22話
「ーーーどこ行ってたの?遅いから心配してーー」
彼女の後ろから姿を見せる俺に、母の表情が曇る。
「……………どうして、一緒にいるの?」
「……………………………」
「………………答えて、葵」
「………………………」
「……………………………約束したでしょ?」
「…………………………」
「…………答えなさい!!」
「……あまり大きな声を出すな」
奥から、ゆったりとした口調で父が語りかける。
「………ひとまず中に入れ、久しぶりに家族が揃ったんだ」
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再び食卓に集まった4人。
以前とはまた、違った重さを纏っている。
それでも俺は、家族4人で一緒にいられるこの時間が少し嬉しい。
「………さて」
やや興奮している母に変わり、父が口を開く。
「……………2人で、何をしていた?」
「………たまたま会ったから、少し話しただけだよ」
俺が父に説明する。
母は変わらず、彼女に厳しい視線を送り続けている。
「……………そうか」
「……………友達に会うってのは嘘ね?」
母の問いかけに、彼女は間を置いて頷く。
「………やっぱり………帰るわよ」
席を立とうとする母。
「………まあ、待て」
落ち着いた姿勢で母をたしなめる父.
「………もう少し、話を聞こう」
「……………あなたは」
「ん?」
「あなたは見てないからよ」
「…………………」
「思い出すだけで、おぞましい………………」
「……………………」
重苦しい沈黙が流れる。
……………世間的には母のような感覚がまともなのだろう。
自身の子供同士のそういった場面を目撃するなんて…………「おぞましい」以外の何者でもないのかもしれない。
「……………ただ…………」
彼女が口を開く。
「…………ただ…………弟に会いに行っただけ……………ダメなの?」
「ダメじゃない」
父が優しく答えた。
「………そこに嘘をつく必要があるの?やましいことがーーー」
「もう少し、聞きたい」
「………………っ………」
再び彼女を非難する母を、父が抑える。
「……………葵」
「…………………はい」
「…………………有弥が、好きなんだな?」
「………………………」
「…………もう嘘はつかなくて、いいんだ」
「…………………うっ………」
「…………………」
「うっ…………うっ………ぐすっ…………」
「…………うん、そうか、わかった」
…………………………………
……………………………………俺は………
「……………有弥」
「……はい」
「……………この間は、殴って悪かった」
「へ?………いや……」
「………皆の前で、キチンと謝りたいんだ」
「…………………………」
なぜ…………?
俺は、殴られて当然だった。
皆を、家族を裏切るような、明確な悪意を向けて好き勝手言ったんだ。
殴られたことに不満なんてーーー
「……………今はわかっている」
「…………………」
「あれは……すべて葵のためだ」
「……………………」
「お前が理由もなく、あんなことを言うハズがないじゃないか…………そうだろ?」
「……っ……………」
そんなことを今更言われたってーーーー
わかっているのにーーーーー
ーーーー頬を伝う、暖かい涙。
そうか、俺はどこかでーーーー
解ってほしかったんだ。
くそっ。
「……………参ったなぁ」
突然くだけたように、姿勢を崩して微笑む父。
「………なぁ、母さん」
「…………………なに?」
「………………本気だよ、この子達は」
「……………わかってるわよ、そんなこと……だから引き離そうとしてるんでしょ」
「………………………」
「………………それしかないでしょう」
「正解かなぁ?それは」
「……………は?」
母だけじゃない。
俺もだし、姉ちゃんも耳を疑っただろう。
他に選択肢なんてないだろう。
誤った道を選ぼうとした俺達を、叱りつけ、引き剥がし、矯正する。
親として何も間違ってはいないだろう。
怪訝な顔で睨みつける母を尻目に、父は席を立って出窓から外を眺める。
「…………………俺は…………これ以上、葵のそんな顔を見たくないなぁ…………」
…………………は?
ますます意味がわからない。
娘可愛さにおかしくなったのか?
「…………お父さん………」
…………いやいや姉よ、キラキラした瞳で父を……それ何の眼差し?
「そう、そんな顔がいい、ははは」
……………もう駄目だこの人たち。
「何を言っているの?……あなたまでおかしくなったの?」
この場で一番まともなのはあなただよ、お母さん。
間違いない。
「………………おまえは、どうだ?有弥」
……………どうだって……………そりゃ………
駄目だろ…………姉弟だぞ……………駄目に決まって………
ショックからか、うなだれた母。
俺をジッと見据える父。
どこか呆けたような顔でこちらを見つめる姉。
……………………………………………
やれやれ。
「………そりゃ…………………好きだよ」
「有弥っ」
飛びついてくる彼女。
待て待て、まだなにも結論は出ていない。
こんなのは前提の話だ。
………………………可愛い笑顔だな。
俺も彼女のずっとこんな顔が見たいよ、父さん。
父は抱き合う俺たちを、微笑ましく眺めている。
「………………ということでな、母さん」
「……………………」
「……………一旦は、認めてやらないか?」
「…………………はあ」
「……………ん?」
「…………………すっかり悪役ね、私」
「そんなことはない、無責任なのは俺の方だ」
「……………もう、いいわよ」
「母さん」
「…………………ここしばらくさ」
「……………………………」
「………………葵のこんな笑顔、見てなかった」
「……………………お母さんっ」
彼女は俺から離れ、母を抱きしめる。
娘の頭を優しく撫でる、母。
「…………お母さん、私っ……わかってる………………お母さんが……私たちのこと愛してくれてるから………真剣になってるって………わかってる……」
「……………ごめんね、葵」
「……お母さんっ………」
絆を確かめ合うように抱き合う2人、それをどこか嬉しそうに見守る父。
えっと……………なにがどうなったんだっけ……
「認めてやる」って、なにを………?
俺はロクに言葉を発していないが、なんか色々決まってしまったらしい。
「…………あの、大円団な中、申し訳ないけど……」
「………………なに?」
姉さん、そんな目で俺を睨むな。
俺、邪魔なの?
「あの……………イマイチ話の流れが……「認める」って……なにを?」
「…………ハア……………あんたねぇ」
なんだなんだ、今度は母が噛みついてくるぞ。
俺そんな悪態つかれるようなことした?
「そういうねぇ…………あんたが考えてるような卑猥な行為を認めるって意味じゃないわよ?」
………は?
俺はそんなこと一言も……………
「………有弥……この流れでそれは…………」
えっ、姉御まで………………
「…………おまえ、もう少し空気を読め」
父………
まじで何なの?
出て行くよ?
「よし、久々の家族団欒だ、寿司でも取ろう」
「えっ、やったーー!」
「…………いいわね、そうしましょ」
……………………………………………
全くもって腑に落ちないが、家族が元通りになったようで、何よりだ。
ひとまず寿司を食ったら、このアウェイな環境について異議申し立てをするか。
……………………はしゃいでるなぁ、姉ちゃん。
良かった。




