3話
「あの日」から俺の日常は大きく変化した。
家にいても学校にいても無味無臭の日々。
生活の中でたまに視界に入る彼女も、とても無機質なものに見えた。
お互い部活だ受験だで忙しいのもあって、俺としては理想的に進んでいると言える。
あの記憶が徐々に薄らいでいく感覚もあって、楽になりつつあった。
彼女は、きっと俺のことを「可愛がってあげたのに裏切った最低の弟」と捉えているだろう。
それでいいのだ。
彼女の家族を1人奪ってしまったことは本当に申し訳ない。
だが、彼女がしっかりと割り切って俺を突き放してくれているおかげで、彼女自身は進むべき道へ進めているはずだ。
いつか遠い未来で「あんなこともあったね」と笑いあえる日がくる気だってしている。
最近ロードナイトをまたプレイしはじめた。
ゲームとしては最高に面白いし、共に遊ぶプレイヤーは「リッキー」だけではない。
もちろん俺のキャラクターは「Hollyhock」だ。
キャラクターも変えず、堂々とゲームにログインできるようになったのも、彼女のおかげだ。
考えてみるとこうだ。
自身を異性として見ていた気色の悪い弟と、トラウマ級の事態を引き起こした原因となったゲームを再びプレイしたいと思うだろうか?
否。
彼女には酷な話だが、俺という家族を1人失った代償として、「リッキー」という存在を生け贄に捧げてもらったのだ。
リッキー………いい奴だった。
今はそう思える。
案外、新規で作った別名のキャラクターで遊んだりしているかもしれない。
ゲームとしては本当に面白いし、リッキーは俺と並ぶほど上手かった。
きっとそうしているんだろう。
今日も俺はロードナイトで時間を潰している。
どこか物足りなさを感じながらも、スリリングなゲームを数プレイこなして気分は上々だ。
さて、もう1プレイいくか。
システム「フレンドのリッキーがログインしました」
うん。
間違えたんだね。
間違えて古いキャラクターでログインしちゃったんだね。
あるある。
受験勉強の息抜きもしたいけど、疲れてるからね。
リッキー「いる?」
待て待て。
待て。
アカウントも間違えて、チャット送る相手も間違えたのかな?
さすがにそこまで疲れてはないだろ…………
……………………
リッキー「おーい」
…………………………怖いなぁ
なんだろう。
Hollyhock「はい」
リッキー「あ、いた」
………………………………
リッキー「久しぶり」
Hollyhock「はい」
リッキー「はいしか言わないのか?笑」
…………………………………
Hollyhock「なんですか」
リッキー「遊ぼうぜ」
………………………………
Hollyhock「あの」
リッキー「ん?」
Hollyhock「俺は大丈夫です」
リッキー「俺が大丈夫じゃないんだよ」
Hollyhock「なにがですか」
リッキー「なんでもいいだろ」
…………………………………………
Hollyhock「勉強で忙しいでしょう」
リッキー「おい」
リッキー「俺はリッキーだ」
リッキー「お前の姉とは関係ない」
リッキー「遊べ」
………………………………
受験のストレスでおかしくなってしまったんだろうか………
システム「リッキーからチームへ招待されました」
システム「参加/拒否」
………………………………拒否だ
リッキー「だめ?」
くそっ
システム「リッキーのチームに参加しました」
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チュイイイイイン、ドドドン、シュイーン
ギュアアアアア、パパパパパパパ
リッキー「HH、道出して」
Hollyhock「はいはい」
リッキー「後ろ」
Hollyhock「おっけー、弾ある?」
リッキー「ない、やば死ぬ」
Hollyhock「行くわ」
リッキー「助かった」
Hollyhock「どんまい」
リッキー「おまえ腕あげた?」
Hollyhock「おまえがいない間にな」
リッキー「すぐ追いつくよ」
Hollyhock「無理無理」
リッキー「次いくぞ、見てろよ笑」
気付くと、以前のようなノリでチャットしている。
ああ、楽しい。
リッキーが帰ってきた。
やっぱ俺たち息ピッタリだな、リッキー。
そりゃそうだ。
2人でいくつもの戦場を駆け回ってきたんだ。
そんな簡単に切り捨てられないよな。
なあ、リッキー。
なあ………………
なんで………………
なんでおまえ……………………
姉ちゃんなんだよ…………………………
なんで………………………………
「うぐっ…………うう……………ぐっ……」
チュイーン、ドーン、パパパパパパパ………
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
リッキー「はー遊んだな」
Hollyhock「ああ」
リッキー「眠くなってきたな、寝るか」
Hollyhock「そうだな」
リッキー「明日も、いるか?」
Hollyhock「どうだろ」
リッキー「いろよ」
Hollyhock「まあまた、会えばな」
リッキー「そうだな」
Hollyhock「ああ」
リッキー「おやすみ」
Hollyhock「おやすみ」
…………………………………
リッキー「寝ないのか?」
Hollyhock「お前は?」
リッキー「もっかいやるか?」
Hollyhock「いや、もういい」
リッキー「そうか」
……………………………………………………
リッキー「なあ」
Hollyhock「ん?」
リッキー「もう、気にすんなよ」
………………………………………………………………
リッキー「お前の姉ちゃんもさ、気にしてないよ」
Hollyhock「そんなわけないだろ」
リッキー「なんでわかるんだよ」
Hollyhock「だって」
…………………………………………………………………………
Hollyhock「気持ち悪いだろ」
……………………………………………………………
リッキー「そんなことないよ」
…………………………………………………………
リッキー「ごめんね」
………………………………………………………………
Hollyhock「こんな弟でごめん」
……………………………………………………………………
ガチャっ
突然開いた扉の向こうに、立っていた。
顔を見たら分かった。
それは、姉ちゃんだった。
俺がずっと大好きだった姉ちゃん。
目を腫らしてる。
泣いてたの?
辛いの?
なら
そんな優しい眼で俺を見つめないで。
貴女の幸せを願っているんだ。
嘘じゃないよ。
でも、最後にするから
今だけは
俺のお姉ちゃんでいてね。
ごめんね。
彼女の胸に飛び込んで、ワンワン泣いた。
そっと頭を撫でてくれた。
昔のように。




