18話
筆舌に尽くし難いとは、こういうことを言うのだろう。
この状況を言葉で表現するには、俺の語彙力では些か不安がある。
あえて簡潔に一言で言うとそうーーーー
「家族会議」だ。
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彼女の部屋で、彼女と唇を重ねようとした刹那。
部屋をノックもせず訪問した人物。
母である。
まあノックに関しては女性同士であることから、そう問題視することではないのだろう。
要はタイミングの問題だ。
問題視されるのはーーーーー
俺たちの行為だ。
-ー-あの時、目撃した母が「えっ」という驚きと動揺の信号を発した後、しばしの沈黙が流れた。
沈黙を破ったのは姉だ。
「…………ねえ、ゴミ、とれた?」
突然何を言い出したのか、俺が反応できないでいると、彼女は母の死角で俺の皮膚をつねった。
その痛みでようやく我に却って、明らかに無謀な彼女の賭けに乗ることにした。
「……………あ、ああ、大きなホコリがね……まつ毛についてた」
「ふーん、ありがと」
だがーーーーー
「……………………………」
続く沈黙。
ほぼ間違いなく、母は見ている。
タイミング的にも角度的にも、唇が触れていたのを。
そもそもどこの姉弟が肩に手を回して、顔を密着させてまつ毛のゴミを取るのか。
無理があるのは百も承知だ。
だが、認めるわけにはいかない。
恐る恐る母を見た。
姉を凝視している。
姉はーーーーー
母をドッシリとした姿勢で見据えていた。
「まだなにか用か」とでも言いたそうだ。
しかしーーーーーーー
「……………2人とも、1階に来なさい」
無情な母の一言が、俺たちを貫いた。
「……なんで?」
姉の言葉に母の応答はなく、扉は閉められた。
「…………………」
言葉がなかった。
いつかバレるかもしれないと思ってはいたが、こんなに早く、こんなに直接的にバレるとは。
横目で姉を見た。
「………………やっぱ無理かー」
…………………この人は。
俺が計り知れないほど、大物なんだろうか。
この状況でよく戦う姿勢を見せ、あわよくば逃げ切ろうとしたものだ。
立場的に俺たちは大罪人もいいところのはずだ。
しかし罪は、俺たちを逃がしてはくれない。
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さきほどまで和やかだった食卓は、その表情をグルリと変え、重苦しい空気をこれでもかと放っている。
テーブルの反対で俺たちを見据えるのは
普段見せないような厳しい表情の母とーーー
まるで不動明王のように、禍々しいオーラを可視化させてしまうほどの圧倒的威圧感を放つ父ーーー
これはーーーーーー殺されてしまう。
そう思わせるほどの雰囲気を纏っていた。
でもこんな時、沈黙を破るのはーーーー
「私が有弥を誘ったの」
すべてをフリーズさせる、絶対零度の一言。
父も母も、真っ白になりそうなほど呆然としている。
この人は……………つくづく……………
「ごめんなさい」
………………………………………ムチャクチャだ。
全部1人で背負う気でいる。
「…………………………………………………………」
長い長い沈黙。
誰にも目を合わせられず、俯くことしかできない。
情けない男だ。
違う、違うんだ。
何か言わないと、だが身体が強張ってーーーー
「………………本当か?有弥」
父が、口を開いた。
この質問にどう答えるのが正解なのかーーーーー
横目で彼女を見る。
相変わらず、毅然とした姿勢で両親の方を向いている。
この人に怖いものはないのか?ーーーーーー
ん?
その時
視界の端に捉えたのは
テーブルの下
震える彼女の手。
……………………………………………
……………………………そうだよな。
……………………………………………うん。
「……………………嘘だよ」
全員が、こちらを見る。
父親の眼が見開く。
「………………知ってるだろ?姉ちゃんは俺に甘いんだ」
「ーーー有弥?」
「葵、黙っていろ」
彼女の言葉を、父が遮る。
「………………………」
「続けろ」
………………………………………………
父さん、母さん、ごめん。
「…………俺が無理やり、姉ちゃんに迫った。姉ちゃん優しいからさ、何でもさせてくれるって思って。女の子に興味があったから、身近にいた姉ちゃんにさ、ついーーーー」
ドカァッ!!
言い終わる前に
頬に激痛が走り
吹っ飛ぶようにイスから転げ落ちた。
……………………………いってぇ
「有弥!!」
駆け寄ってきた彼女を、突き飛ばした。
「触るな!………ったく、あんたのせいで散々だよ、バレないようにちゃんとカギかけろって言ったろ?」
「………有弥っ………」
…………………ここまできたらトコトンだ。
全部飲み込んでやる。
彼女に何一つ咎めさせるか。
さあこい。
目の前に、再び父が迫る。
父とは、こんなにも大きく、こんなにも恐ろしい存在だと知らなかった。
「……………欲ボケしたガキが……………何をしたかわかってんのか……?」
………………っ…………………
こええ~~~~~~~~~~~~。
泣きそう。
死ぬなこれは、比喩じゃなく死ぬな。
「やめてっ!」
間に割って入る姉ちゃん。
もういいって、大丈夫。
「どけ」
父の一言は鉛のように重い。
「どかない、有弥は悪くない、私からって言ってるでしょ?有弥は優しいから、私を守ろうとーーー」
…………ははっ…………ったく。
「……………そうそう、母さん、見ただろ?俺が姉ちゃんに押し倒される恰好なのをさ」
「有弥……?…何言って……」
父が母を見る。
「……………嘘よ、有弥が葵の、肩を抱いてた」
「どけっ!!葵!!」
「違う!!やめて!!いやっ」
姉ちゃんを突き飛ばすと、再び顔面に激しい痛みが走る。
父親の拳って……………………こんなに……
痛いんだな。
身体も。
心も。