36話
36話
吉田と過ごす時間が増えた。
学校で、部活で、放課後も。
色んな意味で俺のことをよく知ってくれている、理解者だ。
同じ学校の同級生で、クラスメイトで、部活も隣同士。
一緒にいることが不自然じゃなく、自然と距離も近くなる。
友人から
「おまえら付き合ってるの?」
なんて聞かれる始末だ。
休日もよく一緒にバスケした。
彼女は明るくて、よく笑う。
最初河川敷で話した時のオドオドした印象とは全く違う。
生き生きとした表情で、俺を見つめる。
吸い込まれそうなほどーーーーーー
最近は、河川敷の地縛霊も現れなくなった。
成仏したんだろうか。
吉田と俺の会話を、聞かなくていいのかな。
逆に家では自然と話すくらいになった。
「私を捨てて良い子見つけちゃったみたい」
なんて冗談気味に母に零すくらいだ。
色々吹っ切れたのかもしれない。
……………………………………………………………
でも
俺は。
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今日も吉田と一緒に下校して、家に帰る。
うちの前で手を振りながら別れる。
端から見れば付き合ってるようにしか見えないだろう。
その様子を玄関を掃いていた母が見ていた。
「おかえり」
「……ただいま」
「………例の彼女?」
「そうだけど、"彼女"ではないかな」
「………ふうん、可愛い子ね」
「………………………」
黙って家に入る。
なんとなく、後ろめたい感じだ。
なんだろう、母にとっては良いコトでしかないはずなのに。
心なしか母も、そう嬉しそうには見えなかった。
その晩ーーーーーーー
彼女は食卓には現れない。
最近食事を部屋に持っていくことも多いそうだ。
「ーーおかわりも出来ないのにねぇ」
「………大丈夫かな?」
「……ま、ラストスパートの時期だしね」
「………普段は元気そうだけど」
「空元気よ、あんなの」
「そうなの?」
「あんたに余計な心配かけたくないのよ」
「……………………………」
「あっと、これこそ余計なコトだったわ」
「……いや……………」
「………………こんなこと言うのはなんだけど……」
「……ん?」
「たまには、声かけてやって」
「あ、ああ」
………………………母がそんなことを言うなんて。
よほど元気がないのだろうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
コンコン。
「…………はい、置いといて」
「……………あ、あの……俺なんだけど」
………………………………………返事がない。
「……………邪魔してごめん、ちょっと……話したくて」
「………………………ちょっと待って」
…………………ん?
何やらカチャカチャと音が聞こえる。
…………………………………………………
……………………………………………………
な、長いなっ
なにしてんだ……………………
……………………………………………………
ガチャ
「お待たせ」
「あ、ああ」
……………………久しぶりに顔を合わせた彼女は
なんというか、少し痩せた?
………いや、やつれた?
目の下のクマもすごい。
サラサラだった髪の毛も……枝毛まみれでボサボサだ。
一瞬、別人かと疑うほどに。
「……………なに?……入らないの?」
「………あ、いや、お邪魔します」
「……………………………」
部屋に入ると、色々なものが目に入る。
机の上でボロボロになった参考書、ノート……
雑に袋にまとめられた栄養ドリンクのビン……
ゴミ箱の中にはティッシュが山盛り…………
カーテンも開けず、薄暗い部屋の中に
小さな照明だけが勉強机を照らしている………
……………………ラストスパートとやらはここまで追い込んでやるものなのか……?
…………………………………………………
彼女は黙って、再び机に向かう。
…………………………………カリカリ……………
「……………………………………………」
「……………………で、どうかしたの?」
「………いや………最近顔見てなかったから…………」
「……………………………」
「元気かなって……………それで……」
「………………………ふーん……」
「……………………………」
……………………あんなに、姿勢の良かった姉の背中は…………
丸まって……………とても小さく見えた。
不憫になるほど…………………
なにか話をしにきたのに………
何を話したらいいのかわからない………
……………………………………………
「……………………最近どうなの?」
「………………どうって?」
「…………………ほら、あの子と」
「…………………………」
「……………………ん?」
「…………………俺の話はいいよ…………」
「…………………………ふふっ」
「…………………………なにがおかしいの?」
「………………だって………私は見たら……わかるでしょ?」
「………………………」
「………………今はこんな生活だもん………話すことなんて………」
「………………………そっか……」
「……………………………」
彼女は座ったままクルッと振り向く。
「………………心配いらないよ」
「…………う、うん」
「…………私だって、大学で素敵な彼氏作るんだから」
「…………………そ、そっか」
「一番に紹介してあげる」
そう言ってニヤっと笑うと、またクルリと回って机に向かう彼女。
…………………………………カリカリ……………………
「……………楽しみだなー」
「…………………………」
「優しくて恰好よくて………背が高くて………」
「…………………うん…………」
「休日は車であちこち連れてってもらって…………」
「…………………うん………」
「…………あっ、日本人じゃないかも」
「……………………………」
「国際科で……交換留学生もいるから」
「…………………うん………」
「……………楽しみだなぁ……大学………」
「…………………そうだね……」
………………………………………………………
「………………………それでどう?聞かせてよ」
「………………ん……」
「もう……付き合ってるんでしょ?」
「………………いや……………」
手を止めてこちらをジロリと見る。
「……………なんで……?」
「………………な、なんというか……その……」
「…………………………」
再び机に向かう。
「……………あんまり女を待たせるもんじゃないよー………」
「………………それは………耳が痛い」
「……………彼女の気持ち、分かってるでしょ?」
「………………うん」
「……………良い子じゃん、何が不満なの?」
「…………そんな………不満なんて………」
「……………じゃあ………悲しませるようなことしちゃダメだよ………わかった?」
「……………はい……」
バタン。
…………………………………………………………………
なんだろう………………彼女の様子を見に行ったのに、色々と説教されてしまった。
……………うん、姉ちゃんだ。
たぶん、俺たちの間に何もなかった頃の、姉ちゃんだった気がする。
ただ………………………なにか無理をしているような………
そんな……気はした………………………




