23話
「んぐんぐ………………食べたら、帰るの?」
マグロを口いっぱいに頬張りながら話す姉。
「………今日はもう泊まりましょ、明日からのことは……………明日考える」
「泊まるの?ホント?」
「………そういう意味じゃないわよ?」
母さん、なぜ俺を睨む。
俺はずっと何も言ってない。
「………んん………久しぶりに自分の部屋でゆっくり眠るといい」
父さん…………満足そうだな?愛娘が帰ってきて嬉しいのか?
「えー………有弥の部屋が………いいな………」
「ブーーーー!!」
口の中の玉子を吹き出してしまった。
「だから、そういう意味じゃないって言ってるでしょ!!」
か、母さん?言ってることは正しいが…………
なぜ俺に向かって怒鳴る?
隣の人に言ってくんない?
「お、俺は何も言ってないが…………」
「やらしいのよ!!目つきが!!親の前で………やめなさい!」
理不尽だ、理不尽すぎる。
まるで性犯罪者のような扱いだ。
「葵はね、そういう意味で言ってないのよ…………」
………………だとしても問題発言だろ。
娘に厳しかったり甘かったり忙しい人だな。
「………………ん…………ちょっと……そういう意味かも」
「おいっ!」
「なに?………ぷう」
ご飯粒つけたほっぺたを膨らますな。
駄目だこいつ………早くなんとかしないと………
んっ?
なんだ、この殺気は……?
「……………………ギリ………」
と、父さん?なぜ歯ぎしりしながら息子を睨む?
ま、まさかーーー
「……………まあ、無理もないわね、可愛い愛娘をたぶらかしたんだから……むぐ…」
母よ、ウニを食いながら解説するのは結構だが、また傷害事件を起こしそうな父を宥めてくれないか?
前回も俺が殴られるの黙って見てたよね?
俺って拾った子なの?
「…………ねえ、私もう、ここに帰りたい」
「…………………………」
さっきからワイルドな発言しかしてない姉には沈黙を決める両親。
「………………ねえ、認めてくれるんでしょ?」
「……………ん……んむ」
「んむ」じゃねーよ。
俺を睨むように娘にも目を合わせろ。
「…………………ま、うちにいつまでもいる訳にいかないしね」
……………ん、ずっと母の実家にいたのか?
そう遠くはないが学校に通うにはバスで1時間以上かかる、不便な場所ではある。
「…………もう疲れたよ、ねえいいでしょ?」
「……………そうねぇ」
「やったー、やった、有弥っ」
「……お、おお………」
……………返事してるだけなのに、圧を感じる。
……………………まあ、姉ちゃんが苦しんでいたことも2人は知ってるだろうから、矛先が俺に向くのは仕方ないか。
それで丸く収まるならいいさ。
さてーーーー
「…………………で、何を認めるの?……あー、いやらしい意味じゃなく」
「………………………もぐもぐ……」
これはアレだな、沈黙じゃなく無視だな。
だってそしらぬ顔で寿司食ってるもん。
もういいや、腹も膨れたしシャワー浴びて寝よう。
「…………ごちそうさま」
「もぐもぐ、どこいくの?」
食うか話すかどっちかにしろ……と言いたいが……
………くそっ……可愛い姉だな……部屋に連れ込むぞ。
「………シャワー浴びて、寝る」
「……………ふーん………」
母に向き直って見つめる姉。
何かを訴えているらしい。
「………………………駄目?」
「………………………今日だけよ」
何かが決まったらしい。
「……………………有弥、部屋入るから」
母が?なんで?
「あ、ああ……………」
まあいいか。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
………………………なんだ?これ……
シャワーから自室に戻ると………
ベッドに姉の枕や布団が置いてあって、そこからギリギリまで離して、部屋の端に寄せられるように俺の布団が敷かれている。
…………………その間には間仕切りのように姉の部屋のぬいぐるみが縦1列に並ぶ。
布団の離し具合がワイルドすぎて、広がりきっていない布団はその体裁を成していない。
このまま普通に寝るなら俺は半身を壁に埋め込む必要がありそうだ。
……………………………………
なんとなく想像はつく。
間違いのないよう、極力離れて寝ることを義務づけられたのだろう。
突然ワガママを全て受け入れる勢いの、甘やかし放題の姉とのこの差はなんだろうか?
ここまでするなら同じ部屋に寝かせるな、まじで。
…………………まあいいや、考えない、寝る。
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…………………………なんだ、寝苦しい。
………………………ん?
どうやら寝入っていたらしい俺の胸元に、覆い被さるように抱きついている姉の姿。
「……………スー………スー……」
穏やかな寝息…………………
………いやいや、間仕切りの意味よ。
ぬいぐるみを全部こっちに向けるな。
なんか監視されてるみたいだろ。
……………………………
………………………相変わらず、可愛い寝顔だな。
…………………………………眼に少し涙が溜まってる。
……………………………最近よく、泣いてたのかな。
……………………………………………
頬を撫でるように、そっと涙をすくい上げた。
まぶたがピクピクっと反応した。
「……………………ん……」
いけない、起こしたか?
「…………………ごめん、起こしちゃった?」
「ん……………有弥?」
「うん」
目を擦りながら、モゾモゾと這い上がってくる彼女。
ちょっ……………顔が近っ…
「有弥……………有弥だぁ………」
……………そんなに………嬉しいの?……
…………………………………………………
……俺も嬉しいよ。
君が隣にいてくれて。
「……うん、俺だよ」
「…………えへへ」
「……ほら、ベッドに戻らないと………母さんに見つかったら何言われるか………」
「……………やだ」
「…………………手のかかるお姉ちゃんだ」
「………嫌い?」
「………………………好き」
「……………ん………」
彼女を抱き締め、キスをする。
やんわりと照らすカーテン越しの月明かりが
俺たちを祝福してくれている。
そんな………気がした。




