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月の帳  作者: 是空
五章 決断、そして
29/37

28話




朝ーーーーーー




起きる、彼女の姿はーーーーー




ない。




まさかーーーーーー




階段をドタドタと降りてリビングへ。




「姉ちゃっーーー」




そこには、制服姿で朝食をとる彼女がいた。




キョトンとした顔でこちらを見る彼女。




訝しげな顔で母が反応する。




「………なに?どうかした?」




「あっ……いや………なんでも………」




「……………顔洗っといで」




「はい」




ーーーーーーーーーーーーーーー





制服に着替えて彼女の隣に座る。




パンにジャムを塗りながら、それとなく視線を送るが反応してくれない。




………………女ってこういうものなんか?




関係を持つと冷たくなるのか……?




なんだよ………もう……………




彼女が席を立つ。




まで出るには早いが…………トイレか?




ん?




なんか、歩き方がおかしい。




ヒョコヒョコ歩いてる。




どうした?足でも痛めたのか?





「…………………姉ちゃん、どっか痛いの?」





ピタッと止まる彼女。




こちらを睨みつける。




えっ?




「………………やっぱりね」




母さん、なに?え?顔怖いんだけど。





「………有弥の馬鹿っ…………信じられない」




はっ?




「…………………葵、こっちきなさい」





な、なにが起こってるんだ?





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





朝から重苦しい雰囲気の中で、母が口を開く。




「ーーーーーあんたら」




……………ゴクリ。




「……………………やったね?」




ん?




なにを?



……………………………………えっ?バレてんの?




「…………………なんのこと?」




……………姉ちゃん、まだ抗うのか……




さすがに無理だろ………





「…………あ、嘘つくの?葵?」




「………………う………」




「……………嘘つくんだ……へえ……」




「……………嘘ついてない………とぼけただけ」




「………そうねー、何をとぼけたの?」




「……………うう…………」




お、恐ろしいやりとりだ。



俺も冷や汗が止まらない。



劣勢すぎてどうしようもないぞ。



下手な助け船なんか出しても秒で沈没しそうだ。





「…………認めるわね?」




静かに頷く姉。




「……………はあ………信じられない……」




ぐっ……………なぜバレたんだ………………



使用したゴム的なアレもゴミ箱に捨てずに密閉して学校途中で捨てる計画だったのに………



なぜ……………




「おい」



「はひっ」




まずい、殺されかねん。




「あんた、何したかわかってんの?」




「………………はい」




「………行為そのものじゃない、やったことがどういうことかわかってんの?」




……………………………………………




「わかってるよ」




「…………は?……わかってるワケないでしょう!!」




「……………一線を越えた………わかってる」




「……その一線はねぇ」





「…………超えちゃいけない一線……………実の姉弟では………許されない一線……でしょ」




「……………わかってるなら、なんで?また家族をバラバラにしたいの?」




「……………それは………………」





「………………認めてくれたんじゃないの?」




黙っていた彼女が口を開く。




「………そういう行為を認めるワケないでしょ?」




「……………でも一緒に寝ることも……」




「……………もういい」




「お母さん」




「……………とりあえず、学校行きなさい……話は帰ってから……………はあ」




…………………………………………………




ーーーーーーーーーーーーーーーーー




憂鬱だーーーーーーーーー




部活も終わって、正門が見えた。



もう帰るしかない。



帰りたくない。




またボコボコにされるんだろうか………………




それともまた離れ離れに………………




天国から地獄とはこのことだ……………




ん?




トボトボ歩いていると、河川敷で、姉ちゃんが座っていた。



川に石を投げ込んでいる。




………………気持ちは同じか。




「………おつかれさま」




「………ん、おつかれさま」




「………………帰りたくない」




「…………ん……私も……」




「……………………なんでバレたの?」




「……………私が起きた時点で疑われてて」




「………うん」




「……………確信はなかったみたいだけど……」




「……………音とか?」




「うーん……………タオル取りに私が降りた時、起きてたのかも」




「…………………俺の余計な一言で……確信にと」




「……………たぶん」




「ごめん」




「…………………ううん、どのみちバレてたよ」




「………なんで?」




「………シーツに血……付いてたから」




「…………………ごめん」




「…………………いいの、私が望んだから………」




「………………………」




2人で座ってボーッと夕焼けで染まる川を眺める。




「………………後悔してる?」




「………まさか」




「……………ふふっ……私も」




「…………………不安?」




「んー………ちょっと…ね…」




「…………………」




「……………子供だねー私たち」




「えっ?」




「……………身体だけ大人になって………でもなんにもできないや」




「………………………」




「…………大人が決める大きな流れに振り回されるだけ………仕方ないんだけど」




………………………………………………




「私、こっちに残るから」




「………………こっち?」




「大学、これは譲らないよ」




「…………………そっか……」




「……………迷惑?」





「…………そんなワケないだろ」





「…………本当?……」





「当たり前だよ」





「………………良かった……」






「…………………でも…」





「…………うん?」





「…………………なんのために勉強してるの?」





「……………………………」





そう、聞きたかったんだ。




彼女から「なりたいモノ」や「夢」の話なんて、ロクに聞いたことがない。




でもならなぜ、学年1位になるほど勉強して、今も頑張って、上を目指す?



きっとなにかあるはずだ。




「……………………………」




「…………………言いたくない?」




「……………ちょっと………ね……」




「………………………………」




「………………でも………やっぱり隠してちゃいけないね」





…………………やっぱりなにかあるのか。





………「なんとなく」とか「勉強が好きだから」とか、フワッとした理由が良かったなぁ……





まあ………彼女は根っこの部分でフワッとしていない。




強い信念を持って行動してる。




だから、俺とのことも中途半端にしない。




そんなところも好きなんだけど…………









「私………元々海外に行きたかったの」







……………………………ああ……………




海外かぁ……………………海外きたかぁ………





「……………へえ、それで?」




「………海外には、まだまだ……日本ほど恵まれていない国がたくさんあって………」




「……………うん」




「……………教育も医療も満足に受けられない人たちが、大勢いて」





「…………………………………」





「…………そんな人たちの力になれること、できたらなぁって」





「……………教師とか、医者とか?」





「うーん…………日本にもそういうことに取り組んでる団体があってね……そこで……なにか出来ること……かな」




「…………………………」




「………………たくさん勉強してれば……それだけ役に立てることも増えるだろうし………いざって時に知識がないと何もできないから……」




「…………………………そっか……」




「……………うん………でも………」




「……………ん?」




「………………今は、どうしようかなって」




「…………………」




「………………海外の知らない人たちを救うことと……………」




「…………………………」




「………………大好きな有弥と一緒にいられること………」




「待った」




「ん?」




「……………同じ天秤に乗せてるの?」





「…………………当たり前でしょ?」





「…………………おかしいよ」





「うん、わかってる」




「………………………」





「おかしいんだよ、私」





「…………………………」





「…………使命感持ってやってたつもり………なのに……………」





「…………………………」








「一番近くにいる君がもう、頭から離れないの」






遠い目で話す彼女。






「………………好きで好きで、どうしようもないの」





「………………………」





「おかしいし、重いよね?でも………………どうしようも…………ないの………こんなお姉ちゃんで………ごめんね?」




「…………………………」





言葉がない。



初めて聞いた彼女の夢?使命?



それは俺が想像していたような陳腐なものじゃなく…………



とても大きな愛に溢れた、彼女が目指す優しい世界のためのものだった。



そしてそれがとてもーーーーーーー




彼女らしくて、誇らしかった。




きっと彼女なら、世界のどこかで苦しむ人の一助になるはずだ。




そんな彼女が………………





使命を捨てて、「弟」というだけの、こんなちっぽけな男と一緒にいることを優先しようとしている。




そんなことは…………あってはならない。




……………そうだ。





「………………………行きなよ」




「………………………………」




「………………姉ちゃんは、行くべきだ」





「…………………だから、話したくなかった」





「………………………」





「……………………有弥はきっと………そう言うから」






「…………………………」






「………………うん………わかった……」





「………………………………」





「………………東京の大学………行くね………」





「…………………うん」





「…………だから…………………」





「…………ん?……」





「…………………思い出、くれる?」





「……………どんな?……」





「……………………離れるまで…………一緒にいて?」





「…………………………」





「……………ダメ?」





「……………………わかった」





「………………ありがとう」





「…………………俺………」





「……………ん?」





「………………………いや……帰ろう」





「…………うん………」






どちらともなく、手を繋いで帰った。



彼女になんて言おうとしたのかは、自分でもわからない。




確かなことは……………




彼女は行ってしまう。




春には東京ーーーーー




数年後にはーーーーー




もっと遠くへーーーーーー





その核心だけは、ある。



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