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月の帳  作者: 是空
六章 その先にあるもの
35/37

34話




霞のようにずっと、頭の中にモヤがかかっている。




どこにいても、何をしていても。




身体は動く、頭も動く。




日常を歩むための機能は動き続ける。




でも




一番大事なものは





もうない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



あの日から一週間。




彼女は劇的に変わった。




部屋にあった彼女のものは全て無くなり




食事中に家族とも、ほとんど会話を交わさない。



母が言うには「本格的に受験モードに入った」らしい。



高校受験の時もそうだったらしい。



ごく短期間ではあったが、こういうモードになるのだとか。



…………………それが本当なら、どれだけいいか。




実はまだ1つだけ、俺と彼女で繋がっていることがある。




「勉強」だ。




途中で投げ出さない彼女らしいと言えばらしい。



余計な会話は一切ないが。



今も俺の部屋で見てくれている。




「………だから、ここはこう」



「うん」



「……この公式はよく出るよ」



「そっか」



「……次は」



「今日はもういいよ」



「…………」



「キリいいし、ありがと」



「………そうね、じゃ」



「うん」




バタン。




………………………………………………………




少し前までイチャイチャしていたのが夢のようだ。



いや、夢だったんだろう。



考えれば考えるほど心を埋め尽くす。



自分を許せない思い。



彼女の気持ちと身体を弄んで



捨てたんだ。



そう、捨てた。




彼女がそう言っていたから、彼女がそう思っていたからそうなんだ。



彼女と歩むことも、彼女の夢を支えることもせず。



自分の思うようにいかないから、捨てた。



それでいい。



そう認識しておく。



俺はどうしようもない馬鹿で人でなしのクズ野郎だ。



うん。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



ピロン。



彼女からLINEだ。



明日の勉強時間かな?




あ「明日は20時で」




ゆ「了解」




いつも俺の部活が終わってからの時間のどこかに合わせるよう、調整してくれている。



ありがたいことだ。



殺したいほど憎いだろうに。



彼女も不器用だな。



初志貫徹は立派だが、会いたくもない相手に勉強を教えるなんて苦痛だろう。



適当な理由つけてすっぽかして、あとは放っておけばいいのに。



損な性格だ、気の毒に。




ーーーーーーーーーーーーーーーー




20時だ、そろそろかな。




コンコン。



時間ピッタリだな。




「どうぞ」



ガチャ



「ん……」



ん?



「………眠そうだね」



「ん………平気……英語だよね?」



「うん」



「……67ページね」



「はい」



「じゃあ関係代名詞から……whatは……」





………………………………………



しかし眠そうだな……



そんなに目をこすりながら、続けることか……?



受験前なのに。



「受験前だから」の一言ですぐにやめられることだ。




だからもう…………いいよ。



うん。




「じゃあ次は………疑似関係代名詞の………ふぁ……ごめん……えっと」



「……………もう、いいよ」



「あ……大丈夫……今日はもう私の勉強は…」



「そうじゃなくてさ」



「………なに?」



「……………俺、すごく成績のびた。おかげで」



「………………そうなの?」



「うん…………だからさ……もう大丈夫だよ、自分でやるから」



「………そう?」



「………うん。ホントにありがとう、めっちゃ感謝してる」



「…………………」



「姉ちゃんみたいに学年1位は無理でも……頑張るよ、これからも」



「…………そっか」



「うん、だから……もう自分のコトに集中してよ」



「…………そうね、わかった、そうする」



「今までありがとう、本当に」



「………うん、じゃ、頑張って」



「うん、姉ちゃんも」



「…………………うん」




……………フラついてんな……大丈夫か?





「……あっ」



「あぶなっ」




……………つまづいてこけそうだった彼女をなんとか受け止めた。



支え切れなくて結局下敷きに…………いてて。



ん……………。



か、顔が近い。



「ん……………っ……」



「……………………」



目が合った。



は、早くどいてくれ。



「………………………………」




な、なに?この時間…………



そんな見つめ合っても…………もう何も………




何かに気付いたように起き上がる彼女。




「……ご、ごめん……重かったね」



「……別に………そっちは大丈夫?」



「…………う、うん……有弥は?」



「俺は平気………」




……………いやいや、顔赤すぎだろ。



……………ん、俺もか?



ま、まあ………なんか久しぶりの感じで…………



「じゃ、じゃあ」




ガチャ…………バタン。




そそくさと部屋を出て行った彼女。



………………………………………………



か……………かわ………



…………うるせー馬鹿、いい加減にしろ。



可愛いのなんか知ってんだよ。



そんなん知ってて捨てたくせによ。





…………ただの事故だ、忘れよう。




………………………………




ーーーーーーーーーーーーーーーーー




あれから数日後の放課後。



以前、彼女と過ごしていた河川敷で、ボーッとしている。



またここにいる時間も多くなった。



うちに帰って特にやりたいこともない。



ここで日が落ちるのを眺めるのが最近の日課だ。



…………明日はゲーセンでも行くか。




「あの………………」




えっ?



驚いて振り向く。





………………違う。



知らない子だ。



うちの制服を着ているが。



「………えっと……どなた?」



「……あ………ごめんなさい……私……同じクラスの吉田です……」



…………ごめん、知らない。



「なにか用?」



「…………う…………」




………………まてまて、彼女は関係ない。



お前が勝手に何かを期待して勝手に裏切られてるだけだろ?


このクソ野郎。



関係ない子に冷たく当たるな。




「ああ、ごめん………ちょっと色々考えてたから……なに?」



「……あ………こないだの大会……見ました」



あっ。



この子、よく見れば女バスの子だ。



そういえば。



「…………えーと……確か女バスだよね?」



「あっそうです……知っていてくれたんですね」



「うん………大会見てたの?」



「はい……あの…………立花……くんって……フォワードじゃないですか」



「うん」



「………それで………私もフォワードで………やってるんですけど……」




……………なるほど。



フォワード仲間として意見交換……というか助言が欲しいワケか。



上手くなりたいんだな。



わかるわかるぞ、その気持ち。



「うん、いいよ、なにを聞きたい?」



「あっ…私……背が低いからよくシュートブロックされて……」



「…………ならクイックモーションで素早くシュートを撃つか………ディフェンスを外してパスをもらうタイミングを……」



「ふんふん……………」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



気付けば小一時間も熱弁していた。



彼女は本気で上手くなりたいみたいで、細かいコトまで聞いてくる姿勢は素晴らしい。



「………でもなんでフォワードに?……小回りきくしスピードを活かすならガードがいいんじゃ……」



「……あっ、それは……その……」



「ん?別に言いたくないならいいけど………」



「あっ………いや……あの………実はーーー」



……………なるほど。



中学の時から大会で俺のプレイを見ていて……フォワードの魅力に取り付かれたと……



………………………………悪い気はしないが………



「…………そっか、ありがとう、俺なんかをきっかけにしてくれて」



「いえ………あの………そんな………立花くんは……だれよりも上手ですから……」



「はは、んなことないよ……まだまだだよ」



「……いえ…………それで……あの……」



「ん?」



「最近……よく部活終わってここにいますよね」



「…………うん、いるね」



「……あの………迷惑じゃなかったら……また来てもいいですか?」



「うーん」



「………あっ……迷惑ですよね………ごめんなさい……調子にのって……」



「……………じゃあ、ひとつ条件」



「……なんですか?」



「その敬語をやめるなら、いいよ」



「えっ……でも……そんな…私なんか……」



「………………………」



「…………あっ………わかりま………うん……わかった……」



「……よし、じゃー帰るわ」



「………う、うん………今日は、ありが…とう」



「おー、また明日ね」



「……………うんっ」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




翌日、また吉田と河川敷で話す。



吉田は良い子だ。



バスケが本当に好きらしく、真剣に話を聞くし、意外と愛嬌もあって、思ったことはハッキリと言う。



大きめの丸眼鏡をかけてるからあまり意識してなかったけど……よく見ると顔も可愛い。



「えー、本当に?」



「本当だよ、あそこのチームの奴らって、負けたら皆丸刈りにされるんだ」



「くすくす……だから皆坊主なんだ……」



「そう……優勝しない限り……永久に坊主だな」



「あははっ……おかしい」



「はは…………ん?」




彼女の向こうに誰か………いる…………




えっ?




………………ね、姉ちゃんだ。



なにしてんだ?



…………座って小石を川に投げ込んで………




……………ってか近いな!




10メートルもないくらいか?




普通に会話が聞こえる距離だろ…………




いつからいたんだよ…………




「…………あの………」



「………………あっ、ごめんごめん」



「………あの人……お姉さん……だよね?」



「うん……知ってる?」



「……そりゃ……お姉さんも有名だから……」



「……………そ、そうなんだ……ごめん、今日は帰るね」



「……あっ……うん」



「じゃ………」



「…………………ねっ」



「ん?」



「明日も、会える?」




………………………………………………



聞こえてるよなぁ……………………



…………………………関係ないか。



「………うん、ここで」



「うんっ、じゃあ」



………ふう。



……………なにしてんだあの人。



先にいた?………いや、来たときはいなかった。



後からきて…………あそこで話聞いてたのか?



たまたま?



………ま、いいか。



河川敷で石を投げたい気分だったんだろう。



気にしないでおこう。




ーーーーーーーーーーーーーー




さて、今日も昨日に続いて吉田と河川敷で話してる訳だがーーー




……………………………………




いるし。



今日もいるし。



なにしてんだアレ………川の地縛霊か何かか?



また石投げてる……………帰って勉強しろよ……………





「………………あの……」



「うん」



「……………今日も……いるね」



「………うん」



…………………そりゃ吉田から見てもおかしいよな。




「………場所、変える?」



あっ………なんかピクッとしたな…………



やっぱ聞いてるのか………



………………………………………………



「…………ごめん、吉田」



「え?」



「ちょっと俺……………あの人と話があって……」



「…………お姉さんと?………」



「……………うん」



「………………わかった、またね」



「………うん、ごめんな」



「ううん………じゃ」




………………………………………………………



さて………………



近寄ってはみたが……………………




………………チャポン………………………ポチャッ……




…………………微動だにしないな……………



よし。




「……………あー………良い天気だなー」



「……………………」



「……………………おい」



「……………………………なに」



「…………………なにしてんの」



「………………見たらわかるでしょ」




……………わかるけどわかんねーよ。




理由を聞いてんだ。




「……………帰んないの?」




「……………関係ない」




「……………………」





……………………もうほっといて帰ろうかな。




会話が進展しそうにない。




「………………なんかあったの?」



「……………………別に」



「……………………楽しい?」



「………………………別に」




……………………限界だ。




どんな有能なインタビュアーでも、今の彼女からは何も聞き出せないだろう。




「…………………ほどほどで………帰んなよ」




「……………………………」





…………………………帰ろ。





「…………………………有弥は楽しそうだね」





………………………………………………………




…………言いたそうだな、色々と。




「………………なにが?」



「…………………別に」



「…………………ハッキリ言ってよ」



「…………………………」



「………………………なんだよ」



「……………………………………」




………………………………………………



…………自分を捨てたくせに、か?




…………………………………………




「………………あの子はそんなんじゃない」



「…………………どうだか」



「………………………だとしても関係ないだろ」



「…………関係ないよ」



「…………………だったら……」



「………………だから放っておいて」




……………………………………………




隣に黙って座る。




「…………………あっち行って」



「……………やだよ、自由でしょ」




「………………………放っといてよ」




「ほっとかないよ」




「……………………………」




「大事な姉だから」




「……………………嘘つき」




「………………………………………」




彼女は立ち上がり、スカートをパッパッと払って歩き出す。




嫌われたものだ。




…………………………夕陽は変わらず綺麗だな。




………………………………………………




普通の姉弟でいれば、こんな歪んだ関係になることなんてなかったのに。



ずっと仲の良い姉弟で…………………



俺の大好きなお姉ちゃんでいてくれたのに…………



………………いや、駄目だろうな。



どこかで……………彼女を求めてただろう。



だってこの胸の記憶は……………





鮮烈で




激しくて




幸福で




どこか切ない





あの日々の記憶。





「やめておけばよかった」なんて




頭では考えても





胸の奥、根っこの部分で後悔なんて微塵もない。






あの人は確かに






俺のものだった。



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