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桜散る前に君と。

作者: 星野奏

春になると僕は思い出す。

あの頃の馬鹿みたいに笑いあった日々を。

あの春を、いつも思い出す。

あれは、儚くも美しい桜のような毎日だった。

桜が咲くころに出会い、そして桜が散るかのように早く過ぎていく。

これは僕の桜の思い出話だ。



『突然ごめんね。』『少し距離を置きたいからしばらくLINEしてこないでほしい。』

そう表示されているLINEのトーク画面を見つめる。

今の僕には何も弁解できる要素はなく

ただ『わかった。』

そう送るしかなかった。

春休みになってから話したいことが多過ぎて毎日のようにLINEしてしまったのがいけなかった。

思い返せば、段々短くなっていく返信、!や~などの記号が少なくなっていくこと、スタンプだけの返信になることに気が付くべきだった。

やっぱりこうなるんだ。

今となってはもう、手遅れ感満載で感謝も謝罪も出来ない。


もう、終わりにしよう。


春休みはまだ残っているが一気に手持ち無沙汰になった。

自己嫌悪に襲われながら、指折り時間を潰す毎日に嫌気がさした。

友人の誘いも全て断り、剰え心配してくれていた友人に八つ当たりをしたのだった。

そのせいで、数少ない友人と仲違いをしてしまった。

自分に残されたものは何も無い。

そう思い込むことでしか自分の中に渦巻く感情を抑えられなかった。

一人真夜中に取り残されたかのように錯覚してしまうほどの虚無感に襲われながら過ごす日々はもう、終わりにしたい。

諦めようそう思っても、どうしても忘れることができない諦めの悪さに腹が立つ。

だから、自分の人生を自分の手で終わらせることにした。



そんなことを書き殴ったルーズリーフを遺書代わりとして机に叩き付けて、ポケットにスマホと、カッターを突っ込んで家を出た。

時刻は十一時半だ。

こんな時間に外に出ることがなかった為、新鮮に思えた。

「空が綺麗だ...」

月明かりに照らされる道路に街灯や看板などのネオンの光が合わさりなんとも幻想的に見えた。

もうすぐ死のう。そう思ったときに限って世界が美しく見えてくる。

もう、こんな空を見るのは最後だ。

僕が自殺場所に選んだのは、河川敷だ。

かつての思い出が少なからずあるし、単に景色が綺麗だからだった。

ポケットに手を入れたまま、土手の芝を踏みしめてゆっくりと下っていく。

ここ数日間現実にバグが生じたかのように、彼女との会話や思い出がフラッシュバックする。

その度に自分が嫌になり、消えてしまいたくなる。

夜露に濡れた土手に身体を預けた。

今までの想い出を噛み締めるように思い出していく。

眼を閉じれば数少ない友人と過ごした教室の片隅や彼女と共に過ごした想い出が僕の人生のエンドロールのように流れていく。

一つ流れていく度に涙が溢れそうになる。

自分が全てを終わらせてしまったという無力さが僕を押し潰す。

手で顔を覆った。

あの景色も、教室の一場面も、LINEのトーク画面も全てが色褪せていく。

涙が溢れた。

ただ、全てを吐き出したかった。

喉の奥から声にならない程の嗚咽が漏れる。

誰かにこの思いを、感情をぶつけたかった。

爪が食い込むほど手を握りしめた。

でも、全ては叶わない。

もう、手遅れだった。



こんな僕も人の役に立ちたいそう思っていたことがある。

漫画やアニメのようなヒーローにあこがれたこともある。

颯爽と現れて誰かのピンチを救って去っていくそんなヒーローに。

そんなものは夢物語だ。

この世を理解したのは、僕が小4の時だった。

いじめを受けていた友人を助けようとして

「こんな事はやめろ」「謝れ」と

とクラスに聞こえる声で叫んだ。

今思えば彼からしたらただの迷惑だったのかもしれない。

偽物の正義感を振りかざしてヒーローごっこをする自分に酔っていたんだと思う。

次の日から標的は僕に変わった。

最初は物を隠される程度だったがそれが段々とエスカレートしていった。

僕も抵抗はした。

だが、気づいてしまった。

心底楽しそうに僕のものを隠して、壊して僕の事を殴打して罵声を浴びせる奴らに、面白がってもっとやれと囃し立てる奴、表面上では怖い、酷いと言いながらも口角を上げて僕らを見る奴、自分には関係ないと無視をして目を背けるやつ奴。

誰かに声を掛けて欲しかった。

たった一言で良かった。

そんなことすら叶わなかった。

ヒーローなんて所詮ただの幻想に過ぎなかった。

その日から僕はありのままの自分でいることをやめた。

偽りの仮面を被り、人の感情を探る毎日だった。

自分の感情に蓋をして、人の為にそう思い込むことでどんなことも耐えていた。



気が付くと深夜一時を超えていた。

ふと、スマホを見ると通知が五十件を超えていて半分以上が心配する親友からのメッセージだった。

思わず笑っていた。

「今の僕はお前が思ってる奴じゃないんだよ」

自分を卑下した乾いた笑いが夜空と傷だらけの心に反響する。

そう、僕なんかの存在を肯定させないように。

さぁ終わりにしよう。

ポケットからカッターを出して刃を覗かせる。

月明かりに怪しく光る刃は僕を不安にさせるには十分すぎた。

ゆっくり、ゆっくりと刃を出していく。

カッターを持つ手が震える。

これは恐怖じゃない。武者震いだ。そう思い込んだ。

少しづつ、少しづつ手首にカッターを押し付けていく。

プツンと皮膚がはじける感じがして血が滲みだしていく。

痛い。

痺れる様な痛みとともに傷口が熱くなっていく。

眼の奥が熱い。

涙が出そうだ。

僕には死ぬ勇気なんて無かった。

そんな時だった。

バチンッという乾いた音とともに左ほほに痛みが走った。

「え?」

ひりひりとした痛みよりも頭が追い付いていなかった。

目の前には肩で息をしているかつて親友と呼べるたった一人の友人の天野晴馬が立っていた。

「痛ぇな...」

目も合わせることなくてそう呟いた直後に不意に視界が揺れた。

胸倉を掴まれている事を理解するのに少しの間があった。

「お前...いい加減にしろよ...」

息も絶え絶えに僕に告げる彼は二発目のパンチを僕に食らわせた。

僕の胸倉を掴んだまま話すことなく叫んだ。

「いい加減目覚ませよ!お前が死んで何になるんだよ!」

何回も何回も僕の胸に叩き付けるようにゆすぶる彼の声は段々と涙声になっていった。

何で晴馬が泣きそうになっているんだろう。

「何で...」

ゆっくりとかすれた声で告げる。

「何で...お前が泣いてるの?」

それは僕が発したことのない程に低く冷たい声だった。

彼の答えを待たずに僕は続ける。

「お前が死んだら何になるだって?何が言いたいんだ?じゃあ僕が生きてて何になるって言うんだよ!また、いじめの標的にされるのか?裏切られるのか?見放されるのか?絶望されるのか?どうなるんだよ!言えよ!言ってみろよ!お前に何がわかるんだ!」

今まで思っていた「死んだら駄目だ」なんて言葉に対しての怒りややるせなさが声になって口をついて出た。

胸倉を掴まれたまま僕は彼を睨みつける。

これが、ただの八つ当たりだってことは分かっていた。

今まで作ってあった心の壁をたった今自分で壊したんだ。

彼に感情に任せて言った事を境に壁は崩れ去ってしまった。


あぁそうか。

僕はずっと誰かに話したかったんだ。

辛さを苦しみを悲しみを全てを聞いてほしかったんだ。



「お前はなんでそんなに死にたがるんだ?」

彼の問いに僕はすぐに答えられなかった。

「僕なんかに生きている意味がないから...」

そうは言ったものの声は擦れて、声になってなかった。

限界だった。



我慢して、笑って、周りに合わせて空気を読んで、言葉を吞んで、全てを耐えて飲み込んだ心がゆっくりと溶けていく。

一人で暗く冷たい黒い感情に堕ちた心が救われていく気がした。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

その声は自分で出そうとしたつもりはなく、止めようとしても止まらなかった。

涙が溢れて、僕はその場に崩れ落ちた。



「落ち着いたか?」

ついさっきまで疎ましく思っていた声が、今ではとても嬉しかった。

そう思いながら、ほいっと投げ渡されたペットボトルを見つめる。

「話しできるか?」

その問いかけにうなずくことしかできなかった僕を見て彼は続ける。

「話せるまで待つから、ゆっくりでいいよ」

そう言ってくれたから、僕は話すことができた。

自分の行いで全てを手放した、手放さざるを得なくて自己嫌悪に苛まれて自暴自棄になったこと。

ポツリポツリと話し始めた僕に彼は優しい瞳を向けていた。

ある程度話したところで彼は言った。

「そうやってお前が悲しんだり、辛くなるのは優しいからだよ。」

そう言った彼には微笑みが浮かんでいた。

「自分の行いを悔いて、人の気持ちを理解するから自分の事が嫌いになるんだろ?」

違う?とでも言いたげに首を傾げる彼を見る。

図星ほどではないが、自分の事が嫌いになる理由は全くと言っていいほど当たっていた。

自分が優しいというのは全く思っていなかったが、人にやられたらどう思うかを想像してそれをしてしまった自分が嫌いになっていた。

しかも、そう言って彼は続ける。

「いつだか忘れたけどさ、何もかもが怖い。全てが嫌。って言ってきたことあったじゃん?」

そんなこと微塵も覚えていないが一応頷いておく。

「あの時人の為に動けない自分が嫌、人に嫌われるのが怖い、一人になりたくないって言ったの覚えてるか?」

そう言えば、そんな話をしたこともあったかもしれない。

曖昧な返事だったが辛うじて返す。

「うん...」

か細い自信のない声だったが彼には聞こえたようだ。

「あの時人の為に動けない自分が嫌だって言ってたけど全然違うからな?」

言い終えた彼はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

続けざまに、何を思い出したのかふふっと吹き出して彼は続けた。

「わざわざ関係ない奴のこと庇ったりして、自分から矛先を向けさせて自分にだけヘイトが来るようにしてるし、自分から嫌われに行って一人になってるしコイツ馬鹿かって思ったよ」

さっきとは打って変わってしみじみと嚙み締める様な笑みを浮かべながら更に続ける。

「でもさ、自分を差し置いて人の事を考えられるほどお前が優しかったからあんな行動できたんじゃないかって俺は思うよ」

まただ、止まったと思った涙が溢れてくる。

そんな僕を見るや否や彼は困ったように笑って

「大丈夫、思う存分泣けばいいさ」

ああ、こんなにも近くに優しさがあったのに自ら拒んでしまったのか。

親友だと言ってくれた唯一無二の存在を疎ましく思ってしまったのか。

僕はなんて馬鹿だったんだろう...

「ありがとう...」

消え入るような声でたった一言そう呟いた。

それが、届いたのか彼は困った顔をして笑っていた。




大事に思ってもらえていたのに、自分は勝手に「思われていない」そう決めつけていた。

どんなに愚かだったか分かった。

そして、どれ程大事に思われていたかわかった。

それなのに、僕は自ら全てを捨てようとしていた。

自分だけが、そんな浅はかは思いを抱いていた自分に嫌気がさす。

曇天の中に一筋の光が射し込むが如く、彼の優しさはこんな僕の暗く、黒く凍てついた心を溶かしてくれた。

大切だから、その一言だけで救われた。




「そういえばさ、晴馬はなんで僕のいる場所がわかったの?」

「え?勘だな、多分」

あっけらかんと笑う彼に対して若干、背筋が冷えたがどれもこれも心配と優しさの延長線だと思えば有難い限りだ。

そんな事をしみじみと考えていると急に彼が立ち上がった。

不覚ながら驚いて僕も釣られて立ち上がってしまった。

「あ!」

「急に何?!」

「いやー、久しぶりにお前に名前呼ばれたなと思ってさ」

「そんなことないでしょ」

実は、気付いていた。

と、言うよりも敢えてそうしていた。

あんな事になってる状況で、人の名前なんて軽々しく呼べるはずがない。

どうしても、呼ぶ気になれないときはあるだろう?あると信じたい。

「じゃあ、こっちも呼ばなきゃ無礼に当たる!」

急に声色を変えて宣言をする晴馬を見て、口角が上がる。

「久しぶり、翼」

何だかくすぐったかった。

僕の名前を呼んだ晴馬は、「ほれ」と言って手を差し出してきた。

僕には一瞬反応できなかった。

首を傾げた僕に「握手だよ、ほら、早く」

そう言って急かした。

「あ、ごめん急だったから」

「じゃあ、もう一回やってやるか」

そう言って、晴馬はまたも僕に手を差し出す。

再び差し出された手を僕は、迷うことなく握りしめた。

「それでこそ、俺の相棒だな」

照れる様子もなくそんなことを言う晴馬に僕のほうが恥ずかしくなってしまうほどだった。

「これからもよろしくな、翼」

暗く澱んでいた視界が開けた。


僕の視界に一気に色彩が蘇った。

僕が自ら捨てようとした世界はこんなにも清々しく、綺麗な色をしたいたのか。

すぐ傍にあった優しさを僕は、手放そうとしていたんだ。

なんて愚かなんだろう。

でも、今ならわかる気がする。

晴馬が、みんなが僕に言ってくれた言葉の意味が。



「やべぇ!今何時!?」

晴馬の叫び声で、僕は現実の現実に引き戻された感覚になった。

「今、3時半…」

僕がスマホを見て時間を告げる。

お互いに目を合わせた。

多分晴馬が思ってる事と僕が思っている事は一緒だろう。

「「帰らないと!!」」

二人合わせたかのように同じ言葉を発してしまった。

急いで帰り支度をして僕らは時に笑いながら、猛ダッシュで帰路についた。

晴馬は律儀にも僕の家の前まで送ってくれた。

結局家に着いたのは空が明るくなりかけている午前4時前だった。

家に帰った後二人共親からこっぴどくしかられたのは言うまでもない。



そんな事があった日の昼時に晴馬からLINEが一件来た。

『今からカラオケ行かない?』

そんな誘いだった。

前にも誘われていたが、全て断ってしまったのでそれの埋め合わせだろうと思い僕は、二つ返事で承諾した。


晴馬と交互にアニソンからポップスまでひとしきり歌い終わった後に、互いに歌いつかれてドリンクバーに付いていたソフトクリームを二人食べながらしばしの休憩をしていた。

その時晴馬が何か言いたげに何度か口を開いては閉じるを繰り返していた。

僕は、その晴馬の奇行を不思議に思い何がしたいのかを尋ねてみた。

晴馬は、悩みに悩んでやっとこう口にした。

「お前と佐倉さんの関係ってどうなった、の…?」

恐る恐る尋ねる彼の声が面白くて少しだけ笑ってしまった。

「いや、とくに何も無いんだけど」

可笑しくて、涙が出るほど笑っていたらしく目を軽く拭う。

それを見た晴馬は一気に険しい顔をした。

「何も無いってお前何したんだよ」

まだ笑いの余韻が残っているのか、ククッと声を出しながら答える。

「えーっとねぇ、春休み滅茶苦茶話したいことあってLINEしすぎたー」

笑いを堪えながら、要点だけをまとめて晴馬に伝えた。

少しだけ胸のあたりが痛んだ。

なぜ自分が笑っているのかもわからないまま笑い続けた。

それなのにどうして、こうも涙が溢れるのだろう。

自分で言っていて自分でダメージを受けた僕も僕だが、晴馬の顔を見てそんな罪悪感の塊のような表情をするなら聞かなければいいと思うのは僕だけだろうか。

「なんて言われたの?」

「なんて?」

「いや、そのLINEし過ぎた時?」

「ん…」

自分で説明するのも嫌になって実際に送られてきたメッセージを見せる。

「あー、これは、うん」

晴馬は、何とも言い難いと頭を抱えて唸った。

「なんで晴馬がそんなに悩むんだよ」

「いやだってよ、親友の恋路を悩むのは親友の役目だろ?」

カッコいいことを言ってはいるが、ほぼほぼ無関係の晴馬を巻き込むのは気が引けた。

でも、少しだけなら話してみてもいいと心のどこかで声がした。

「でも、しょうがないよ自分のせいだしさ」

不服そうな顔をして彼は僕を問い質す。

「お前はそれでいいのか?」

「…いいよ」

再び彼は同じ質問をした。

「もう一度聞くぞ?本当にそれでいいんだな?」

さっきとは、さっきもすぐ答えられていたわけではないが間髪入れずに答えることができないでいた。

すぐ答えられないのがどうしてなのかわからなかった。

その理由もバレていたみたいだった。

「すぐに答えが出ないってことは心のどこかでまだ引っかかってることがあるんじゃないか?」

図星だったとでも言うべきなのだろうか、驚きで心が跳ねた。

やっぱりと言いたそうに晴馬は首を竦め、ため息をつく。

「これが最後だ。よく考えて答えてくれ、本当にこれでいいんだな?」

これでいい、はずだ。

迷惑かけたんだからこうなっても仕方なかったんだ。

なのにどうして、胸が締め付けられるように痛むんだろう。

これでいい?どうしたい?そんな事が頭の中でグルグル回っていた。

「…良くない」

「え、何?」

「よくない気がする、これで終わりなんて」

その答えに晴馬は頬を緩めた。

「良くも悪くも粘り強くしつこいのがお前だからな、それでいいんだよ」

にこやかに貶すんだか褒めるんだかわからないこと言ってきた。

でも、これはこれで悪い気はしない。

実際伝えたいこと、謝りたいことがあったがわざと忘れるようなふりをして自分のせいだと思い込むことでこの思いを抑えていた。

「良くないとは言ってもどうしたいんだ?」

「最後に…」

「最後?」

「最後で良いから伝えたい、僕の気持ちを」

「それでこそ、翼だ」

そうと決まればさっそく連絡しやがれ!と強引に僕のスマホを操作しようとする晴馬を全力で止めて一番上にあるLINEのトーク画面を開く。

震える指でひとつひとつ丁寧に文字を綴っていく。

読んでも不快に思われないように、それでいて堅苦しくなく。

『佐倉さん、突然LINEしてごめんなさい。最後に伝えたいことがあって今日お時間ありますか?』

返信が来ない可能性もあったはずなのにどうしてあんなことができたのだろう。

今思い返しても不思議だ。

佐倉さんが既読がついたのは、カラオケでLINEをしてから2時間程が経った時だった。

返信はたった一言で、

『わかった、前のところで待ってる。』

と送られてきた。

謎の動機に手の震えが止まらなかった。

多分あの感情は不安だと思う。

寒くもないのに体までも震えていた。




急ごう、最後に伝えるんだこの想いを。

晴馬と別れて、思いっ切り自転車のペダルを踏みしめる。

ギアを最大まで上げて、ただひたすらに漕ぎ続けた。

10分程して、いつもの場所へ。

桜が綺麗に咲き誇る公園に到着した。

ここで彼女と二度ほどあって景色を眺めたことがあった。

過去二回とも座っていたベンチに腰を掛け辺りを見回した。

彼女はまだ来ていないようだった。

俯いたまま、ベンチに腰を掛け少しして背後から公園の砂利を踏む音が聞こえてきた。

僕はゆっくりと顔を上げた。

僕が片想いをした佐倉小春がそこに立っていた。

僕は慌てて立ち上がり、

「急に呼び出してごめん」

そう言って頭を下げた。

彼女は何でと言いたげな顔をしていたが、「大丈夫」と答えた。

「桜、綺麗だね…」

「うん、そうだね」

中々本題が切り出せず、無駄なことばかり話してしまう。

そんな時彼女が口を開いた。

「今日はどうしたの?最後とか言ってたけど…」

「佐倉さん、いや、小春」

急に下の名前で呼ばれたことに驚いたのかこっちを向いて首をかしげていた。

だが、彼女も察したようで「うん」とだけ言った。

僕は暴れる心臓を押し付けて、深く息を吸い込む。

「迷惑かけて、ごめんなさい。」

声が声になって彼女に届いたのかすらわからないほど僕の声は震えていた。

思いっ切り頭を下げて、彼女に謝罪をした。

だが、彼女はキョトンとして「どうしたの?」と言っていた。

「僕が春休みLINEとかしまくっちゃって、ずっと謝りたくて…!」

「最後のほうは少しあれだったけど楽しかったよ、私も話してて。」

これで終わり?と問いかける彼女に最後はスパッと終わらせたいそう言って最後に想いだけを伝えることにした。

「佐倉さん、中学三年間貴女の事が好きでした!今までありがとうございました。」

「これで僕のことは忘れてもらっていいです、さようなら…」

それだけを告げて、僕は彼女に背を向けた。

悔いが残らないようにしたつもりだ。

後ろ髪が惹かれるなんてこともないはず。

「うん、ありがとね…」

そう答えた彼女の声は少しだけ涙声だった。

「どうして…」

気が付けば僕の目からも涙がこぼれていた。

どうしてだろう、もう泣かないと思っていたのに。

涙に濡れたほほを優しい春風が桜の花びらと共に吹き抜けていく。

「忘れないよ…」

暫くの間を彼女の呟きが破った。

「忘れたくない…」

涙をぬぐいながら彼女は僕に問いかける。

「どうして、忘れなきゃなの…?」

彼女の懇願するように泣きじゃくる姿は罪悪感が芽生えた。

俯いたまま何を答えればいいかわからない僕に彼女の言葉が胸に響く。

「ありがとう…」

諦めたように囁いて背を向けた彼女を本能のまま追いかけていた。

一歩踏み出すたびに、視界が歪んでいく。

でも、その中でしっかり輪郭を保っている彼女の背中を我武者羅に追いかけた。

「小春!」

彼女の背中に大声で呼びかけた、一目なんて気にしていられなかった。

振り返った彼女は涙が流れていることも気にせず優しく微笑みかけてきた。

「なに?」

微かに声が震えていたがいつもの優しい声だった。

「僕は、ずっと佐倉さんの事が好きでした!いや、今も好きです!」

最後の言葉だけがなかなか出てこなかった。

のどを抑え、息を吸い最後の言葉をゆっくりと声にしていく。

「僕と付き合って下さい。」

答えも知っている。迷惑をかけていることも知っている。

それなのに、言わなきゃいけなかった。

自分の気持ちに噓だけはつきたくなかった。

「ありがとう、翼…」



僕の思い出話は毎回ここで終わる。

この後何をしたのかどうなったのか全く覚えていなかった。

でも一つだけ言えるのは、僕は生きててよかった。






皆さん初めまして。

星野奏と申します。

この度は数多くの作品の海の中からこんなぽっと出の稚拙な小説を読んでいただきありがとうございました。

この小説は中3の春休みにあった出来事から着想を得て執筆を始めました。

ですが、うまくいかない日々…

高校に入学してからもほぼ手つかずの状態の作品でした。

ですが今回書き上げることができたのは、あるクラスメイトとの約束があったからです。

その約束だけを果たしておきたかったのです。

ここですることでもないと思いますが、

今までありがとう、君のおかげで僕は高校で楽しめたよ。

そして、ごめんなさい。

どんなことがあっても見捨てないでいてくれたのに、自分から拒んでしまって。

これが僕が君に送る最初で最後の小説です。

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