の略称であり、小型の機械式武器、アクセサリー、携行食、栄養補給剤、楽器から遊戯盤まで、万屋が取り扱う物は多種多様である。


 アサギは背負っていた鞄から紙を取り出すと、広げてセンシュウに見せる。ユウリもその紙を覗き込んで見たが、細かな数字が書かれた内容を理解することは出来なかった。


「センシュウさん、アタシ、こんなの作ってみたいんだけど、出来そうですか」


 センシュウは図面を見ながら唸った。


「これはまた、面白いものを持ってきたな。銃は今まで作った事がないが、型さえ作れば、金属を流し込んで作れると思うよ。まぁ、やったことないことに挑戦して、お客の要望に答えるのが、職人ってもんだ。二日後に見に来てくれ」


 アサギはわかりました、と言い、しばらく四人で世間話をした後、少年少女らは作業場を辞別した。外に出ると、寒空のうろこ雲は橙色と赤色のグラデーションに染められていた。


 三人で横並びになって歩いていると、アサギが口を開いた。


「そういえば、昨日ムクゲと話したんだけど、なんか元気がなさそうだったんだわさ」


「僕も今朝ムクゲと話したんだけど、僕たちがアカデミーに行ってしまうと、イヅクモ防衛隊のみんなと離れ離れになるから悲しいって言ってたんだよ」


 ユウリはムクゲの心を染めている悲哀の理由を二人に伝えた。


「私もたぶんそうなんだろうな、って思ってたわさ。でもあの子、昨日、理由を聞いても答えてくれなくて・・・。それに気丈に振る舞ってただわさ。やっぱりムクゲは・・・、いや、何でもない」


 アサギは言いかけたことを尻すぼみに取り消すと、「やっぱりムクゲは、ユウリのことが好きなんだ」、と心の中で呟いた。


 アサギがそんな友に対して何をしてあげられるだろう、と考えていると、「そこで相談なんだけど」、と前置きしつつ、ユウリが幼馴染達に相談を持ちかけた。


 ムクゲが悲しいのは僕達との別れだ。少しでもその寂しさが紛れるにはどうしたらいいか・・・。

 三人で顔を突き合わせて相談する。

「ユウリ!それはいい考えだわさ!アタシもその作戦にのったのよさ‼」


「俺もいい考えだと思うぜ」


「じゃあ、僕の考えをハネズにも相談してみよう」


 ユウリは二人の賛同を得ると、残り一人のイヅクモ防衛隊の幼馴染に伝えることを二人に言い、家路が別方向の二人と別れた。

今話もご読了いただき、ありがとうございます。

次話以降もよろしくお願いいたします。

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