25話
帰りのバス。
ガラガラの車内で並んで座っているが、会話がない。
……………ただ……
……………あんなコトをしてしまった気まずさ、というよりは………………
なにかを抑えてる。
そんな気持ちだ。
会話がなにかのキッカケになりかねない。
この感じ、初めてじゃない。
そう、アイツのーーーーーー
「………………有弥、大丈夫?」
「……ん、ああ」
「…………もう、暗いよ」
「…………………ん……」
「……………気にしなくていい」
「………………………」
「…………別に……嫌とかじゃないから……」
「……………姉ちゃん」
「……………なあに?」
「…………………思い出したよ」
「…………………なにを?」
「……………俺の中にはまだ………」
「……………………………」
「…………アイツがいるんだ…………」
「…………………………」
「……………このままじゃ……また……」
「……………私ね」
「ん?」
「…………………最近、思うんだ」
「…………………」
「………………あの時は、身体が言うこときかなくて、怖くて、ただ怖くて」
「………………………うん」
「………………………でも…………」
「…………?……」
「……………きっと……あの衝動も………あの感覚も………」
「…………………」
「………………私なんだって」
「……………!……………」
「………………私……私たちなんだよ……あの子たちも………」
「……………姉ちゃん………」
「…………私たちはまだ………未熟で…………その感情を、衝動をコントロールできないだけ………」
「………………………」
「…………そう考えたら……………なんだか………」
「………うん………」
「……………怖がるだけなのは、違うのかなって」
…………………………………………………
……………そうか。
……うん。
オマエも…………俺の一部なんだな。
………嫌ったり、怯えたり、抑え込んだりして……
………悪かったよ。
「……………姉ちゃん、ありがとう」
「………どうしたの?」
「………そうだね………俺………俺なんだ」
「………………………」
「…………アイツのせいにしてた」
「………………うん」
「……………姉ちゃんにさっき…………あんなコトしたのは………俺自身………俺が………したかったんだ」
「……………………」
「……………はは………ごめん」
「いいのよ」
ーーーー突然彼女が、耳元で囁く。
全身がゾクゾクと泡立つ。
「私はアナタのもの、好きにして」
「……………………………っ……」
「さっきので……身体うずいちゃった」
「私も欲しいの、アナタが」
……………………………………………………………
こちらを見据えたその妖艶な瞳は、”あの時”の彼女を彷彿とさせた。
「…………………これも私」
そう言いニッコリとした笑顔で、元の位置へ戻る彼女。
「……………………見て、綺麗だよ」
窓の外では青空と夕日が、青から赤への色鮮やかなグラデーションを作っていた。
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家に着くと母が夕飯の支度をしていた。
「ただいまー!」
「おかえり、どうだった?」
「楽しかったー、ねね、晩御飯なに?」
「中華丼、好きでしょ?」
「やったー!楽しみ!」
……………昼も食ってなかったか?
「着替えてきまーす」
パタパタと2階へ上がっていく彼女。
ふう。
「……………有弥」
「ん?」
「……………ありがとう」
「……?………………なにが?」
「……………なんでもない、着替えておいで」
「……うん」
……………なんの「ありがとう」?
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夕飯も中華丼をおかわりした彼女は、満足げに自室へと戻っていく。
父は、俺の面倒を見るために休みがちだった仕事に本格復帰して、忙しいそうだ。
なんだか懐かしい感じだ。
「……ごちそうさま」
「……あんたはおかわりいいの?」
「ああ、俺は一杯で十分」
「ふふっ…………ま、葵はおかしいから」
「そうそう、今日もさーーー」
こうして、母と談笑するなんていつぶりだろうか。
笑った顔は姉ちゃんによく似てる。
「…………今日は自分の部屋で寝てくれるかなー」
「………布団戻してないわよ」
「戻しといてよ、そこは」
「………ふふっ……迫られてんの?……あの子、言い出すと聞かないから」
「まったく、甘やかしすぎだよ」
「甘くもなるのよ」
「…………ま、いいんじゃない?」
「………どうして?」
「どうしてって……………悲しい顔……見たくないから……じゃないの?」
「………………………」
ジッと見てくる母。
「な、なんだよ」
「………………どこがいいのかって思ってたけど……」
「はぁー?」
「……………ふーん……」
台所に立って洗い物をはじめる母。
………親子揃って思わせぶりだな。
ま、いいや。
「勉強の邪魔しちゃ駄目よー?」
「しねーよ」
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夏休みも終わりが近付いてきた。
彼女の受験勉強も佳境に入ってきているはずだ。
シャワーも浴びたし、時間を潰すために積んでいた漫画本を読む。
ん?
時間を潰す?なんで?
………………………………………………
わかってる。
待ち遠しいんだろ?
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時計を見ると22時を回っていた。
彼女はまだ勉強中だろうか?
本当に頭が下がる。
食べた分のカロリーは全部頭に回ってるんだろうな。
それなら納得できるかも。
………………………ちょっと様子を見に行くか…………
コンコン。
軽くノックする。
応答がない。
………………やむを得ないだろう。
つくづく、言い訳を重ねる自分に嫌気がさす。
会いたい、顔が見たい。
素直にそういう気持ちで動けばいいんだ。
ガチャっ
少し開けたドアから中を覗く。
…………………………………………
勉強机の明かりの下。
机に伏したまま眠っているようだ。
中に入る。
ノートにビッシリと書き込まれた、わけのわからない数式。
………………すごいなぁ。
俺にはまったく理解できないよ。
ノートにヨダレが染みている。
いつから寝てるんだろう。
……………………日中は俺と出掛けて。
…………………帰ってずっと勉強だ。
疲れもするさ。
……………ん?
ノートの端に……………「好き」という文字
……………………………………………
自意識過剰でもいいだろ?
………………ありがとう、おやすみ。
彼女にタオルケットをかけ、明かりを消して部屋を出た。
「好き」の横に、「俺も」と書き足して。




