サイドストーリー 家出前夜
Warning!Warning! こちらは本編と関わりのないキャラや本編にはない残虐なシーンがある場合があります。読み進める方は十分注意してください。このためにR15にしています
時系列順に大体進行していく予定ではありますが多少前後する部分もあります。それらのことをご了承の上お楽しみください。また、本編キャラとの関わりで本編の情報や展開にネタバレがある部分もありますのでご了承を。
時は婚約破棄を宣告されての夜。リーナがカノンに家出をする決断を受け、荷物をまとめている時のお話です。
「あなたちょっと出てくるわね」
「ああ、こっちはまとめておくよ」
私はライグと別れて庭師の少年に会いに行く。ラインというこの国でも珍しくない名前の少年は、アーニャの半年後に入った子で、ゆくゆくは年老いた庭師の後継者となる少年だ。私は彼に頼みたいことがあった。
コンコン
「はい」
「ライン、入るわね」
「あれ?リーナさんどうしたんですか、こんな夜に?」
私はラインに簡単ながら事情を話す。きっとこの少年なら信頼できると信じて。
「…という訳であなたには彼女の元に事情を説明しに行って欲しいの」
「場所はこのメモのところでいいんですよね。ところで何で僕に?」
「あなたは庭師にしては割とすばしっこいし、なんだか信頼できると思って」
「そうだったんですね。分かりました、頑張って伝えに行きます。相手はどんな人ですか?」
「昔、お嬢様の乳母をしていた人よ。お嬢様がかわいそうだと旦那様に抗議をして、やめさせられてしまったの。とてもお嬢様を可愛がっていたから、行方不明になったと知ったら責任を感じて死んでしまいそうで。今でも家令のカールソンさんに手紙が届くのよ」
「なら、絶対知らせないとですね。きっと渡しますから」
部屋から出ていくリーナさんを見送る。そのすぐ後で気配がする。
「さっきの情報どうする気?」
「い、言わない。言わないからアーニャ落ち着いて」
「そう…。何かあったら知らせて」
「いいけど、ちゃんと帰ってくる気あるのか?」
分かってはいるものの、我慢することが出来ず俺は聞いてしまう。
「私は情報が欲しいから来るかもしれない。だけど、カノン様は絶対に帰って来させないわ」
「最後になるかもしれないんだな…なぁ」
「…構わないわ。でも、少しの時間だけよ」
「行かないってことはないんだな」
「私の主はたった一人。一番大事な人もそうよ」
「そうか」
夜も明けて、彼女たちが出ていく。みんなが呑気に見送りをしていた。これから上へ下への大騒ぎになるとも知らずに。
「これから先つまんねぇな~。相棒も主もいない中、こんな邸で何しろってんだ。まあ、ひとまず事件が明るみになってからだな」
それから、邸の人間が騒ぎ出したのはその日の夜。なんと、料理人たちが夕食の料理を決めたいのに料理長がいないというところからだ。のんびりとしたことだ。それだけリーナさんたちが信頼されていたという事なんだろう。
「ええい、いつ出かけたんだ!さっさと探せ。明日は邸中の人間を使って構わん。必ず探し出せ!」
おっ、いい機会だな。でも、知り合いでもないお嬢様の乳母のところに俺が行くと怪しまれるし、誰かの後をついていくか。
案の定というか、翌日に家令のカールソンがどうやらその乳母の元に向かっているらしい。今は後をつけているが、彼としてはそこにお嬢様が居るか?というより状況を伝えたいだけなのだろう。目的の家に着いたみたいで何度か大きい声がした後に少ししてカールソンさんが出てくる。かなり疲れた様子だな。俺はばれないように入れ替わりで家へ入る。
「すみませ~ん」
「な、なんだい坊やは」
中には泣いていたらしい初老の女性がいた。この人が乳母なのだろう。
「リーナさんからの伝言です。『これまでの扱いに耐え切れず、お嬢様は出奔を決意されました。私も付いて行きますので心配は無用です。ただ、絶対にこのことは漏らさないよう』と」
「リーナが…坊やありがとう。さっき、カールソンから行方が分からないと聞かされて、もうこの老体をささげるしかないって思ってたところだよ。これで、お嬢様の結婚までは生きられそうだよ」
「もう会えないのにそこまでするんですか?」
「ああ、幸せなら別にいいんだよ。たとえ会えなくったってね。さあ、もうお行き。あんたもばれると危ないからね。それとこれを」
乳母の女性は俺に包みを渡すと奥に引っ込んでしまった。しばらくは悲しみに暮れて誰とも会わないように装うのだろう。包みの中はやや古ぼけたデザインのペンダントだった。守りの魔力が感じられることから庶民では中々買えるものではない。きっと、いつかカノン様に会えた時に渡すつもりだったのだろう。
「任務中に依頼は受けないんだがな」
ポケットへ大切にしまうと何食わぬ顔で邸に戻る。
「誰かカノンを…あいつを見つけた奴はおらんのか!」
「残念ですが…」
「ぐ、こうなったら王家に頼むしかないか。せっかく薬事省の責任者になったというのに泥を塗りおって!」
薬事省というのはこの国の薬を扱う部門だ。責任者の上には最高責任者がいるものの、その席には代々公爵家が就くため、実質貴族のトップがこの家だ。ま、そのポスト自体もお嬢様の功績なんだがね。そろそろ俺も事態の連絡をしないと処罰対象になるな。夜になったのを見計らい、王城への道をこそこそ進んでいく。
「ご報告に参りました」
そこには疲れた顔の宰相閣下がいた。俺の主は国王陛下だが、全ての『影』から報告を聞く訳にもいかんと一部は宰相閣下が代わりに聞いている。
「簡単にだが事は把握している」
「では単刀直入に。カノン=エレステン以下3名が伯爵家より姿を消しました」
「一人はお前と共についていた『影』だろう?」
「事前に全く連絡がなく、流石に職場で毎日会うことも出来ずに、気づけばもぬけの殻でした」
「はぁ、頭が痛いな。あれだけの人物が流出するのは避けたい。心当たりは?」
「全くありません。むしろ、そのような行動を取るだけの主体性があることに驚きです」
こればっかりは本心だ。無理やりやらされていた薬の研究だったが、本人も薬草の研究にのめりこんでおり、ここまでの行動を起こすとは思わなかった。だが、あの伯爵の性格を考えれば今回は逃げたくもなるだろう。
エレステン伯爵はお嬢様の研究者としての素質と婚約で王家と繋がることに力を入れていた。お嬢様の意思なんて一度も考えなかっただろう。逃げられても当然だ。もっとも、王子の婚約破棄の件はバカ女が盗んだ治療薬の所為だが。
「仕方がない。引き続き伯爵家で情報を探ってくれ」
「お嬢様がいない以上、あの家に価値はないと思いますが?」
「家にはなくとも誰かに連絡をよこすかもしれないだろう?念のためだ。それと、明日私が向かうかもしれんがきちんと知らぬふりをしろ」
「分かりました。引き続き調査を行います」
帰りの足取りは重かった。処分されないだけよかったが、またしばらくはあの家だと思うと気が滅入る。
「庭師の仕事してると、ろくに情報集めに行けねぇんだよな」
愚痴を言いながら、誰にも気づかれぬように邸へと戻る。あっちは大丈夫かな…。