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月の帳  作者: 是空
一章 月の帳
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1話


ゲームは好きだ。


特に、常に気を張って常に反応を求められるものほどいい。


余計なことを考えなくて済むから。




俺が最近よくプレイしてる「ロードナイト」。

多数のプレイヤー同士が戦場で武器を手に戦うアクションシューティングだ。

プレイヤーは地表や空中に「道」を創造することができ、その上を走ったり、敵を分断させたり、裏に潜んだりする。

スピード感のあるバトルの中で、いかに戦略的に「道」を使えるかが勝敗を分ける、とてもスリリングなゲームだ。

パソコンや据え置き機はもちろん、スマホでも手軽にオンライン対戦できることから、世界中で大ヒットしている。


ロードナイトにはフレンド機能があって、気の合うプレイヤーとはチームを組んで遊ぶこともできる。


俺のプレイヤー名は「Hollyhock」。

そして最近よく遊ぶプレイヤー「リッキー」。

同年代の学生らしく、軽いノリで何でも話しやすい。

ゲームのチャット機能を使って、ゲームのことから日常の話まで、下らないことでよく盛り上がった。



リッキー「ちょっと休憩するかー」

Hollyhock「おー」

リッキー「なあ」

Hollyhock「ん?」

リッキー「好きな子とかいる?」

Hollyhock「なんだよ急に」


またリッキーが他愛もないことを聞いてくる。


リッキー「いいじゃん、いるだろ?」

Hollyhock「まあ」

リッキー「おー」

Hollyhock「お前は?」

リッキー「俺もまあ、いるかな」

Hollyhock「なんだよそれ笑」

リッキー「だって恥ずかしいじゃん」

Hollyhock「そんなキャラじゃねえだろ笑」

リッキー「うるせー笑」


ニヤニヤしながらそんなやりとりをする。


Hollyhock「学校の子?」

リッキー「おう」

Hollyhock「仲いいのか?」

リッキー「まーな」

Hollyhock「へー、いいなー」

リッキー「お前は?クラスの子とか?」

Hollyhock「うーん」


適当にはぐらかしても良かったが、なんとなく他の人の意見も聞きたくなった。

どうせゲーム内だけの関係だ。


Hollyhock「結構特殊でさ」

リッキー「ほう」

Hollyhock「近すぎるというか……」

リッキー「隣の席ってこと?」

Hollyhock「いや、物理的な意味じゃなくて」

リッキー「どういうこと?」


慣れ親しんだリッキー相手だが、少し緊張する自分がいる。


Hollyhock「姉ちゃんなんだよね」

リッキー「ん?姉?」

Hollyhock「うん」

リッキー「へー」

Hollyhock「へーって」

リッキー「面白いね」

Hollyhock「どこが笑」

リッキー「血が繋がってないとか?」

Hollyhock「いや、実の姉」

リッキー「へー」

Hollyhock「どう思う?」

リッキー「なにが?」

Hollyhock「引くだろ?」

リッキー「んー、別にいんじゃね?」

Hollyhock「いや、ダメだろ笑」


軽い反応がリッキーらしいと思いつつも、否定されなかったことにどこか安堵していた。


リッキー「なんでダメなんだ?」

Hollyhock「気持ち悪いとか思わね?」

リッキー「ん~」


リッキー「好きなもんは仕方ないだろ」


仕方ない?……仕方ないか。

自分のことを罪人のように考えていた俺は、このリッキーの言葉に少しだけ救われた気がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


リッキーとの会話から数日、俺はいま自宅のリビングでロードナイトをプレイしている。

最近2階の自室だとWifi回線の繋がりが悪く、プレイに支障が出るからだ。

「ゲームばかりして」と母親の小言は耳障りだが、回線より優先するものは無い。

夢中になっていると、彼女が帰宅した。


「ただいまー」


明るい声で制服姿の姉がリビングへ入ってくる。

ゲームに集中するため、「おかえり」とぶっきらぼうにあいさつをし、画面に視線を戻す。


垣間見た姉は今日も変わらず、俺の好きな人だ。


「あれ、ここでゲームしてるなんて珍しいね」


「………2階はWifiが不安定だから」


「やっぱり?私も思ってたー」


こんな何でもない会話を重ねるだけでも、自分の中で姉への想いがまた顔を出す。

意識しないように意識しないようにと思うほど、「声可愛いな」「もっと話したい」「触れたい」「俺を好きになってほしい」という醜い願望が次々と溢れてくる。

こんな弟はきっとこの世にいないだろう。

完全に病気だ。


「え?もしかして、ロードナイト?」


姉の口から出た自身との共通ワードに、胸が高鳴る。


「知ってるの?」


「うん、私もやってるよ」


「へえ」


「ねね、着替えてくるから、一緒にやろうよ」


「えっ………良いけど」


「決まりね」


大きな動揺とわずかな期待。

姉への気持ちを誤魔化すためのゲームを、姉とする?

重大な矛盾が生じていた。

そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、姉は軽快な足どりで2階へ上がっていく。


どうする、やっぱり断るか?

でも楽しそうだ。

俺と遊びたいのか?

こんな気持ち悪い弟と遊んでくれるのか?

やっぱり姉ちゃんは天使だ。

断って悲しませちゃ駄目だ。

俺の気持ちなんて大したーーー


「おまたせー!」


色々考えている間に来てしまった。

ノースリーブにホットパンツか。

ちょっと刺激が強すぎる。

もういいや、とりあえずやろう。


「そういえば、Wifi買い換えてるわよ」


「「えっ」」


母の一言に同時に返事をした。


「お父さんも繋がりにくいって言ってて、今朝入れ替えてたの、伝えるの忘れてた、あはは」


何がおかしいのかサッパリ理解できないが、回線にうるさい父のことだ、きっと2階でも安定するレベルに違いない。

となるとーーーーー


「じゃあ、2階でやろっか」


こうなる。

受験を控えた姉に対する母は、俺に対する以上に口うるさい。

そんな母のいるリビングでやる理由はないからだ。


俺にとって一大事なのは間違いないが、ひとまず俺は思考を停止させた。

色々考えようとしても、すでにパンクした頭を再起動するのは短時間では不可能だ。

新しいWifiのパスワードを控えて、姉と2階へ上がる。

目の前で薄い生地のホットパンツを履いた桃がフリフリと揺れている。


さてーーー


「どっちの部屋でやる?」


これだ、この問題だ。

なぜこの姉はこんな国際問題レベルの難題をこともなげに問えるのか?

時間が欲しい、俺の中で結論を出すのに必要な時間はざっくり見積もって2週間だ。

時間をーーーー


「じゃあ、私の部屋ね」


5秒で結論が出てしまった。

本当に、なんて無防備な人なんだろう。

俺は貴女が好きなんだ。

姉を女性として見ている異常な思春期だ。

まともな思考回路はとっくに停止している。



ガチャ



姉は姉の部屋の扉を開けた。

俺の鼻孔に姉いっぱいの香りが押し寄せて、脳まで突き抜ける。

姉の部屋に入るなんて、いつぶりだろうか。

花柄のカーテン、懐かしいぬいぐるみ、飾ってある家族写真。

無造作に脱ぎ捨ててあった下着を、慌ててラックに押し込む仕草。


はあーーーーーーーーーー



「ねえ」


「はひっ」





「一緒に遊ぶの、久しぶりだね」



姉ちゃんの笑顔。



なんというかもう……………


いいかぁ、どうでも。



ありがとう、生きていてくれて。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


気付けば俺は姉のベッドの下に座って、スマホでゲームを起動していた。

姉はベッドに寝転びながらスマホで同じ作業をしている。


どうやらあまりの多幸感で逆に冷静さを取り戻したのであろう俺の脳は、ひとつの結論を導き出していた。



もういい、もう大丈夫。


俺はこの人の弟であるだけで十分だ。


十分幸せだ。


あとはこの人に幸せになってもらうだけだ。


それに尽くそう、そのために生きよう。


弟として。



「有弥、起動できた?」


「うん、やっぱ回線めちゃ良くなってるね」


「だよね、ちょっと待っててね」



ああ、なんて自然なやりとりだ。

姉と弟として自然体でいることがこんなに簡単だったなんて。

小難しいことを色々考えていた自分が馬鹿みたいだ。

いや、馬鹿で愚かで異常者「だった」のは認めよう。

だけど俺はもう普通の弟だ。

ただ愛する姉の幸せをひたすら願う弟だ。

むしろなんて素敵な弟だろうか。


見ろ、ロードナイトの画面上の「Hollyhock」もいつになく幸せそうだ。

お前も姉ちゃんと遊べるのが嬉しいか、そうかそうか。



「まだ?」


「ちょっと待ってよー」



見ろ、ついに姉を催促しだしたぞ、この俺が。

普通の弟はこんなもんさ。

だって早く遊びたいんだ。

大好きな姉ちゃんと、心ゆくまでロードナイトしたいんだ。

そうだろ?Hollyhock。



システム「フレンドのリッキーがログインしました」



リッキーね、遊んでやりたいけど今日はごめん。

また今度相手してやるから今日はごめん。

お前がいるとややこしいから、本当に。


「入ったよー」


な?姉ちゃん準備できてるからお前と遊んでる暇はないんだ。

悪いけど優先順位が違う。

お前はいい奴だけど、許してくれ。

お前を差し置いて楽園サーバーでプレイする俺を許してくれ。


さてさてーーー



「おっけー、名前は?」




「リッキー!」




ん?





ああ、そういうことか。





「アルファベット?つづりは?」





「え?カタカナだよ、全角!」





ん?




このゲーム、名前の重複登録はできない。

ああ、そういうことか。



「名前の前後に記号を入れてる?」



「ううん」



「最後の棒、~になってる?」



「ううん」



「………………ニッキー?」




「リッキー!!」





ん?



何度聞いても「リッキー」らしい。




「………ちょっと見せて」


「はい」




名前を見ると確かに「リッキー」となっている。

というかキャラクターのアバターが、俺の知るリッキーそのものだ。

ふむ。




ふむ。





確認するか。




大丈夫、何かの間違いだ。




だってリッキーは男だもの。




俺は自分のスマホ画面を見せる。



「このキャラに見覚えある?」



「んー?」



「あっ、エチエチだー!」




待て。




待て。



姉ちゃんは「エチエチ」と言った。

リッキーは俺の「Hollyhock」を勝手に略してチャット上で「HH」と呼んでいた。



恐らく、間違いない。





リッキーは、姉ちゃんだ。





まずい。





「えーーーーー嘘っ?有弥がエチエチだったの!?こんなことある!?」




ああ………………



胃がキリキリする…………



神様、俺………………



「すごい偶然だね、夢みたい!あんなに一緒に遊んで、色んな話………………………」




俺さあ…………………




「………話…………した…………ね……」







良い弟になるって…………言ったじゃん…………






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