同じ轍を踏んだのはジェシカ
「あいたたたたた」
「おう、大丈夫か?」
井戸のところで痛む個所を冷やしていると、声をかけられた。相手は邸で料理人をしているデンバーだ。ライグさんが来る前に入ってきた人で、私もたまに会話をする。最近は洗い物とかの水を取るのと、こうして私の修行の休憩時間が合ったりしてよく話している。
「大丈夫じゃないわ。アーニャ様ったらなんだか最近強くなったみたい」
「まあ、あの人も付き合ってる人がいるみたいだし、当然じゃないか?」
「ええっ!そうなの?」
「多分というか、男の勘というか…それより体が痛んだり栄養の調整を手伝ってやろうか?」
「そんなことできるの?」
「ああ、ライグさんに協力してもらって今は侯爵家の料理人は薬膳料理の習得に忙しいんだ。ちょうど俺がメイン担当だから作ったものも、味は保証しないけど食べさせてやれるぜ」
「助かるわ。私も追いつきたいと思っているんだけど、なかなか差が埋まらなくて。食事とかはきっとアーニャ様もそこまで意識しておられないはず!」
こうして私はデンバーから毎日のように食事を差し入れてもらい、修行に励んだ。修行の内容に応じて料理を替えてもらい、その時々に合わせた料理が功を奏したのか、遂にアーニャ様にかすることができた。
「…ふむ。ジェシカにこうも早く当てられるとは」
「かすっただけですよ」
「それでもですよ。おそらく今のジェシカはメイド長と同じか少し強いくらいでしょう。あなたを想ってくれる人に感謝しないといけませんね」
「私を想ってくれる人ですか?いますかね~そんな人」
「いないと想っているんですかジェシカ?」
「アーニャ様は想ってくれてますよね」
「主が主なら部下も部下という事でしょうか…」
それからも数か月は訓練は続いたものの、なんと!アーニャ様の妊娠により修行は自主練になってしまった。
「はぁ~」
「どうした、ため息なんてついて?」
「いえ、だめだとは分かっているんですけど、アーニャ様が修行相手として目の前にいないので、どうしても身が入らないんです。デンバーはそんなことありませんか?」
「前に一回だけあったな。だけど、今はそんなことはないな!」
「本当?どうしてなの」
「どうしてって言われると、なんつーか…」
「あっ!言いにくいことだったらいいわ。彼女の為とかだったりしても悪いしね!」
「あのなぁ。この際だから言っておく!俺は付き合ってるやつはいない」
「そ、そうなの?でもそんなに強く言わなくても…」
「きちんと言わないと分からないようだからこの機会に一緒に言っておくが、俺はお前のために毎日料理を作ってる。ライグさんの料理にだってお前と出会ってなければ、ここまで真剣には取り組んでなかっただろう」
…ええっ!デンバーって私のために作ってくれてたの?あっ、いや、確かに毎日私の仕事上がりの時間に料理が出てきたり、休憩時間に栄養が取れるお菓子が出たりと不思議だったけど。もしかして時間も合わせてくれてたんだ…。
「あ、あの、ありがとう」
「お前が気づいてくれると思って、我慢してたんだがこれ以上待って他の奴に取られたくないからな!」
「で、でも私は…」
「ああ、急に言われて戸惑ってるのは分かる。落ち着いて考えてくれればいい」
それからは修行も続けたものの何処か上の空な感じだった。それに、あれから落ち着いて考えたいという事でしばらくデンバーにも食事とかの世話を止めてもらった。
「あら、ジェシカ。最近元気がないのではないかしら?」
「リーナ様。いいえ、ちょっとだけ悩んでいるだけです」
「それならいいけど、私達のお仕事はお嬢様の身の回りのお世話もそうだけれど、不安を抱かせないことも重要よ。早くいつも通りになりなさい」
「は、はい。近日中には」
はぁ~、今日も怒られてばっかりだ。
「ほら、元気出せよ」
「あっ、ありがとうございます」
休憩しているとつまめるお菓子をライグさんが差し入れてくれる。デンバーは私にだったけど、この人はこういうことをみんなにしてくれて結構評判がいい。
「おいしいですね。でも、いつもの味の方が私は好きです」
「…なるほどな。いやあ~デンバーも頑張ってたんだな。改めて師としてうれしいよ」
「ぶっ、どうしてそこでデンバーが出てくるんですか!?」
「だって、この薬草を使ったお菓子は俺とデンバーしか作り方は知らないから、個人の味覚に合わせたものは本来作れないはずなんだ。よほど普段からお前の味覚を気にしてたってことだな」
「そ、そんな…」
そんなことを言われると嬉しくなってしまうではないか。
「料理もレシピがあれば出来るってわけでもないからな。炒め料理は辛め、普段は甘め、デザートだけ甘め。それぞれ好みが出る。俺たちだって、フィスト様やカノン様以外になるとそこまではわからんもんだ。あいつはそこにお前の分も把握してるんだから」
「そう…ですよね」
さっき、ライグさんがデンバーをほめたとき私はうれしかった。それが私の気持ちなんだ。
「ちょっと行ってきます!」
「ああ、今なら厨房の奥で一人で仕込みをしてる」
私はその言葉を聞いて駆けだした。
「さてと、アーニャ。体に障らない程度にな」
「お見通しでしたか」
「何となく」
まったくここの護衛はプライバシーを何だと思ってるんだ。
「これも邸の安全のためですよ」
「本音は?」
「結果がどうであれ興味ありませんか?」
「確かに」
あれから4年が経ちました。リーナ様とライグさんにも、アーニャ様とラインにも子供ができ、そして今日は私の結婚式です。
「二人はどうしてここまで結婚が伸びたのです?もっと前に式ぐらい挙げられたでしょう?」
「カノン様、デンバーがどうしても自分の店を持ってからというので…」
「確かに、料理人は自分の店を持って初めて一人前だと言われていますね」
「でも、ジェシカはそれでよかったのですか?早く結婚したかったでしょう?」
「ちょっとだけ。ですが、その間にアーニャ様やリーナ様のお子さんが生まれましたし、邸としては良い流れだったと思います」
「その様なことを考えて…ジェシカ。私はお嬢様の筆頭メイドとしてうれしく思います」
「嘘はやめなさいジェシカ。コーレンにずっと抱きついていたでしょう」
「…ジェシカ」
「ほ、本当ですよリーナ様、信じてください!」
「にぎやかだな」
「ライグさん」
「あなた、料理の方は?」
「もう完成したし、デンバーの方の準備も問題ない」
「そういえば、リーナ様といい、ジェシカといい上司と部下で胃袋を掴まれましたね」
「なっ!私はライグの食事目当てではありません!」
「本当ですかリーナ様?今日から毎夜の食事がそこら辺の出来合いのものになりますが…」
「そ、それは…せ、せめて、3日に1回にして!」
「リーナ…」
妻が自分の料理をここまで求めてくれているという事で感動したらしいライグさんだが、本当にそれでいいのだろうか?
「ジェシカ。あなたはそう思っているけど、デンバーの食事を食べているときは、リーナ様と同じあんな顔よ」
「こ、心を読まないでください!」
こうして私のにぎやかで楽しい結婚式は終わった。なお、余談だがリーナ様の第2子はこの日から10月と10日で生まれた。
「絶対に私はリーナ様とは違うんだから!」
「当り前です。ライグの方が腕がいいんですから。街に出て薬膳料理の評判を落とさないようにジェシカ、あなたからも言っておくのよ」
「ちょ、さすがに今は無理ですけど、デンバーもいつか追い抜きますよ!」
「さあ、どうかしら?」
「お2人は似た者同士だったのですね」
「「違います!」」
やれやれ、上司も部下も私の周りはおかしなのばっかり。お嬢様を本当に守れるのは私だけのようですね!
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これにて終了となります。これまでたくさんの応援をくださった方々、ありがとうございます。(^.^)/~~~




