35話
夜。
窓を開けっ放しにしておくと肌寒い。
そんな季節になってきた。
ブブッ。
ん、LINEだ。
吉田「こんばんは」
……………そう言えば交換したな。
ゆ「こんばんは」
よ「起きてましたか?」
ゆ「うん」
よ「良かった、あの」
ゆ「?」
よ「私、シューズ買い換えようと思ってて」
ゆ「おー」
よ「もし良かったらーーーー」
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翌日、駅前のスポーツ店に吉田といる。
「これ……どうかな?」
「ん……………これはハイカットだな、たぶん吉田は小回りの効くローカットがいいよ」
「そ、そうなの?」
「うん、ハイカットは足元が安定して踏ん張りが効くけど………吉田は機動力を活かせるように足首は開いてた方がいい」
「…………立花くんはハイカットだよね?」
「…………俺は中に入ることも多いから……」
「………そうなんだ………じゃあ……こっち?」
「んーこれは……………」
一通り見て、決まった。
ローカットだが、俺のシューズと同じメーカーで同じカラーリング。
本当は隣のやつがオススメだったが、どうしてもこれがいいと。
とても気に入って喜んでいる。
……………ま、いいか。
なんか可愛い後輩が出来たみたいだな。
同級生だが。
「あ、あの…………」
「ん?」
「このあと…………時間ある?」
「あ、ああ」
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駅前のベンチに座って2人でクレープを食べる。
彼女の奢りだ。
今日付き合ってくれたお礼らしい。
別にいいのに。
「………美味いな」
「でしょ?……良かった」
はにかんだ笑顔。
本当に良い子だ。
なんというか、もったいない。
「…………………ちょっと……さ」
「ん?」
「………………話………あって」
……………………………………………
そんな顔を真っ赤にして、話すことなんて…………
「…………………実はずっと前から………」
……………うん。
気付いてたよ、そこまで鈍感じゃない。
だから「もったいない」んだ。
「……………立花くんを見てて……」
「吉田」
「えっ?」
「……………吉田は、可愛いよ」
「………………えっ……」
「……………だから、こんなヤツじゃなくて、他にしときな」
「………………………」
「……………………帰ろう」
「………………言わせてもくれないんだ」
「………………………」
「…………………そんなに………」
「……………ん?」
「そんなに……あのお姉さんがいいの?」
……………………は?
……………何言ってる?……………
「………………どういう意味だ?」
「…………………私、知ってるよ」
……………………………………………………
なんだ……?なにが起こってる?
何を知ってる?
…………………………コイツ………
「……………直接、話したから」
……………………………………………
なに?
話した?姉ちゃんと?
………………………………………………
ゆっくりとベンチから立ち上がる彼女。
「……………………私、諦めないから」
「……………………………」
「…………だって間違ってる、そんなの」
そう言い残して、去っていく吉田。
…………………………………………………
頭がヘンになりそうだ。
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気付けば、姉の部屋で、姉に詰め寄っていた。
「ーーーーー何とか言ってくれ」
「…………………」
「なにを話した?吉田に」
「………………………………」
「………………学校にいられなくなるぞ」
「………………………別に……いいよ」
「……………………」
…………………………本当におかしくなってしまったのか?
こういう周囲を巻き込むようなやり方は、アンタも嫌いなハズだ。
「………どうして……………こんな……」
「……………もう……やめて」
「………………説明してくれ」
「………………………勉強しなきゃ、出て行って」
「……………………………」
バタン。
くそっ。
なんなんだ。
……………………俺は別にいい。
どんな噂が広まっても。
姉が好きだったって公言したっていいさ。
飄々とやりすごしてやる。
………………………でも、アンタは違うだろ。
大事な受験前に変な噂が広まって良いコトなんかない。
…………………………くそっ。
くそっ!!
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部活中、体育館。
一通りのメニューを終え、ボールをまとめて倉庫へ片付ける。
1年生が交代でやる仕事だ。
「あっ……………」
「ん…………」
吉田とバッタリ会う。
彼女も片付けで来ていたようだ。
女子バスケ部とは体育館を共同で使っているので、別におかしくはない。
部活中の彼女はまた印象が違う。
Tシャツにハーフパンツ。
バスケ部のスタンダードな練習着だ。
あの大きな眼鏡は外して、コンタクトにしているのだろうか。
栗色のサラサラとしたショートカットの髪。
………………………………
「……………なに?」
…………………おっと。
気付けば目で追ってしまっていたらしい。
…………節操のない男だ。
「……………いや、また印象違うなって」
「…………………なにそれ」
「ごめん」
「…………………振った女に、用なんてないでしょ」
「…………………………」
…………………………用はある。
ダンマリを決め込む姉は何も吐く気配がない。
吉田には吐いてもらわないと困る…………それに
どこまで聞いたのか知らないが、口止めもしたい。
彼女が悪意を持って広めるとは思えないが。
「…………………あの……さ」
「言わないよ」
「………………………………」
「…………そんな悪趣味じゃない………心配しないで」
…………………………………………
俺の周囲の女性は、読心術でもあるのか?
「……………………そうだ」
「ん?」
「……………口止め料、もらわなきゃ」
……………また雲行きが………………………
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今日は休日、部活も休みだ。
俺は吉田と、大きめの運動公園に来ていた。
コンクリのコートにゴールリングのあるコート。
朝からそこで彼女と汗を流す。
どうやらこれが「口止め料」らしい。
「あっーーー」
「向き合った時に視線が泳いでる、だからこうして抜かれる」
「かなわないなぁ」
「………ま、キャリアだよ、俺小学校からやってるし」
「ううん、才能だよ」
「それもある、かな」
「ははっ……自信家だね」
…………あまり謙遜すると、また誰かに皮肉を言われそうだからな。
しかし……………
今日の吉田は、ノースリーブにタイトなスパッツで来ている。
小柄なのであまり気にしてなかったが…………
出るところはちゃんと出てるんだな。
ま、まあ女の子だし………な。
「………少し休むか?」
「うん」
コート脇のベンチに腰掛けて、2人でスポーツドリンクを飲む。
向こうのコートでは小学生の子ども達がギャーギャー騒ぎながらやっていた。
「今日は………ありがとう、付き合ってくれて」
「…………いや……俺も好きだし」
「…………えっ?…」
「………い、いや、バスケが」
「………あ、うん……そうだよね……」
「………………………………」
さて……………………
「………………それで……さ」
「ん?」
「…………その……………」
「…………また、あの話?」
「……………いや………」
「………………もう………ムードないなぁ」
「………ごめん」
「……………いいよ、なに?」
「……………何を話した?」
いきなり核心だが……………どうだろうか。
「……………………………」
「……………………あの……」
「…………………ホントはね」
「……ん?」
「……………立花くんが思ってるようなこと、話してないんだ」
「……………へっ?」
「……………私が……………話しかけたの……えっと……葵さん?……に」
「…………そ、そうなんだ」
「………………立花くんのこと、知りたくて」
「……………………………」
「最初はちょっと…………なんだか警戒されてたみたいだけど………くすくす」
「…………それで?」
「……………………色々話してくれたよ……優しくて、家族想いで……ちょっぴり頑固で……ちょっぴりイジワルで…………………あ、最近勉強頑張ってることとか」
……………………………………………………………
「「あなたの方が知ってるだろうけど」って前置きして…………バスケも上手で……カッコ良いよね……って………くすくす……」
「…………………………」
「…………それで共感して………話してたら………私のこと………良い子だねって言ってくれて………こないだホラ………河川敷でも………私たちの話聞いてて………」
「……………………………」
「…………それで……………"弟をよろしく"って」
「……………………………そっか」
「……………うん、それだけ」
「…………………………………」
「……………………でも」
「……ん?」
「…………………私の印象だけど」
「……うん」
「……………立花くんのこと話してる、葵さんは………なんていうか………”これ、弟のことだよね?”って確認したくなるくらい………」
「…………………」
「……………………わかる?」
「………わかるよ、なんとなく」
「…………………だから、試しちゃった」
「…………………俺に、ね」
「…………………うん、大当たり」
「……………………………」
「………………………悔しいけど」
「………ん?」
「……………………姉弟なのに、お似合いだなって」
「……………………………」
「……………………ねえ、どういう感じなの?」
「…………………は?」
「……………その………姉弟でって………」
………………………なにを聞きたいんだ?
「…………………別に………普通じゃない?」
「………………………」
「………………何を聞きたい?」
「……………………………今は、別れたの?」
「………………別れたもなにも……………姉弟だし……」
…………………違うな、彼女が正しい。
俺はごまかして逃げているだけだ。
「……………ふうん」
「…………………ごめん」
「………なにが?」
「いや…………吉田は、腹を割って話してくれてるのに………」
「…………………」
「………………フェアじゃないな、これは」
「………………………うん」
フー…………………………
「…………………………付き合ってた」
「…………………やっぱり」
「………………どう思う?」
「…………………どう思うって…………」
「…………率直に……気持ち悪い?」
「……………私も……弟はいるけど」
「……………………うん」
「………そういう風には見れないかな………仲は悪くないけど………弟は弟だし……」
「………そっか、そうだよね」
「……………でも……」
「……ん?」
「………2人はその………上手く言えないけど…………想いあってて……素敵だなとは思う」
「………………………」
「………………違うのかな……?」
「…………………いや……たぶん……合ってる」
「………そう……」
「……………意外だな」
「えっ?」
「もっとこう………………思いっきり否定とか、非難されると……思ってた」
「………………んー……」
「……………………」
「………………まあ、世間的にはね…………やっぱり良くないってイメージだし、結婚とか……出産とか……できないし……」
「……………………………」
「……………………あの……」
「あっ……ごめん」
「……………ううん」
彼女は立ち上がる。
向こうではしゃぐ子ども達を見つめながら。
「…………………私なら、できるよ」
「………………へっ?」
「…………………ずっと一緒にいられるし……結婚も………子どもも………作れる」
「……………………………………………」
「……………………それに、理解してあげる…………そんなこともあったこと……お姉さんとも仲良くできるよ、きっと」
「………………………吉田」
「………………だめ?……私じゃ……」
「……………だめじゃ………ないけど……」
「……………じゃあまだ、保留」
「………………………」
「………………「良い」って言うまで……保留するね、私たち………まだ16歳だし……」
「……………………ん……わかった」
「あはっ…………良かった………今日は振られなかった」
「…………………手強いなぁ」
「うん?」
「……………いや、やろうか」
「うんっ」
また2人でコートの上で汗を散らす。
……………みんなこう手強いのかなぁ……女の子ってのは…………
なあ……………姉ちゃん……………




