第十三話 南九州、壊滅
2027年9月9日、22時30分。
台風16号は止まることなく北上し続けており、那覇市から約440km南の地点に位置している。
中心気圧は、34℃にも達する異常に高い海水温のおかげで未だに700hPaを保ったままである。実際、一週間前の那覇市の気温は、晩夏にもかかわらず35℃まで上がった。
そして今、この颶風と豪雨の化身の眼から約1100km離れたところで、行動する一人の男がいた。
桐田益弥である。
生きることへの執念を燃やす彼は、何としてでも台風を生き延びてやる、という固く強い意志を持って避難の準備を始めていた。
彼の部屋にはペットボトルや紙くず、資料などが無造作にばらまかれており、到底綺麗であるとは言えない。室内は先日から降り続けている雨のせいか蒸し暑く、木の湿った匂いが充満している。
その部屋の中で、桐田は数年前に買った防災セットを検査していた。
やり方は荒っぽく、彼が腕を上げるたびに物が軽く宙を舞う。彼らしい、と言えばそうであるが。
「だいたいあるな」とだけ言って、桐田は物資の入った黒いリュックを立て、さらに酒や未開封のペットボトル、トイレットペーパー、大事にしている物などを詰め込んだ。
「よし」
彼は立ち上がると、ぐるりと部屋を見回した。私立大学に受かってからの8年間、ずっとここで暮らしてきたのだ。しかしそれも、今日でおしまいである。
もう二度と、この家に戻ってくることはできないだろう。いくら雑な性格の桐田とはいっても、多少の寂しさは覚えた。
雨と風は、段々と強くなっていく。
彼は立ったままLINEで友人の一義に連絡する。
「そろそろ行こ。準備できた?」
「もうすぐ」
「じゃあ50分ぐらいで学校前集合な」
「わかった」
返信は桐田の予想を超えて速くついた。
準備は終わった。あとは避難するだけである。22時20分以降、鹿児島市全域に警戒レベル4が発令されているから、避難しない意味はない。
桐田は防災セットのリュックを背負い、コンビニのビニール傘を持って大股で玄関を出た。
「うおぉっ!?」
……しかし、彼の勇敢な歩みは、外に出て僅かに十歩ほどで終わってしまった。
横から彼を圧しつける強風が、大股で不安定になっていた彼の体を倒したのである。幸いにも転んだ場所は共用廊下であったため、怪我はしなかった。
桐田は身を屈め、転ばないようにゆっくりと歩むことにした。背負っているリュックのせいで体が安定しない。
何とか廊下を渡り、階段を下りて道路へ出た彼は、大竜町学校へ向かうべく北へ向かい始めた。
アパートから学校までは、直線距離で200m、実際歩く距離ですら250m程度である。普通なら、5分も歩けば着いてしまうほどの短さである。
が、今、鹿児島市は台風の下にある。この少しの距離でさえ、歩き切るのは至難の業である。桐田は遅く出たことを後悔した。
もちろん、桐田に諦めるという考えはない。何としてでも、――たとえ盗みをしてでも、生きてやる。
彼の意志は根強く、倒れがたい。
冠水しつつある道に足を浸しながら、一歩一歩確実に歩みを進めていく。車は全く通らない。
猛烈な重さのリュックを背負い、半ば無意識に歩く中、桐田はなぜか前にコンビニで買い物をしたことや、今日の朝に防災会議をしたことを思い出した。過酷な現実から逃げるための防衛反応であろうか。
日は沈み、雨も降っているはずであるが、空気が異常に熱い。
毎秒17.5mの強風と毎時25mmの大雨により、傘は何の役にも立たなくなっていた。突如、彼は意味の分からない衝動に襲われた。言語化できない、現状に対する不満と無力感。
彼はやりきれない感情を滲ませながら、傘を地面へ叩きつけ、骨を思い切り踏み、石突きを折り、最後に天高く放り投げた。壊された石油樹脂と鋼鉄の塊は、夜闇と雨水に埋もれて見えなくなった。
どうせこの辺の家は消えてなくなるんだから、もし他人の物に当たっても何も問題ねえだろ。
彼はそう思った。
傘を棄てて3分ほど経ったころ、彼のリュックが突然左へ飛ばされた。
2つの小石が、ほとんど同時にリュックに衝突したためである。
彼の体もそれにつられ、横倒しとなった。何とか手をつくことはできたが、膝を擦ってしまった。擦過傷特有のジンジンした痛みが膝に突き刺さる。
「チッ……!」
だが彼は再び立ち上がった。
荒ぶ自然に負けて死ぬか、あるいは抗って生き残るか。
後者を選ぶのは、当然の結論であった。
傷口から出てくる血液を天から降る雨水で洗い流しながら、彼は進んだ。
15分ほどかけて、桐田は学校の正門に着いた。彼には、1時間以上かかったように感じられた。
「っしゃ……」
小さく独り言を吐き、彼は友人の一義を探す。学校の周りを見ても、避難してきたと見える人々は十人ほどしかいない。
一瞬、一義は途中で遭難したのではないか、という悪い考えが桐田の脳裡をよぎった。そして、それは単なる杞憂に過ぎなかったことはすぐに分かった。
手を振る中肉中背の青年。
桐田は、彼が一義であることをすぐに認識し、歩み寄った。
「カズか! よかったぁ~! 死んでたかと思ったわ」
「マジで大変だったよ。早く入ろ」
疲れからか普段より数歳老けて見える一義は、校舎を指さして桐田を急かす。彼の指の先にはいくらかの電燈がともっており、避難の受け入れ準備をしていることがうかがえる。
「わかってるよわかってる」
そう言いながら、桐田は校舎の玄関に向かって歩き出した。彼の体は既にパンツまでびしょ濡れになっていたが、そんなことは彼の意識にない。
広報や賞状などの掲示物が貼られている玄関に入ると、彼は迷うことなく職員室へ歩き始めた。「は!? どこ行ってんだよ?」と驚きの声を上げる一義。
「教室使えるか聞くんだよ。体育館なんかに泊まったら死ぬだろーが」
リュックや髪から水を滴らせながら、彼は返した。
職員室前に着くと、彼は五、六回ほど扉をノックした。電気は点いているらしい。
「はい。えー……、何か用でしょうか」
十秒ほどして出てきた若めの管理人らしき男性は、彼の姿を見て少々たじろいだ。扉を開けたら、全身ぐしょ濡れで大きなリュックを背負った悪人相の男がいたのだから、無理もない。
「えーと、管理人さんですか?」
「はい、そうですが」
「職員室にいるって珍しいっすね。俺達ここに避難しに来たんですけど、教室って使えますかね? 上に避難したいんすよ。どうしても無理ってんなら、廊下でもいいんで」
頭を搔きながら、桐田は訊いた。質問が終わるや否や、男性は「少しお待ちください」とだけ言って職員室の奥に行ってしまった。上司に伺っているのだろうか。
「使えるかな」
「さあね」
二人は顔を見合わせ、鼻だけで笑った。
さて。1分ほどして男性が再び出てきた。
「えー、廊下と階段は使っていただいて構いません」
「あ、そうっすか。ぁりがとうございまーす」
一応頭を下げ、階段へ向かおうとした桐田は、一度振り返って彼に付け加えた。
「みんな二階以上に誘導したほうがいいと思いますよ。今回の台風、ヤバいっすから」
それだけ言うと、彼は男の返事も聞かぬままに階段を駆け上り始めた。登る途中で、ちょっとクレーマーみたいになっちゃったな、と彼は思った。
少しでも上にいた方がいいと判断した二人は、最上階の4階に泊まることにした。電気はまだ通っている。
一息つけた二人は、今まで保っていた緊張の糸が切れたのだろう、床にどすんと音を立てて座り込んでしまった。桐田は、リュックを下ろし、中からパッケージが水に濡れた乾パンを取り出して袋を破った。
「ほら、食えよ。夜食じゃ夜食ぅ~」
床に直接袋と茶のペットボトル、そして備えの懐中電灯を置きながら、一義を誘う桐田。一義はしばらく沈黙していたが、何か吹っ切れたのか、「じゃあ、食べようか!」と言って真っ先にパンを食べ始めた。
一義に触発された桐田も、「夜食」を始めた。床にパンくずを散らしながら乾パンを数枚一気に口へ放り込み、バリバリと音を立てて嚙んでから茶で流し込む。
お世辞にもマナーがなっているとは言えないが、今廊下にいるのは二人だけである。行儀が悪いとしても、誰にも迷惑はかからない。そもそも、非常事態である現在にいちいちマナーを気にするという考えは、粗野な桐田の頭にはなかった。
乾パンに飽きてきた桐田は、「お菓子もあるぜ」と告げ、リュックから小さめのポテトチップスとチョコレートを取り出した。
「いいね」と笑う一義。
桐田が「なんか懐かしくね?」と訊く。一義は「やっぱりそう思ってた? こんなの初めてだけど。デジャブかな?」と首を傾げて答えた。日付は変わっているが、頭が興奮しているので眠気は感じない。
「あー、なんだろな、これ」
桐田は懐中電灯を油塗れの手で玩びながらしばらく上を見上げていたが、20秒ほどすると顔を戻し「お泊まり会や!」と大声を出した。一義が慌てて人差し指を唇にやる。
「サーセン。ちょいデカい声出ちまったな」
「まぁいいけど……」
桐田はお決まりの、口の端を引っ張る笑いでごまかした。
「気にすんなって。それより早く食お。湿って不味なる」
「はいはい。りょーかいしましたー」
……。
「あ~旨かった」
「美味しかったね」
彼らは40分ほどで3つの菓子を食べきった。床には無造作に袋の残骸が転がっている。
さて。
沖縄が壊滅しつつある間にも、南九州を含む大多数の人々の緊張感は、それほど高まっていたわけではなかった。
──否。緊張感が高まってはいたが、だからといって特段行動に移す気にはなっていなかったのである。
「こちらは、ぼうさいかごしまです。現在、鹿児島市全域に警戒レベル4が発令されています。今すぐ、危険な場所から全員避難してください。繰り返します──」
「超大型で猛烈な台風16号は、現在も勢力を保ちながら北西の方向に時速40kmの速さで進んでいます。厳重な警戒が必要です」
「──最大風速は130mに達すると推測されています。安全な場所に避難するなど、命を守る最善の行動をしてください。この台風は、まさに観測史上最大、最強の台風なのです」
「本日午後6時、東京都は江東区など計10区に対し、広域避難情報を発令しました」
防災無線やニュース、気象庁や専門家などが厳重警戒を呼びかけるのを、彼らは確かに見聞きしていた。しかし、半数以上は避難という(おそらく)最善の行動をすることはしないつもりであった。
その理由は単純で、感情的で、「人間らしい」ものである。
「今まで大丈夫だったから、今回も大丈夫」
「面倒」
「何回も『警戒』とか『避難』と言われてきたが、大惨事になったことはないから大丈夫」
過去の出来事から未来を推測するというのは、平常時なら決して悪い方法ではない。
……が、今は非常時である。
帰納法が台風第16号の前には全く無力であるということを、彼らは理解できなかった。
大災害が間近に迫って、なお。
彼らが行動を渋る間にも、台風は前進し続け、容赦なく地にある全てを屠っていく。
日付が変わる頃には、台風の中心は那覇市から350kmまで迫っていた。
再建された首里城や守礼門は黒風に耐えられず倒壊し、国際通りに生えるヤシの木は薙ぎ倒され、そのままの勢いで店舗の入り口を粉々に破壊していく。
台風対策として長らく使われてきた赤瓦や石垣も、この烈風と豪雨の怪物を防ぐことはできなかった。鉄筋コンクリート造りの建造物は烈風こそ持ち堪えたが、豪雨で内部を満たされ機能を失い、その一部は台風の叫びと共に生まれた竜巻の餌食となった。
自然遺産として登録されている奄美大島や沖縄本島北部の優美な森林は根こそぎ倒され、そこに棲む絶滅危惧種は次々と傷ついていく。
2日前にフィリピンで見られた惨劇が、かつて熾烈な戦闘が興った亜熱帯の地にて再起しようとしていたのである。
時は経った。
2027年9月10日、6時15分。
日が昇ってから、すでに15分が経過している。
台風が相変わらず暴虐を振るう中で、桐田益弥とその友人、一義は悪戦苦闘を続けていた。
「おいまた割れたぞ!!」
「痛った!」
菓子類を食べ終わってからも談笑を続けていた桐田と一義は、日が昇り始めた頃にこれを中断せざるを得なくなった。
窓ガラスが風圧に耐えきれず、次々と割れ始めたためである。
通常の窓ガラスが耐えられる風速は、せいぜい毎秒35m程度である。いまや鹿児島の地に吹く暴風は毎秒70mを超えており、到底ガラスが──木造住宅すら耐えられる風圧ではなかった。
学校の首脳部は、はじめ体育館に避難民を置くこととしていて、実際に人々のほとんどは体育館に避難することとなった。
しかし、強烈な風雨は、体育館を浸水させることを以てその判断が誤りであったことを彼らへ知らしめた。学校長は二階以上の廊下と教室を使うことを許可し、避難民をそこへ移らせた。
幸いというべきか、避難民の数は教室を埋め尽くすには至らなかった。
尤も、これはある意味不幸でもある。
避難民の数が少ないということは、避難できなかった人々が大勢いるという事実と表裏一体であるから。
鹿児島市の人口は約57万人であるが、6時0分の時点で既にその1%にあたる5700人が死亡しており、また、3%にあたる約17000人が負傷あるいは行方不明となっていた。
死因の多くは、家が土砂か風によって潰されたことによる圧死、あるいは洪水による溺死であった。亡くなった人々の多くは、死の恐怖を感じたまま悲哀か苦痛の表情で息絶えた。
最大瞬間風速92.3m、毎時雨量120mmという脅威の前で、人々が自らの不用意さを、まさに自らの命で思い知らされるのは、あまりにも――あまりにも早かった。
だが台風に慈悲はない。
地を震わせる咆哮を放つ度に秒速100mを超える竜巻を起こし、人々を自然や構造物もろとも撃砕せしめる。
大豪雨を以て10以上の河川を氾濫させ、かつての緑地を土色の濁流で覆い尽くし、小動物を溺れさせ、植物を横倒しにし、家屋を汚泥で茶に染め上げる。
超が付く低気圧で海を吸い上げ、風で波を巻き上げ、9mに達する高潮を作り上げる。防波堤も消波ブロックも、進撃する海そのものにはなんの効果もなく、市街地や工業地域は砂や瓦礫などを含んだ黒い海水で満たされていった。
その光景は、16年前に起きた、かの震災で発生した津波災害に酷似していた。
鹿児島県の沿岸は鹿児島湾の一部と化し、低層階に避難していた人々は犠牲となった。防災の指揮を執る鹿児島県庁は竜巻の直撃を受けて機能を失い、防災無線のスピーカーは飛散する瓦礫に叩き潰されている。
桐田が住んでいた軽量鉄骨のアパートも、倒壊した家の巻き添えとなって全壊した。
時が経つにつれ、日は昇っていき、温度もそれに連なり上昇していく。ヒトの平熱近くにまで温められた海水は次々と蒸発していき、台風の一部となる。
このサイクルが維持される限り、台風が死することはない。
既に広島原爆数百万個分のエネルギーを放出してきた台風第16号は、直径2580kmという驚異的な強風域を保ったまま驀進する。
これまでに起きた悲劇は、あくまで単なるプロローグ、序章に過ぎない。
台風が真の脅威を発揮するのは、まだ先のことであることを、九州の人々は知らなかった。




