004話 おにぎりうまい
ユウリとムクゲの恋はどのように進展するんでしょうか。乞うご期待
ムクゲは、ユウリの自信に頼もしさと、さり気ない優しさに好意を抱き、うっすらと頬を赤らめる。そして、ありがとうと声をかけ、ふと瞳を曇らせた。最近、自分の心に巣食っている不安、怖れ、寂しさ・・・ここで言ったら絶対ユウリを困らせる、でも言わなかったら後悔する、と自分勝手な事だと知りながら、ムクゲは口を開いた。
「年が明けたら、ユウリもイヅクモ防衛隊の皆もアカデミーに行ってしまって、私一人が村に残るんだよね。毎日みんなで遊んで、いつも一緒だったユウリ達と話すことが出来なくなるんだって思ったら、寂しくなっちゃって・・・。ごめん、前からわかってた事なのに、皆の夢の邪魔になっちゃうのに。最近そんんなことを毎日考えてしまうんだ」
イヅクモ防衛隊は、困っているお年寄りや子供達を助けたり、迷いネコを探したり、火事の際の水運び等、村を守るためにユウリ達が作った何でも屋である。隊員はユウリとムクゲ、同い年の幼馴染達だ。
ムクゲは、幼少より共に笑い、飽くこともなく彼ら彼女らの胸に抱いた夢を語り合い、それらを共有した四名の幼馴染達の顔を思い出しながら、つぶらな瞳に涙が込み上げ、声を詰まらせるように呟くと、やがて隊員達と作った秘密基地の前の草むらに、大粒の涙と悲哀の呟きをこぼした。
そんなムクゲを見て、ユウリは真顔に戻り話し出した。
「僕が七歳の時に、父さんと母さんが死んでしまったんだ。急に婆ちゃんとの二人暮らしになって、とても悲しくて、僕は毎日寝る前に泣いていたんだ。でもある日、朝起きたら、婆ちゃんが、『絆って知ってるかい。絆とは人と人の繋がりのこと。キヅナっていう綱で、分かたれた者同士が繋がってることを云うんだよ。天国にいる父ちゃんや母ちゃんとも、いつもキヅナが繋がってるんだよ。だからね、ユウリが辛い時は、その綱を思い浮かべるんだ』って教えてくれたんだ。それを思い浮かべると、守られている気がするんだ」
草むらに座った二人に師走の寒風が撫でつけるように去った後に、ユウリはその優しい眼差しで、ムクゲの目を見つめた。
「ムクゲも、寂しくなった時は、イヅクモ防衛隊との絆を思い出してね。六年間、僕らがアカデミーに行ってる間、ムクゲに寂しい思いをさせてしまうけど、ここにいつも秘密基地があるように、イヅクモ防衛隊のみんなも、いつもムクゲを忘れない。”変わらぬ思い”はみんなの合言葉だよ」
ユウリは、木枯らしで、赤くなった手のひらを自分の胸に当て、一人村に残るムクゲを慮って、優しく諭す姿に、ムクゲはうん、と小さく頷くと、今まで心を覆っていた灰色のモヤモヤが霧散したように感じた。
そして、ユウリは藤籠の中に四つある、ムクゲが作ってくれたおにぎりの一つを掴み、いただきます、と手を合わせた後、大きな口で頬張った。ムクゲの寂しさを払拭するかのように、口いっぱいに椎茸と昆布のおにぎりを頬張り、おどけた様子で「ゔばび」と破顔した。
ユウリは歯茎で感じる椎茸と昆布の歯ごたえと、鼻に抜ける山椒の香りを楽しみつつ、嚥下した後の佃煮の旨味の余韻に浸りながら、一気におにぎりを胃に押し込むと、ムクゲに語りかけた。
「ムクゲの椎茸と昆布の佃煮はいつも美味しい。前作ってくれた“赤魚の油漬け卵黄酢”もまた食べたいな。あと、魚卵辛子漬けも美味しかった」
ムクゲは双眸に涙を溜めつつ、いつも心を温かくしてくれる尊敬できる幼馴染の方を向いた。
「いつでも作って待ってるから、楽しみに帰ってきてね」と言い、これではまるで新婚さんではないか、と頬を赤らめた。
ユウリは指についた飯粒を一つ残らず口に入れると、目を合わせないようにしながら言葉を発した。
「僕も、ムクゲの握ってくれるおにぎりを楽しみに帰ってくるよ」
初々しい恋仲のような二人は、灰色の曇天の下でしばらくの間、よもやま話をしながら、朝食を食べ、お茶を飲んだ後、立ち上がった。そして家路に向かいながら、ムクゲが思い出したように口を開いた。
「今さぁ、お母さんの親戚が病気になって、薬を届けるためにスクナの村に行っているの。明日の夕方に帰ってくる予定だから、今日は弟一緒にトヨ婆の家に泊まるんだ。それで、いつもはお母さんがトヨ婆と一緒に龗神様の岩水を取りに行くんだけど、今日は私が代わりに行くことになってるんだ」
「僕も一緒に行こうか?」
「ありがとう。でも龗神様の岩水までの道には結界があるから、妖獣も入れないし、大丈夫だよ」
「わかった。気を付けてね。何かあったらすぐに逃げるんだよ」
と言ったところで、屋根に煙突が突き出し、周囲を生け垣で囲まれたムクゲの家に着いた。
「それじゃあ、また」と言い合って、二人は別れた。
次話は地理的な説明となります。