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伯爵令嬢、目的地に着く

「お嬢様起きてください」


「リーナもうちょっと…」


「私はアーニャです」


アーニャ?いつも起こしに来てたのはリーナなのに…。そういえば昨日は宿に泊まったんだった。二人の私に向ける、『初めて泊まる宿屋で、はしゃがないでください』って目線が痛かったなあ。


「早く起きてください。今日はまた進んで、できれば領地に入りたいのです」


「分かった。でも、アーニャはやけに急ぎ足なんだね?」


「はい。昨日、少し聞き込みをしたのですが、ここの領主にいい噂はありませんでした。一刻も早く抜けましょう」


は~いと返事をして簡単に身なりを整えてもらってから、荷物をまとめて外に出る。朝食は?って言ったら時間が惜しいので申し訳ありませんが、馬車で食べて下さいとのこと。手配が良いというのか、宿の人も不審がるんじゃない?って思ったけど、商談に遅れるとリーナが言ったらああって顔をしていた。そういう商人もいるんだろう。


「お嬢様起きておられますか?」


「リーナ…大丈夫大丈夫。ばっちりよ~」


「もう少し、時間がかかりそうですね」


「そういえば2人は何ともないよね~、ふわぁ~」


「当り前です!いつもお嬢様を起こす時に身だしなみは整っているでしょう?ライグも朝食が遅れるなんて言ったら、旦那様になんと言われるか…」


そういえばライグの前にいたコックはいい腕だったけど、たまに飲みすぎてありあわせのものを出すから、怒って首にしてたな。あの人、料理は上手かったから寂しかったな~。でも、厨房には入らせてくれなかったから、薬膳料理は作れなかっただろうけど。


「そういえば、朝食は何なの?」


「シカの干し肉とパンですよ」


「くんくん…ちょっと臭いがきついかも」


「お嬢様はしたないです!そんな摘まんで匂いを嗅ぐなんて…」


「でも、こうしないと食べられないし、食べたことないもの」


「はっはっはっ。まあ、お嬢様からしたら逆に珍しいかもなぁ。邸でこんなもん出したら首じゃすまないよ」


はむっ


一旦口に入れてみる。う~ん、不味くはないけどちょっと臭いするし、塩っ気がきついかな?でも、噛んでると味が出てきてこれはこれでいいかも。


「臭いが消えたらまぁまぁおいしいかな」


「お嬢様は平民の暮らしも似合うかもしれませんね。坊ちゃんなんかはこれで滅多に食べられないのかと嘆いておられましたよ」


「あっ、やっぱ高いんだ」


「猟師がいる村では食べられるでしょうけど、そういうところは逆に塩が高くてもっと薄味ですよ。逆に海側は肉の方が高くてあまり手に入りません。そのせいで王都でもそこそこの値がしますよ」


「みんな大変なんだね…。私はずっと研究所暮らしでそんなこととは無縁だったけど」


「それでもお嬢様のように休みなく働く令嬢はいませんよ。着いたらちゃんと休んでください」


「やりたいことなかったらね。向こうの続きもあるし…」


「なっ!?まさか持ってきていたのですか?」


「うん。元々、家でも色々やってたし、アーニャも後々使えるから持って行きましょうって」


「あの子は…」


「あ~。でも、よく考えたらこれって所員の人たちの研究も入ってるよね。どうしよう?」


「研究所といえば、お嬢様って研究員の割に給料明細とか届いていませんでしたよね?」


「えっ?だって殿下が『余のための研究は王家の為。その環境が与えられているのも王家の力によるもの』っていって私には出ないんだって。確かに、私は研究所の中でも在籍期間とかそんなに長くないしね」


「…気にすることはありませんね。お嬢様、存分にその研究内容は使いましょう。勿論、やりたくなった時でいいですから」


「ほんと?なら、着いたら領主様にお願いしようかな。街の一角でいいから設備が欲しいって。まだ宝石も残ってるし、それぐらいなら何とかなるよね」


「それなら簡単です。その紙を見せれば向こうから邸を用意してくれます」


馬を操りながら、顔をこちらに向けたアーニャが話しかけてくる。


「アーニャはそういうけど、あの場にいた貴族たちも私の研究成果のことをあんまり知らないみたいだったよ?」


「彼らは消費者ですからね。成果の出た研究所に投資はしても、誰が実際に研究をしているかまでは興味がありません。ものが出来さえすればいいんですから」


「そんなものなの?私としてはそれでも全く問題ないけど。パーティーとか今更出たくもないしね」


そう言いながら、所長さんがたびたびパーティーに呼ばれてはしんどいと漏らしていたことを思い出す。行く前は格好も決めててきりっとしてるのに、帰ってきたらすぐに服を脱いでだらけてるところを見てから私も行かなくなったんだっけ。最後は主任研究員総出でじゃんけん大会だった。勿論勝ち進むと出席の栄誉を授かるのだ。


「ですがお嬢様。今後、婚約という事になったらどうするのです?マナーはきっちり学ばなければ」


「でも、私はもう国には戻らないし、平民同様だよ。こんな研究ばかりのつまらない女に誰が興味を持つかな?」


そう、私はもはや平民同然。リーナが何と言おうとこの事実は消えないのだ。


「ライグ。もう少し、他家の令嬢とも交流する機会を与えてもらうべきでしたね」


「全くだよ。そういえば俺がこの家に来てから、お嬢様に会いに来た令嬢を見たことがないな」


ぐさぐさっ


確かに、私が他家の令嬢と会っていたのは13歳までだ。それ以降はずっと研究をしていたので、ほとんどパーティーにも出ていない。たまに出ればぎりぎりのマナーで、王子の婚約者に選ばれておごっていると後ろ指をさされる始末だった。お陰で同年代どころか話ができる令嬢自体いないんだよね~。


「そういえば、ルラインツ子爵のご令嬢とは仲がよろしかったですね」


「彼女はね~、隣国との友好を記念して14歳で早々に向こうへ嫁いじゃいました!しかも、その1年前から準備でろくに会ってません」


私がちょっとおどけて言うとリーナもその時のことを思い出したようだ。


「そうでしたね。あれが5年前ならちょうどライグが来る前ですね。それ以来、本当に邸か研究所の2か所にしかおられなくて…」


「ちょっとリーナ。それだと私が寂しい人みたいじゃない?」


「寂しい人だと言っております。普通のご令嬢はその頃からどんどん他家の方と交流して情報を仕入れ、嫁いでいくのですよ。仮にも伯爵家の令嬢だったというのに…」


「お嬢様って思ってたより苦労人だったんだな。俺は娘ができても気を付けるよ」


何良い反面教師がいるみたいなこと言ってるのライグは。そんなに私とライグにも差がないと思うんだけど。19歳で王都の有名店からうちに連れてこられて早5年。私の知る限りライグがお休みを貰ったのって、リーナと結婚した日から4日ぐらいだったと記憶してる。使用人たちも強く言えなかったけど、新婚の休暇がたかが4日なんて、それこそ伯爵家の恥だと噂されて恥ずかしかったんだから。まあ、噂の元は頑張ってお茶会で話題を探そうとして話した私なんだけど。


ガラガラガラ


これまで馬車は草原を走っていたけど、話してる間に辺りは森の中に変わっていた。そういえば地図には森林地帯があるってなってたっけ。それなら、馬車でここを2時間ほど走ると町に着くはずだ。


「おお~、中々いい森だな。獲物も沢山いそうだ」


「あなた、第一声がそれですか」


「こういう森は味のいい動物が多いんだ。王都の料亭にいた頃に師匠と一緒に1年間、各地を回ったことがあるけど懐かしいなぁ」


「なんでそんなことしたの?」


「何でも地方の名前を見て、そこで取れる野菜や動物がどういった特徴かわかるように、って言ってましたね。実際帰ってきてから目利きはよくなった気もしますし、あれはあれで楽しかったです」


「みんな苦労してきてるんだね…」


「そうは言っても、俺ぐらいの環境の奴は一杯いますよ。それに伯爵家に雇ってもらえるなんて、そんな奴めったに居ませんよ」


「…やめさせてしまってごめんなさい」


恵まれた環境にいたのにみんなを辞めさせてしまって、改めて申し訳なく思う。


「いいんですよ。あのうちで俺の料理を気にしてくれるのは坊ちゃんとお嬢様だけでしたからね。パーティーの時でさえ、王都のどこで働いていたという事と、今日の食材は珍しいものを使っているという事しか言われませんでしたし」


「ライグも最初の頃は苦労していたんですよ、これでも」


「へぇ~。私はそんなライグを見たことないから新鮮だね。こうやって家出をしないと聞けなかったかも」


「それなら、なおさら帰る訳にはいきませんね」


「そうね。ふふっ」


それからも私たちは色々なことを話した。こんなにおしゃべりをしたのはいつ以来だろう?会話にはたまにアーニャも加わって楽しい道中だった。



「そろそろ着きますよ。あの壁の向こうです」


「町なのに立派な壁だね~。まるで城壁みたい」


「この辺もグレンデル王国との国境です。かつては戦場となったことも多く、その名残ですね」


「さすが、アーニャ。物知りだね」


「ま、まあこのくらいは…」


「そういえば頂いた手紙ってどこで見せればいいのでしょうね」


「門番の兵士が知っているとは思えませんし、入ってから領主の屋敷がどこか聞いてみましょう」


「それがいいですわね。宿はどうしましょう?」


「今日のうちに話ができればよいのですが、まだわかりません。昼までには着きますので、先に会いに行ってもいいですか?」


「…それでいいわ。アーニャの判断に任せる」


「ありがとうございます」


町の門前に着くと昼前だからか割と人が多い。しかし、今回は貴族側に並ぶわけにはいかない。他国で足がついて連れ戻されないようにだ。国境警備隊の人にはばれているけど、少しぐらいは時間稼ぎになるだろう。


「これは20分ぐらいかかりそうですね…」


「仕方ないですわ。ここで家名を出す訳にもいかないでしょうから」


「そもそも他国だしね。でも、ちょっとこっちを見る人が多いね」


「すみません。もしかすると女性の御者が珍しいのかもしれません」


「でも、女性の商人だっているよ?」


私はちらりと列に並んでいる女性を見る。その人は明らかに商人の格好だ。


「それでも基本馬を操るのは男性です。体力的なものもありますが、変な輩に声をかけられないとも限りませんから」


「あ~、虫よけみたいなもの?」


「それに近いですね。それと伯爵家の馬車をそのまま持ってきたのも目立つ理由です。割といい作りですから」


「そういえば紋章とかばれても大丈夫なの?」


各家の馬車は必ず家名の紋章が入っているはずだ。


「昨日のうちに上から板を張ってます。削ると逆に目立ちますので」


「なんだかアーニャってこういうこと慣れてそうだよね。実は侯爵家の子どもだったりしないの?」


「そうであれば真っ先にお嬢様に休むよう言いましたね」


「みんなが心配性すぎるの」


「そう言いますけどお嬢様は3日に2日は薬品の匂いがしますよ」


「うそっ!」


くんくんと匂いを嗅いでみる。何も変な匂いはしないけどな~?


「お嬢様!はしたない。昨日もその前の日も準備で研究所には行ってないでしょう。いつもの話ですよ」


「なぁ~んだ、心配して損した。さすがに領主様と会うのに変な臭いさせては行けないもんね」


「その臭いをさせて殿下には会いに行っておられましたよ」


「そうだっけ?」


「面倒だからといって会いに行く日も研究所から服だけ着替えて行っていたのをお忘れですか?」


そーだったそーだった。みんなよく覚えてるなぁ。だったら殿下は何で私があんまり研究してないなんて思ったんだろ?いつも薬品の匂いしてたと思うんだけど。そうこうしているうちに順番が回ってきた。ようやく目的地に入れそうだ。


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