003話 朝練
暇つぶしに読んでみてください。
二章 悪夢の始まり
朝陽に照らされ紅緋色に染められた、冠雪をいただく霊山から発せられる威光を背に受けながら、アッシュグレイの短髪に、人懐っこい子犬のような黒い目、鼻梁の整った逆三角の顔貌を持つ少年が、年の暮れが迫るの寒空の下、右手に逆手で構えた短刀と左手の十手で素振りを行っていた。少年の白銀の振りに遅れて、ビュンッという空間を切り裂く音が追従する。少年の面影にはまだ幼さが残りながらも、その瞳には、大きな決意の灯火が灯され、少年の心と共に熱を放っているようであった。
「九百九十六、九百九十七、九百九十八、九百九十九・・・」
少年が数えていた素振りの回数が四桁に達そうとしたところで、少年は十手を握った左手は正中に振り上げ、逆手に握った短は肘を引いたまま、大きく跳躍。汗の玉を辺りに散らしながら、目の前に仮想の敵がいるかのように、左手の十手を頭頂に叩き込み、右手の短刀で、右肩から、左の腰骨までを寸断するかのような逆袈裟斬りを放った。
「丨丨丨千っっ!」
駿猫のように音もなく着地した少年は、一から始めたカウントアップを終えた。自分達が秘密基地と呼んでいる、山の麓にある鍾乳洞の前の広場で、少年は欠かすことのない日課として、訓練を行っていた。村落外周の二十粁長距離走、百十米短距離走を三十本、手裏剣投擲を百本、そして素振り千回である。広場の周りには木の棒を十字に組み、藁を巻いた人形が並び、木にぶら下げられ、打痕のある木の的が風に揺られている。
秘密基地の前で、少年の素振りが六百を数える程から目を離すことなく見ていた、ピンクブラウンの三つ編みをお団子にまとめ、転がしたどんぐりのような円らな瞳に、それを縁どる長いまつ毛。瑞々しい柘榴のようなピンク色の唇の可憐な少女が駆け寄ってきて、少年に声をかけた。今日は上半身が着物のような襟合わせで、下半身はワンピースのような薄紫色の服に、黒色の短靴を履いている。
「ユウリ、朝から練習お疲れ! おにぎり作ってきたから、一緒に食べよっ」
ユウリと呼ばれた少年は立ち上がり、短刀を腰の鞘に納めると、その美少年と形容できる整った顔を少女に向け、目尻を下げ、優しい笑みを浮かべて、少女に答えた。
「ああ、ムクゲ。寒い中待たせてごめんね。朝、セツナが戦ってる夢を見たんだ。そうしたら、外はまだ真っ暗なのに素振りがしたくなってさ。それから今まで、ずっと体を動かしていたから、お腹がペコペコだよ」
その証拠に、ユウリの傍には携帯式の照明装置が置かれていた。ユウリは手甲を外すと、その腕で額の汗を拭った。上がった呼吸を整えながら、ユウリはすっかり色を失った草むらの上に腰をおろした。そんな様子をムクゲが見ていると、素振りをしているうちに乱れた襟から覗く鎖骨を捉えてしまい、慌てて赤くなった顔を隠すかのように、藤籠の中からおにぎりを詰めた重箱とお茶の入った竹筒をいそいそと取り出し始めた。
「ユウリの動き、どんどん速くなってるね。これならこの村の近くに出る妖獣だったら楽勝だね」
ユウリが草むらの上に敷いてくれた引敷の上に座り、ムクゲが声をかけた。
「本物の妖獣相手に、早く自分の実力を試したいよ。森に行ったことがバレたら、婆ちゃんに外出禁止にさせられるけどね」
(「でも妖獣なんかに出会ってしまったら、追いかけられて食べられたり、襲われて死んだりするかもしれないじゃん。碌な目に合わないから、遭遇したくないんだよねぇ。」)
ユウリはその整った顔に、自分の力に自信を持っているフリをしているため、周囲からは信頼を寄せられる。しかし性格は悲観的消極思考の塊である。
ムクゲの肩に外套を掛けながらそう話したその目には、自信が浮かんでいるように、ムクゲには見えた。
次話もユウリとムクゲの会話です。