4話
いつまでこうしていようか。
暖かくて、優しくて、どこか懐かしい姉の包容は、きっと俺にとって一番必要なものだったんだ。
たくさん我慢していたんだ。
たくさんたくさん。
だからいいだろ、少しくらい。
彼女の時間を奪っても。
「………有弥」
ああ、もう終わりかな。
そりゃそうだ。
高校生にもなって、姉の胸元から離れない弟なんてどうかしてる。
何を話したらいいか分からないから、返事はできないけど、そっと離れた。
顔は背けるよ、見せられないし、見られない。
「……………ごめんね」
優しい姉の言葉。
何に対する謝罪なのかは分からない。
距離を置いていたこと?
自身がリッキーだったこと?
それとも告白への返答だろうか。
どれでもいい、とにかく気恥ずかしくて逃げたいのに、甘え腐ってしまった負い目から逃げられない。
「………ね、有弥?」
やだよ、のぞき込まないでよ。
俺だって男なんだ、意地もプライドもある。
そんな顔で見ないでくれ。
あっ、笑ってる。
「………フフ、ちっちゃい頃に戻っちゃったの?」
思い出した。
あれは俺が幼稚園児の頃だろうか。
姉ちゃんが誕生日に貰ったオモチャを、俺が欲しい欲しいとねだった時、姉ちゃんは笑顔で渡してくれた。
けどこれは姉ちゃんのだって、父親に怒られていじけて泣いた時だ。
布団にくるまってグズグズ言ってたあの時も、ずっとそばで撫でていてくれた。
あの頃から何も変わってないんだな。
記憶と共に恥ずかしさが限界に達し、反対を向いてスマホ片手にイヤホンを挿した。
もういいだろう、勘弁してよ。
どうせ俺の気持ちなんて全て見透かされているんだ。
もう伝わってないことなんてない。
俺は姉ちゃんが大好きです。
家族としても女性としても。
仕方ないじゃないか、そうなってしまったんだから。
いつか貴女も言っていたよね、好きなもんは仕方ないって。
だからもう許してよ。
「……………もう、でも良かった」
聞こえているよ、音楽なんか流してないからね。
何が良かったのかもわからないけど、聞いてるだけで安心するんだ。
姉ちゃんの声は。
「…………背中、おっきくなったね」
うん。
いつのまにか、姉ちゃんより大きくなったよ。
なのに甘えてごめんなさい。
「お父さんみたい」
うん、たぶん父さんと同じくらい大きくなったね。
「聞いてる?聞こえてないか」
イヤホンつけてるからね、聞こえてるけど。
「ねえ……………」
なに?姉ちゃん。
「………………まだ………好き………?」
…………………………………
………………………………………えっ?
パタン
振り向いたらもう、姉ちゃんはいなかった。
ほのかに、甘い香りを残して。
読んで頂きありがとうございます。
これで一章「月の帳」は終わりです。
次話から二章「怪物」になります。
内容もやや、過激なものになっていきます。




