サイドストーリー 愚者の末路
「陛下、エレステン伯爵の処分がまだ未確定となっておりますが、どういたしましょう?」
「あやつか…もはや罪人であることは間違いない。それも含めてレスターの管轄とする。以後は国防の重要案件と他国の王族との外交以外は宰相とレスターに任せる」
「はっ?…はっ!」
どうやら王はこの度のクレヒルト殿下の件で相当参られたらしい。いざ望んだ通りになってみるとそれはそれで寂しいものだ。だが、国としてはこれでスムーズに事を進められる。
「では、一度宰相府で書類を作ってまいりますので、もう数日我慢を」
「うむ、頼んだぞ」
「レスター王子!」
「おお、宰相どうしたんだ?」
「先ほど陛下より勅命がありまして、以後の一部重要案件以外についてはレスター王子にその責任を一任すると」
「父上も今回のことはつらかったのだろう。塔に幽閉しているクレヒルトも血筋を絶やさぬためで、子を成したとしても結局は外には出られないのだから」
「ですが、これはチャンスです。これを機に一気に停滞していた案件を片付けましょう!」
「しかし、貴族共も黙ってはいまい」
「そこです。今回のアルター侯爵の処理を行ったことで、恐縮ですが我が家を侯爵家に押し上げてはいただけませんか?論功行賞をまずは正し、我が家自体の力も上げればこれまでより発言権が強くなり、牽制もできるようになるかと」
「確かに。先代の宰相殿の時でもそのような話は出ていたのだ。親子2代で仕え、この度の働きだ。問題はないだろう」
「そしてその時に一緒に伯爵も処分するのです。これで王子も国王陛下の名代として、その威を知らしめることができるでしょう」
話がまとまり、私と王子はそれから3日かけて王子への権限の委譲の文とエレステン伯爵の処分について話し合ったのだった。
「皆のもの!すでに聞き及んでいるとは思うが、我が王国においてこの度、国家に敵対する不届きなものが捕らえられた。アルター侯爵、ギュシュテン伯爵、エディン子爵令嬢、その親であるトールマン子爵だ!またそれとは別にこの度、巷を騒がせておるエレステン伯爵家の騒動についてもこの場で処分を改めて告げる!」
一堂に集められた貴族たちは息を呑んでその次の言葉を待つ。地方から来た貴族たちは噂では聞き及んでいても、処分までは伝わっていないだろう。
「アルター侯爵家は一族処刑。また、派閥の計画に加担した貴族家は当主及び、次期当主を処刑。次男のおらぬ家は婿・養子を取ることとする。ギュシュテン伯爵家も計画に加担した貴族家と同様だ。また、身分については男爵家へ落とす。エディン子爵令嬢については将来に渡り国に多大な貢献をするものを追放したとして、国家反逆罪を適応し処刑する。トールマン子爵は準男爵家に落とし、後任の子爵に引き継ぎ当代のみ貴族とする。没収した土地については一時、王家の直轄地とする」
ここまで陛下が話し終えたところで、貴族から質問の声が上がる。
「へ、陛下。令嬢などの処分はともかく、アルター家の派閥に関しては処分が重すぎるのでは…」
「貴様は、余の大事な王子がそれによりつらい目に遭うのも甘受せよというのか!」
「も、申し訳ございません…」
実際には加担したとは言っても、うまく行けば位で考えていた貴族が多いだろう。そこに来て後継者まで今から育て直すというのはかなりの負担だ。私も宰相という立場からもお諫めしたが、ついに聞き入れてはもらえなかった。家族愛の強い陛下が譲れぬところなのであろう。他の貴族たちもそれが判ったようでそれ以上口をはさむものはいなかった。
「ここまで話してきたが、わしとて今回の件は多少関わっておる。そなたらもそろそろ道を譲るものが多くなってきているだろう。そこで、この処分を最後として名目上は王だが、本日より息子のレスターに実務を引き継ぐこととした」
「ま、真でございますか?」
「こちらを陛下にも確認いただいた、権限の委譲の要旨です」
1枚ずつ貴族に配っていく。
「そういうことだ。今後は国防と外交のみ必要に応じて対応する。王子をよく助けるように。レスター!」
「はっ!皆のもの!先ほど国王陛下より話しがあったように、本日よりほぼすべての政務を処理することになった。今後も助力を惜しまぬように」
「王子も、もう22歳。我ら臣下一同、新しき体制が迎えられることを祝福致します!」
「うむ、それではわしは下がるとする。皆には就任したばかりではあるが、もう一人の罪人であるエレステン伯爵の処分と今回の論功行賞について発表があると聞いている。従うように」
「「ははっ」」
王の言葉に従い、貴族たちが頭を垂れ見送る。彼らももはや王が政治に関わらぬという事を感じ取ったのだろう。
「では、これより陛下より説明のあった処分と褒賞について発表する。まずはエレステン伯爵の処分だが、当然ながらエディン子爵令嬢と並ぶものであり国家反逆罪として処刑。領地については他に子が1人しかおらぬため、そのままとする。ただし、婚姻についても今後2代に渡り王家の許可を必要とし、大量離脱を招いた薬学研究所の再立ち上げの費用などを負担させるものとする。身分は男爵家として領地もそれに伴った広さに改めさせる。ここまでで何か異論のあるものは?」
「では僭越ながら…」
「ゴール伯爵か。申してみよ」
「陛下の言であれば、長子であっても後継者であれば処刑とのことでしたが?」
「貴公は領地を持っておろう。後継者を育てるのがどれだけ大変なことかはわかるであろう。それに、この場には来ていないが、処分される貴族たちの次男がどのような人物か私も掴みきれてはいない。代官を置くにせよ、本来その様な大人数の代官が必要となる事態は想定外だ。少しでもそれを減らしたいという事だ」
「その長子が計画に加担している可能性は?」
「それが、今は隣国に領地経営を学ぶため、留学に出ている。2つ先の国へ行っており、情報も遅く伝わる国で計画に参加は出来ぬだろう」
「なるほど。では、他の家もそのようにできませぬかな?」
「私は陛下の命をもって政務を執り行うことができる。その陛下が決められた先の処分にはものを申せぬのだ…」
「申し訳ございませぬ。王子こそつらいお立場を…」
「よい、これから先においてはそもそもこのようなことが起きぬようにしていきたい」
「はっ!」
「続いてこの度の論功行賞だが…これについては宰相が多くの献策、実行を行った。また、親子2代で宰相を務めており、伯爵家であることがもはや不自然である。よって今回の件を含めた功績で、宰相を伯爵家より侯爵家に陞爵することとする。また、ローデンブルグ男爵も多大な貢献をしたことから、今回、子爵に陞爵する。何か異論のあるものはあるか?」
「レスター王子、恐れながらローデンブルグ男爵家はこれまで男爵家として、何度もその機会を拒否してこられました。それについてはどのようにお考えで?」
「うむ、貴公らの言いたいことももっともだ。だが、功績を上げたものが拒否したからと言ってそのままにするのはおかしなことだ。少なくともその褒美をどうするかは当人に任せておくとして、与えぬというのは違うと私は思っている。そこで、かの家には子爵ではあるが、爵位ごとに与えられる毎年の補助金を多く出し、代わりに領地はこのままの広さとする。こうすれば家にかかる負担は変わらず、褒美を与えることができよう」
「…なるほど。確かに男爵家としては破格の功績を上げておりますからな。それぐらいの扱いでは文句を言う貴族もおらぬでしょう」
ゴール伯爵が周りを見渡すように返事をする。さすがにこの空気の中では文句が言えぬだろう。よく気が付いてくれる。
「その他、これまでの働きにおける功績をできるだけ早いうちに精査し、臨時の褒美やこの度、没収した領土などを与えることを宰相や内務省とも話している。これからも励んでくれ」
「「ははっ!」」
後、残るは牢屋にいる者どもだけだ。処刑はするがカノン嬢が行方不明のまま片付けられた以上、公開処刑はできない。罪状は似たようなものを書いて貼り出すことしか出来なさそうだな。
結局、貼り出されたのはアルター侯爵以下王族への叛意を示し、実行しようとしたためこれを処するとして、以下名だたる貴族家の処分が書かれ、エディン子爵令嬢については計画の実行犯の中でも中心人物として処刑すると貼り出された。
「お貴族様たちも大変だねぇ。こんなことになって」
「でも、宰相様と王子が解決なさったんだろう?まだまだ捨てたもんじゃないよ」
「そうだといいわね」
口々にささやきあってはまた散っていく。こうして数日の間、王都の話題はこの話でもちきりとなった。
「さて、君たちの処分を今日行う訳だが…本来、大罪人は公の場で裁くのが通例だ。しかし、不用意な情報をばらまかれても困るのでな。こうして平民用の重犯罪者が使用する刑場に揃って貰った訳だが…」
「ま、待ってください!レスター王子!せめて、せめてクレヒルト様に会わせてください!あの方ならきっと…」
「罪人のエディンよ。そなたのおかげで弟はもはや血統を残す種馬の扱い以上の存在ではなくなってしまった。あれにはもはや何の力もない」
「そ、そんな…ご兄弟でしょう!?」
「お前がいらぬことをしなければな。無駄話は私も時間が惜しい。順番の希望があれば聞いてやる」
「せ、僭越ながら私が…」
「ギュシュテン伯爵か、つまらぬことで身を落としたな。その覚悟を覚えておこう」
「ありがとうございます…」
ザシュ
ゴトリと伯爵の首が落ちる。刑は月に一度まとめて執行されるため、首は穴に落ちる仕組みとなっている。その後で体を穴に落とすのだ。そして、次々と刑が執行されていく。次は伯爵の長子、そして侯爵の長子、アルター侯爵、侯爵の派閥の貴族。恨み言を言うものもいれば親の不明を恥じて臨むものもいる。彼らの内、何人かは救いたいと思わぬ訳でもなかったが、今の体制下で陛下の命に逆らう訳にはいかない。
「お、お待ちくださいレスター王子。今一度、娘を取り返すチャンスを!」
「まだ、そのような世迷言を―――。」
「お、王子抑えてください!」
宰相に剣を持つ手を掴まれて、ギリギリのところで踏みとどまる。私刑にしては結果も場所も同じとはいえ法が曲がってしまう。このようなやつにまで礼を尽くさぬといけないとは。
「さっさと、消えろ!」
「王子…」
それがドルガン=エレステン伯爵の、権力にすがり続けた男の最後の言葉だった。
「最後まで残ったのはやはりお前だったな」
「れ、レスターさま…慈悲を何でもしますから」
「では、あの婚約破棄の前日ぐらいまで時を巻き戻せるか?」
「な、何をおっしゃって…」
「お前が許される可能性があるとすればそれぐらいしかないという事だ。それでさえ、王族に不必要に近づいたとして不敬罪だろうがな。時間が惜しい、やれ!」
「はっ!」
両手を掴まれエディンを処刑人が連れていく。
「まって、まだ話が…あっ!」
カシャン
こうして最後の処刑が終わった。
「つまらぬものの相手をさせて悪かったな」
「とんでもございません。国の安寧を揺るがすものが死ぬ様を、この目で確かめられたのです」
「そうか。これからもよろしく頼む。ここの責任者にはもう少し待遇改善するように言っておこう。無論地方もな」
「はっ!ありがたき幸せ」
彼らのような者たちが国に奉仕してくれなければ、法は乱れてしまうだろう。そういう意味ではそれに気づかせてくれるぐらいの価値も彼らにはあったのかもしれない。
後に賢王と称えられるレスター王は名宰相と共に国を発展させた。だが、彼を称える歴史家たちは最後に皆、こう綴っている。
『もし、隣国で活躍した薬学の女王がいたならば、この国は大陸と言わず世界にその名を轟かしたであろう』
グレンデル国王に代々受け継がれる話がある。
「王たる自覚を常に持て!たった一人の人物がどれだけの利益を奪ったか。目や耳を常に多く持ち、光らせておくのだ!」
そして隣国にも受け継がれる話がある。
「王はすべからく国民の利益を追求せよ。たかが一人と軽く見てはならん。我が国の利益の幾分かは、未だに僅か数十名が過去にもたらした功績である!」




